第九幕
俺は、担当している事件の資料にもう一度目を通すため記録部屋に来た。今まで捜査した事件の資料が集められている場所だ。
中に入るとがらんとしていた。整理していたり、俺のように資料を見ている者が一人二人いるのに珍しく誰もいない。
俺は求めていた資料がある場所へと向かい、いくつかを手に取った。すると奥で物音がした。気のせいかと思うほどの小さな音だ。
俺は資料を抱えたまま声をかけた。
「誰かおられるか?」
だが返事はない。やはり気のせいかと思い、資料探しを始めると、またも物音が聞こえた気がした。どうも気になってきて資料を一旦置いて奥へと足を向けた。
一番奥の棚の影になっている所を見ると、壁に小さな穴が開いていてそこから風が入り、資料の束を靡かせていた。
物音の正体はこれか。
俺は壁の穴に手を差し込んだ。拳一つ分が入るほどの大きさだ。
いつからこのような穴があったのか……。すぐに修繕しなければ、と思いながら手を抜こうとしたら、壁の裏側に何か貼り付いているのに気づいた。平たい形をしている。それが壁に貼り付いているのだ。
手をねじ込んで貼り付いているそれを剥がして穴から取り出した。するとそれは折りたたまれた紙だった。俺は首を傾げながらその紙を開く。
そこには、みみずが這ったような線が長々と描かれていた。文字のような、落書きのようなものだ。
すると急に背筋がぞっとした。誰かに見られているような気がして勢いよく振り返るが、誰もいない。俺は嫌な汗が流れてきて、紙を元通りに折りたたんで穴の中の元あった場所に戻した。そして資料をかき集めて急いで部屋から出た。
記録部屋の嫌な感じが残ったまま同心部屋に来ると、小西様が俺を見て声をかけてきた。
「瀬田。ちょうどよかった。仕事を頼みたい」
「はい」
俺は先程の記録部屋でのことを小西様に伝えようか迷ったが、今は用事を済ませることが先だと思い、心に留めた。そして資料を自席に置いて、小西様の後を着いて行った。
◆◇◆
後ろを着いてくる瀬田に説明しながらお奉行の部屋に向かう。
「実はな、椿殿の護衛を任せたいのだ。お奉行が今までの話を聞くに、そろそろ本格的に動き出すだろうとの事だ」
「刺客は四人で決まりでしょうか」
「恐らくな。どうした? 浮かない顔をして」
「はい……。どうもその刺客が本気で椿殿を狙っているのか怪しいのです。毎回途中で姿を消しています。わざと人気のない場所に立ち寄っても来ないのです」
「うむ。それは前も言っていたな。お奉行も気にしていた。だが今回は違う」
私は先程の出来事をあえて瀬田に言わずにいる。
瀬田を連れてお奉行の部屋に行くと、お奉行と椿殿が話をしていた。そして、私と瀬田に気づくと同時に顔を向けてきた。
「お! 来たな」
「申し訳ございません。お忙しいのに……」
椿殿が瀬田に頭を下げている。
「椿殿……その腕は……?」
瀬田は予想通りの反応をした。
「先程、大木様と近くの寺に行った際に、どこからか矢が飛んできて……」
「なっ?! 怪我の具合は! 毒などは塗られていなかったのですか! なぜ大木などと!」
「これ、瀬田。一気に捲し立てるな。それに口を慎め。確かに大木はどうも今ひとつ抜けてるところがあるが、こうして必死に椿殿をお守りしたのだ」
さすがに私は瀬田を叱咤してしまった。
「はっはっは! 瀬田。お前は忙しい身だ。椿殿が遠慮したのだ。大木を責めるな」
「……申し訳ございません」
謝ってはいるが、瀬田は納得していない顔をしている。それに椿殿の腕を見て眉間のしわが濃くなった。
「怪我は大したことはありません。ですがご心配をおかけしましたね、銀次様」
私はお奉行と顔を見合せてしまった。私と同じく、お奉行も緩む口元を必死に一文字にしている。
「次からは某を必ず呼んでください。どんなに忙しくとも、護衛を優先します」
これに気づくなという方が難しい。いつからなのか、中村にでも聞いたら分かるだろうか。
一人で場違いなことを考えていると、お奉行が口を開いた。
「なら話は早い。刺客はようやく手を出してきた。椿殿を囮に一気に仕留める。瀬田は必ず椿殿をお守りしろ」
「はっ」
◆◇◆
私は囮になるため、銀次様と共に役宅を出た。
「計画通りにいけば確実に仕留められます。ですが気をつけてください」
「はい。……ふふっ」
「何か?」
「いいえ。こうして銀次様と出かけるのも慣れてきたなと思いまして」
銀次様は顔を顰めた。
「椿殿。今はそんな能天気なことを言ってる場合ではありません。あなたは囮なのです」
「……申し訳ございません」
私は銀次様という存在に甘えていたことに気づき、気を引き締めた。
銀次様と共に茶屋に入り、暫くして、私は一人で茶屋を出た。そして近くの寺の境内に向かう。
境内は人が少なく、特にこの時間は人が通らない。そこで刺客は現れるだろうというのがお奉行様の見立て。
境内に入りどんどん目的地へ進んでいくと前から二人組が歩いてきた。見立て通り刺客が現れたのだ。私は念のため、袖の下に仕込んでいる得物にこっそり手をかけながらゆっくり進んでいく。
カランコロン
ザッザッ
妙な緊張感が辺りに張り巡らされている。風に吹かれた葉音が大きく聞こえる。心の臓が早鐘を打っているのがわかる。震える手を隠すように得物を強く握った。
カランコロン
ザッザッ
前から来る二人とすれ違ったその瞬間、一人が私に、隠し持っていた匕首を向けた。
私は袖の下から得物を出そうとしてぴたりと動きを止めた。二人組の後ろに頼もしい姿を見つけたから。
銀次様は抜刀し、男の腕を叩き落とした。その拍子に匕首を落とした男は痛みに顔を歪めた。峰打ちといえどあの速さでは威力も相当であろう。
それに気づいたもう一人の男は、同じく匕首を持ったまま一歩引き、私と銀次様を睨みつける。そして次の瞬間、勢いよく走り出した。逃げるつもりなのだろう。
だがもう遅い。
男の道を塞ぐように『御用』の提灯が躍り出てきた。そしてあっという間に縄で縛り上げていく。
後ろを振り返ると、後ろから着いてきていたであろう残りの二人も同じように縄で縛り上げられていた。
私は刀を納めた頼もしいお方に声をかけた。
「お見事ですね銀次様。あっという間に四人とも捕らえてしまいました」
銀次様は私の袖口を見つめている。
「その仕込んでいる物に出番を与えるなどできませんから」
私はそっと得物を袖の奥に仕舞いこみながら笑顔を作った。
「刀を抜くと