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第九話 歴史の授業は十二年間内容ほとんど一緒

 仁悠学園三年越組。

 そのプレートが下がった教室を目指し、一つの影が小走りに廊下を行く。

 首からカメラを、肩からは機材かばんを下げ、『広報委員』と書かれた腕章を左腕につけているのは、腰ほどの黒の髪と緑の翼を持つ天使族(エンジェリウス)だ。

 名を、エレア=アンダーゴットという天使族エンジェリウスは、先程まで関東の中心であるメインブリッジから、大和の機関が連結する様を写真に収めてきたところだった。今度の学校新聞での記事にするためだ。

 広報委員は学校行事など大掛かりな宣伝などが必要なときに用いられる委員会で、その他にも記者やカメラマンなどのジャーナリストを目指す学生の育成のため、週一での学校新聞の作成も行動の一環になっている。そして彼女はそこの委員長だ。

 将来的にカメラマンとなり、各国を回りながら写真を撮り歩くのが夢の彼女は、

 どれがいいかなぁ……。

 目の前に電子画面を展開しながら、カメラに収められたデータを見比べ、どれが一番見栄えがよかったかを見る。それで選んだものは二枚焼き増しして、自分用と記事用にするつもりだ。仕事の履歴は残しておく、などと同じ委員会の者には言っているが、実際はただの彼女の趣味だ。綺麗なもの。美しいもの。珍しいもの。そのような感情を抱いたものを写真に撮らずにはいられない。以前ナルシストな生徒会書記が写真を撮れとせがんできたときは軽くあしらってやった。あんな感じのものは美しいとは自分は思わない。

『じゃあ綺麗なものとして撮りなさい!』と、言ってきたときは、もうなんか無視した。面倒くさいときはこの手に限る。

(この連結帯を打ち込むときがカッコいいんだよなぁ……)

 写真を一枚見て、少し顔を緩めながら歩く彼女は、しばらくして越組の後ろのドアに辿り着く。

 本来午後から行われる連結作業だが、無理を言って午前の授業丸々サボって撮りに行っていたため、彼女はゆっくりとドアを開けながら、

「おはようございま~す……」

 言って一歩を踏み出し、彼女の足がそこで止まった。

 そこには、正座をして座っている上半身裸の、

「森羅っ!?」

 馬鹿がいた。

「なんで縛られてるのっ!?」


                         ●


「あら、エレア。ちょうどいいところで来たわね」

 教壇に立つ喜世子は遅れてきた天使族エンジェリウスを見て笑いながら言う。

 その声を背に、クラス内の数人がそれぞれが武器を構えてこちらから見て半円になるように馬鹿を取り囲んでいる。本来武装デバイスを持って戦わないものも椅子や辞書などを装備していた。

 それを見たエレアは半目で、

「……いったいこれは何の祭りですか」

 それに、縛られている馬鹿が答える。

「いやさ。こいつら俺が授業をエスケイプしようとするからってこんな仕打ちするんだよ。酷くね酷くね?」

 確かに一般人、というより常識ある人間が見たらひどいと思うだろうが、とエレアは思う。それを感じない自分はずいぶんと汚れてるなぁ、とも思う。

「まあ、何も上を脱がすことは無いと思うが……」

「いや、これは俺が脱いだんだよ。こっちのほうが何か『ぁはん! 折檻ー!』って感じすんだろ?」

「この変態が!!」

 言って、この馬鹿は上が裸だからと外を出歩くのを躊躇う人間でなかったことを思い出す。小学校の歴史の時間に『原始人って全裸だったんだ! なんて素敵な世界だよ!』と言って、学校中を全裸で走り回ったことは今でも自分の軽いトラウマだ。何せ教室を出たら眼前ドアップで下半身が飛び込んできたのだ。感受性の高い年頃に見ればそうもなる。

 思わずその光景を思い出そうとしてしまって、エレアは首を左右に振った。変わりに、高速で移動する馬鹿を捕まえることが出来ず、アクエリアスとリョーヘイ、羽撃の遠距離攻撃専門家によって狙撃されて地面に落ちた光景を思い出し、平常を保つ。

 そして視線を下に移すと、尺取虫しゃくとりむしのように地面を高速で這ってきた馬鹿が、

「あん!? なんで下にスパッツなんて穿いてんだよ!? これじゃ下からのチラリズムが拝めねぇじゃねぇか!!」

 ハァ、と嘆息し、エレアは馬鹿の顔面を踏みつけながら、

有翼種ゆうよくしゅの女にとってスカート下のスパッツは基本だ」

 なにせ撮影などでは高所まで上がることもある。強風や下からの視線に対しての防御は万全にしておかなければならない。それでなくとも普段から移動の際に飛ぶこともあるのだから、むしろつけていないほうがおかしいとも言える。

「はいちょっと御免なさいねー」

 そうこう思ううちに、下にいた馬鹿は彼を囲んでいたうちの一人、羽撃に引きずられ、数発尻に蹴りを叩き込まれて、あひん! や、ほひん! などと嬌声を上げている。

 エレアは死に掛けのゴキブリを見るような目で森羅を一瞥し、ふと思っていた疑問をぶつけた。

「それにしても、なんでこいつの授業エスケープくらいでこんな厳重警備体制が敷かれてるんです?」

 それに答えたのは近くにいた教室の後ろの席の神楽かぐらリョーヘイだった。

 彼は椅子の後ろに体重をかけて二本足で立ちながら、

「聞いて驚けよエレア。なんとよ、森羅の奴、可愛い女の子と運命の再開で、その場でキスまでしたんだぜ」

「しかもその女子、この学園に編入してくるらしいのだ。それでこの馬鹿、様子が気になるとぬかして服を脱ぎながら教室を出て行こうとしてな。それで人道的判断から縛っての折檻となった」

「まあ、それ以外にも、羽撃が胸の先っちょつままれ―――――」

 言いかけた教室の後ろの席の糸祢いとねが、羽撃のフタツトモエの(みね)で顔面を殴られて教室の窓から外に吹き飛んでいった。窓に当たるギリギリで窓を開いたアクエリアスはファインプレーとしか言いようが無い。実際教室中の皆が自分を含めてそう言って親指を立てて見せた。

 今の話の人道的部分というのに引っかかる部分があるが、その話題の中に興味を惹かれる話題があった。エレアは自分の心の奥から記者だましいとも呼べるものが湧き上がって来たのを感じ、すぐに地面に転がっている馬鹿に質問した。

「羽撃の胸の感触はどうだった?」

「そっちかよ!!」

 教室中の全員からツッコミがきた。

「最高だった!!」

「言うのかよ!!」

 羽撃が蹴りを入れた。ひぁはん! と馬鹿が言った。

 エレアはハッと我に返り、

 いかんいかん! こんな下衆い質問をするゴシップ記者魂など駄目だ。

 と、改めて、森羅に対して質問をしようとした。しかし、そこで喜世子の、

「はーい、制裁タイムはこれで終了。そろそろ授業に入るわよ」

 という声で、全員がはーい、と応答して席に着いた。液体化して校舎の壁面を登ってきた糸祢も席に着き、馬鹿も縛られた状態で席につかされる。

 もう一方、森羅のキス相手というのも気になるエレアも、とりあえず席に着いた。とりあえず記事は一面に決定でタイトルは『衝撃!! 仁悠学園の最強外道 ついに求刑決定か!?』に決まりだ。

 鞄を漁りながら、今の時間はなんだったかと確認する。

 六時間目は、

「はーい、じゃあ、歴史の教科書の三十七ページ開きなさい」

 喜世子の声が教室に響いた。


                         ●


 喜世子は皆が着席したことを確認し、教室の前面、自分の後ろにある教室用の時計を見る。授業開始からすでに十五分経過しているが、今日やるところはさほど時間をかけるところではないので、この程度は誤差の範囲内だ。むしろこれでも余るかもしれない。

 じゃあ、余った時間はまた森羅の折檻に使うか、と考えて、

「えーっと、じゃあ誰かに読んでもらおうかな」

 教科書を開き、教室を見回すと、案の定、皆一様に不動を通す。まるで獣に睨まれているかのように、皆ピクリとも動かない。

 おいおい、少しは自主的に挙手しようよ、と思うが、やはり率先して教科書を朗読するというのは恥ずかしいものだ。自分も学生時代があったのだからそれは分かる。

 しかし、ここで教師である自分が名指しで呼んでもそれは指された本人に余計に注目が行って返って逆効果だ。

 そこで、喜世子は生徒達の自主性にかけてみようと、ジャージの上着のふところからペンを取り出し、指で押さえて教壇の上に立て、

「もし誰も手ェ挙げなかったら、これが倒れた先にいる奴に先生直々のプロレス講習ね」

「じゃーんけーん!!」

 皆が一斉に立ち上がり、生贄いけにえ決めのじゃんけんを開始した。

 うんうん、何としても自分が生き残るという姿勢を忘れちゃ駄目よ、と思いながら、喜世子は目を細めて生徒達を見た。

 そして、

「だぁあああ!! 俺だぞー!!」

 決まったのは、腰ほどの銀の長髪をもつ小柄な男子生徒だ。彼はホッとした顔で着席する他の生徒達をうらめしそうに眺め、自分も着席の後、ゆっくりと手を挙げた。

「はい、じゃあゼン。三十七ページ読んでね」

 言われ、ゼンオーは教科書を抱えて再び立ち上がる。一々座る必要は無いと思うのだが、一応は今のジャンケンは教師の許可無く行ったもので、基本は挙手の後に起立が通例だ。

 もしその動作を行わなかったら、自分に尻が無くなるほどのケツディバイブ・コンダクターを放たれているのが容易に想像できるのだろう。想像力たくましいのもいいことだ、と喜世子はうなずく。

「はい、じゃあ、三十七ページね」

「はーい……」

 言ってゼンオーは教科書を前に掲げ、まずはページの題名から読み始めた。

「この世界の歴史―――――神滅大戦から各国の誕生まで」


                         ●


 皆が静まりかえった教室に、ゼンオーの、本人が少し気にしている幼げな声が響く。

再世暦前さいせいれきぜん三年。ある事件が起こった。

 人々と共に共存の道を歩んでいた神が、突如として地上の民を滅ぼすことを宣言する。この際に名乗りを上げた神は七柱ななちゅうおり、彼らは圧倒的な力により、まずは同属である、地上の民を擁護する他の神々を殺害。実質的に彼らが世界最後の神となった。

 その際の、彼ら神の宣言によれば『地上の者の愚かさを見るのが飽きた』というらしく、彼らはその際に自らを『悟った神』と言う意味で名を変える。これが今の“悟神族ごしんぞく”となりました。

 地上側は、その行いを許さず、自分たちが持つ戦力の全てを投入し悟神族撃退に入ります。しかし、悟神族はその際、人類側からは科学文明、魔族ダイモニウスからは魔術文明を奪い取りました。地上側の抵抗で何とか全てを奪われずにはすみましたが、それらはほぼ、当時では原始レベルまでしか残されておらず、抵抗できるほどのものを生み出すことが出来ない状態でした。

 また、文明を奪われたこと痛っ! 森羅、消しゴム丸のまま投げるな!! 痛いんだぞ!! でもあれ、縛られたまま……、うわっ!? 唾液付いてる!? お前口に入れて吐き出したんだぞ!?」

「いや、だってよ。オメェ、ゼンオー、お前このお通夜も真っ青な沈んだ空気の中なに普通に読んでんだよ。ここはお前が身体張って教科書の中のエロい感じのする単語の部分強調して言ったり、ラップ調に読んだりして場を―――――」

 喜世子が馬鹿に近づいて、そのあごを左からディバイブ・コンダクターで高速で弾いた。

 馬鹿は頭を風車のように九十度回転させ、バネ仕掛けのように頭が元の位置に戻ると同時に机に突っ伏して鈍い音を立てる。

 それを唖然と見ていた皆の空気に気付いたのか、喜世子は慌てて、

「いや、大丈夫よ。脳震盪のうしんとうにしただけだから。先生本気でやったら多分頭部ねじ切れるどころじゃなくて消滅してるから。だから心配しないで」

 何をどう心配しなければいいか分からなかったので、とりあえず皆は教科書に視線を戻す。馬鹿は放置だ。それが平和のためにもなる。

 髪に付いた唾液を必死に拭ったゼンオーは、えーっと、と前置きして改めて教科書を読み直す。

「また、文明を奪われたことで遡及性そきゅうせいが働き、世界の全てが森林が生い茂る原始の姿へと変貌した。

 しかし、そのことから当初は悟神族側に付いていた天使族エンジェリウスがその行いを皮切りに、悟神族側を離反。それにより彼らは悟神族の住む天上から堕とされ、地上の民の味方となった。

 それによって、人間族ヒュマニウス魔族(ダイモニウス)天使族エンジェリウスの三種族と、悟神族による大戦、神滅大戦が始まった。

 そしてその際、天使族エンジェリウスは自らの神力の全てを使い、人類に残された文明全てを集結させて生まれたのが、我々が今使っている機械魔術デジタ・マギカです。

 地上側はそれを使い、多くの犠牲を出しながらも、悟神族と三年間に及ぶ激闘を繰り広げました。」

「はーいオッケー。いいわよ」

 ゼンオーはホッと息をついて席に座る。恐らく間違えたときに容赦なく自分が点数を引くのを恐れていたのだろう。大丈夫、よっぽどおかしな間違いしない限りはそんなに引かないから、と心で言い、

「そう。今からちょうど千と三年前、神滅大戦は行われた。そして三年の戦いの末、ついに悟神族の力のほとんどを奪うことに成功したわ。

 それのせいで、悟神族は地上で活動できる時間の制限を受け、さらに天上以外では自分達の力を振るうことがかなわなくなってしまった。

 それのせいで今はあいつらも自分達では攻めてこないわけだけどね。なにせ時間制限付で活動しか出来ないし、来たとしても恐らく普通の人間以下の力しか持たないんじゃ来ても仕方ないしね。

 じゃ、こっからは国の成り立ちについて読んでもらおうかな。イコル」

 その言葉に、金髪の巨体が立ち上がって言った。

「な、何で俺が! 横暴だぞ喜世子先生!」

「っさいボケ! あんた歴史だけは得意でしょうが。他の教科体育以外は全部平均2しか取れてないんだからここで得点稼ぎなさい」

「きょ、教師が教え子の成績公言するな!!」

 その言葉に反応するものがあった。伸太と切丸、そして今座席に座ったゼンオーの魔界男子四人組スクウェア・フォースの面々が、

「大丈夫だ。俺らお前の成績なんかとっくの昔に知ってんよ」

「そうだぞイコル。お前が通知表渡しのときに絶対に俺らに見せないようにしてたけど、実は俺らお前がトイレとか行ってる間に見てたんだ」

「体育と歴史以外オール1だったあのころよりはよくなったんだぞ」

「な、仲間だと思ってた三人に全て暴露された!? 貴様等それでも小学校時代からの幼馴染か!!」

「はい。ぎゃーぎゃー言わずに早く読む」

 パンパンと手を叩きながら言う喜世子に不満な顔を向けて、長剣の柄に手を回されたので慌てて教科書で顔を隠しながら、イコルはとりあえず口を開いた順に殺していこうと、伸太の殺害方法を模索しながら、教科書を読み始める。

 幸い、歴史の初歩の初歩はもう完璧に覚えてしまっている。なので歴史を口にすることと三人の殺害方法を考えるのに2:8の割合で頭を使えば何とかなるだろうと思い、口を開いた。

「神滅大戦が終わった後、人類にとって一番の問題は、人口数の激減と、国土の原初化。悟神族が自らの力を回復するために送り込んでくるヒトガタの襲撃。そして、神がいなくなったことによって加護を失ったことだった。

 特に終戦初期では人口の低下が一番問題視された。三種族全てを合わせても世界人口約二十七億人。かつての四分の一程度の人口で、森林と化してしまった大地を切り開き、集落を作ることは、機械魔術デジタ・マギカを手に入れた人類でも容易には行かず、さらに悟神族の戦闘兵、ヒトガタの襲撃により、事態はさらに難航することになる。

 そのために人類が取ったのは、人口の少なさを利用し、航空都市艦こうくうとしかんの製造し、そこへの大多数の人員の移住だった。

 それにより、年周期で大量発生などを行うヒトガタの発生が少ない地域へ移動することも可能となり、復興の足がかりが出来たともいえる」

「はいオッケー」

 喜世子の言葉にふう、と息をつき、イコルは座席に取れるように座り込んだ。

 そうね、と喜世子が前置きを付いて補足をする。

「生き残った人類にとって、まず一番に考えなきゃいけない問題は、どうやってこれ以上人口の低下を防ぐかだったの。当然そのためには生きるための拠点が必要だけど、その拠点を作るには、まずは木を切り倒す。その後にその切り倒した木を燃料や紙にするなりして消費しなきゃいけないし、そして地面の舗装ほそう。そこまでやってようやく土地の割り振りを決めたり、どこを居住区にするかみたいな話し合いをやって、ようやく住居の建設に入る。少なくとも大和では全人口を一箇所に集めるにしてもそれを全て行うとしたら十年以上かかるわ。

 もちろんそれは出来ないから、各場所に分かれて作業を行っていたんだけど、当然そうなると少ない人員が余計に少なくなってしまう。土地を開拓する人員が増えればヒトガタの襲撃に対応する戦闘員がいなくなって被害が増え、逆に戦闘員に数を裂けば開拓が遅れてしまう。

 そしてどうしようか迷った末に、各国が合同で意見を持ち寄り出した答えが、航空艦都市を作成することだったってわけ」

 喜世子は一度息をつき、新調した教壇の後ろにある椅子に腰掛けた。

「そうすれば、航空艦の作成場所を一気に切り開くだけで、後はその場に資材を持ち寄り、また、そこに人員を集中させることで防衛と作成を同時進行で行けた。

 そしてその際の各国間の話し合いのときに、神罰武装が作成され、そのおかげで人口が少ない国は防衛能力を高めることもでき、製造開始から五年、ようやく七艦編成の『国土』を、各国は手に入れたってわけよ」

 喜世子は教室を見回した。皆教科書に目を落とし、馬鹿は机に頭を落としている。平和だなと思いつつ、

「じゃ、ラストは大和のなりたちね。神社の娘の羽撃いってみようか」

「えっ!?」

 羽撃は机の上の教科書から顔を上げ、目を丸くする。

「こういう系はやっぱ寺院関係のあんたが適役じゃない」

「はぁ、まあ、そうですけど……」

 どこか腑に落ちない感じを漂わせながらも、羽撃は立ち上がって教科書を持つ。

「国土を手に入れた各国でしたが、最後に残った問題は、神による加護を失ったことでした。

 今までの共存時代、神の力の加護を受け発展を繰り返してきていた人類にとって、文明が壊滅的に失われていた当時はどうしても必要なものだったわけです。現在でも人類は独力で進化を辿っていますが、それはあまりにも遅く、文明の最高潮だった時代に届くにはあまりにも時間がかかりすぎます。

 そこで人類が考え付いたことは、かつては禁忌とされてきた行為、人工的な神の作成でした」

 羽撃はここで、一旦言葉を切る。そして一度大きく息を吸い、

「各国は意見を持ち寄り、そして、かつて『日本』と呼ばれていた大和が、その作成の指揮を取ることになりました。

 これは、神代しんだいと呼ばれる、神との共存ではなく、神が王として地上を支配していた時代の神話で、日本には人が神を殺す神話、そして、九十九神つくもがみなどの神を作り出す神話など、神が絶対として崇められていた時代には考え付かないことが存在したことによるもので、その概念を術式に応用し、神を作り出すことを各国より言い渡されました。

 それにより、アジア連合などのように小国はほとんどどこかの国々と合併が行われましたが、大和は一国の扱いを受けて残され、また神罰武装も防衛力強化のための特例として二つの所持を許されました。

 またこの国の霊的力を高める名目で、かつての日本から神代の呼び名“大和”と名を改め、神の作成を行っています」


                         ●


 読み終え、羽撃は教科書を降ろした。喜世子に座ってもいいかとアイコンタクトを送ってみると、教科書を顔にかけて喜世子が寝ていた。

 聞いてねぇーーーーー!!

 思わず羽撃以外の生徒達も思う中、その空気を寝ながらにも感じたのか、

「んぁ!?」

 ビクンッ! と一度飛び跳ねて、喜世子が跳ね起きた。

「ぁあ、うんオッケオッケ。ありがと羽撃」

「……聞いてなかったんじゃ……」

 半目で問う羽撃に、喜世子は首を盛大に横に振り、

「違う違う! 視覚を潰すことで聴覚を鋭敏にしてたのよ! ほら、先生って真面目だから!」

 いったいどれだけ図々しければそんな言葉を吐けるのか、生徒達には分からない。すると、

「ん……?」

 喜世子があるものに気付いた。

 皆の視線もそれを追って、教室の後ろへと伸びていく。

 それに唯一気付かないのは、視線の先にいる一人の生徒。

 エルだった。


                         ●


 喜世子はジッとエルを見る。

 彼は教科書を立てて壁を作り、その内側に食い入るように頭を突っ込んでいる。

 そーっと、足音を殺して近づいてみる。それでもエルは気付かない。

「こら、何してる!」

 言って、喜世子は立てられた教科書を持ち上げた。その奥にいたエルは、うわっ! と仰天して椅子から転げ落ちる。

 彼の机の上にあったのは、一台のノートパソコンだ。

 基本的にネットやメール、通信などは全て使倶シグを持っていれば行えることだが、パソコンは主に大量の情報量をさばく作業に必要なものだ。

 目の前の机に置いてあるパソコンは教科書の後ろに隠れるほど小型でありながら、非常に高い電算容量を持つ一級品だ。

「まったく。あたしの授業中に勉強以外のことやってるなんざいい度胸ね」

 喜世子は机の後ろに回って何をやっているのか見ようとした。それを起き上がったエルが慌てて押さえ、

「な、なんでもないんです先生! ホントごめんなさい! だから、ね!? ね!?」

「何が、ね? よ。あんたこの間から頻繁にこんな状態だったけど、いったい何して―――――」

 無理矢理エルを押しのけて画面を覗き込んだ喜世子の言葉がそこで止まる。

 その画面に映っていたのは、茶髪のポニーテールの、そう、まるで喜好喜世子のような女性が今まさにジャージを脱いであられもない姿になっている絵がそこには載っていた。

 エルは逃げ出した。全速力で逃げ出した。

 素早くドアの取っ手に手を伸ばす。しかし喜世子は背にある柄を握って、長剣を背から下ろして思い切りぶん投げた。

 高速回転した長剣が、鈍い音と共にエルの頚椎に直撃した。

 鈍い音が、学園の廊下に響き渡った。


                         ●


 “ラッキー☆ライセンス”という同人サークルが関東には存在する。

 漫画、小説、ゲームなどあらゆるものに手を伸ばしており、毎年二回行われるの同人即売さいのときは必ず売り切れ必死となること請け合いのサークルであり、委託販売やオークションでも手に入りにくい程の人気を誇る。

 その創設者の一人、エル=エルは今、教室の後ろで縛られて女子達全員に半円状に囲まれていた。

 あれからパソコンを調べたところ、教室の女子全員をモデルにした不埒なエロゲー原画が発見され、このような現状に至っている。

 男子勢は気絶から再起した馬鹿を含め、全員が机の上に顔を伏せて押し黙っている。助ける気は毛頭ないらしい。ただ自分達に火の粉が降りかからないように全力で不動を貫き通している。

 喜世子はなるべく笑顔で、

「っで、これはどういうことなの?」

 優しく声をかけることにする。まずは何を言ってもこうやって自供させる空気を作ってやらねばならない。周りで武器を構えている女子がいるが、それは気にしないことにする。

 エルは黙秘を通そうとしているのか、口を一文字に結んで話す気配がない。

 仕方がないので、ディバイブ・コンダクターを振りかぶってパソコンの方を向くと、

「ああ!! 待ってください!!」

 返答がきたので、首だけをそちらに向け、言え、と空気のみで促す。

「八月のイベント用の新作です、それ」

 重々しい口を開いて、エルが告げた。女子勢は更なる供述を求めるため、とりあえず武器を近づける。

「イラストはシャトーくんに頼んで。色々イベンとかサイトの書き込みに『今度越組のメンバーで作品出してください』って要望がたくさんあったんで……」

 喜世子は今日来ていない最後の越組メンバー、クロエ=シャトーのことを思い出す。確か彼女もラッキー☆ライセンスの一人だ。

「じゃあクロエが今日来てないのって……」

 箒を振りかぶった状態のエレアの声に、エルは無言で頷く。

「原稿が押してるらしく。このままじゃ来月までに入稿間に合わないからって」

「それは困るぜ!」

 と言ったのは、今まで押し黙っていた男子勢の一人、森羅で、

「ラッキー☆ライセンスの同人誌は俺にとっちゃオアシス以外の何ものでもないんだからよ! クロさんには絶対落とさないよう頑張ってくれって言ってくれよ! 今度のあれだろ!? 総ページ数一六〇ページ越えの超大作!」

「うん。全部君の苦手な触手モノだけどね」

「ハァ!? 嘘だろ、そんな話聞いてねぇぞ!! 俺もう予約入れちまったのに!!」

「勝手に話を進めるなぁ!」

 羽撃の矢が、馬鹿の椅子の背もたれに直撃して爆散する。間一髪、馬鹿は机二つほど飛び越えて回避した。そのせいで近くにいた糸祢に破片が直撃したが特に気にしない。誰も気にしない。

「あ、お兄ちゃん! このゲームあたしのルート近親モノに走ってるよ!」

「何!? 願ってもねぇルート展開じゃねぇか! ナイスだエルくん!」

 アホの子兄妹を見ながら、もう何かやりたい放題だな、と思いながら、

「じゃあ、まあとりあえずデータは抹消、と」

 と言って、ディバイブ・コンダクターを振り上げた喜世子をエルは慌てて止めた。

「待って待って!! それデータじゃない! そのパソコン、カスタムだけでどんだけすると思ってんですか!!」

 知るかと、思い、イラストとはいえ自分の痴態を描かれたゲームを出させてなるものかと心に決め、長剣が頂点まで到達し、振り下ろすだけの段階になったところで、

「ゲームを予約してる人間を教えますから!! 壊すのだけは勘弁してください!!」

 その言葉に、喜世子の腕が止まる。女子の視線も今までとは違うものになった。

 喜世子は剣を下ろし、縛られて座るエルに視線を合わせる。

「誰?」

「それは―――――」

 エルが口を開きかけたとき、喜世子は視線の端で動くものを感じた。

 すぐにそちらを振り向く。

 そこにいたのは、今まさに窓から逃亡を図ろうとしている森羅だった。

「やっぱりね!!」

 言って、身体を後ろに向けると、クラス中の男子全員が廊下へ窓へと逃亡を図っていた。

「全員!?」

どうも!


この世界の歴史編です。キャラクターにたくさん喋らせまくったせいで何か今回あまりキャラが動きません。すいません。


これで皆さんにも大体この世界がどういうものか分かってもらえたと思います。


次の回はもうちょっとキャラが動きます。


それでは、また次回。

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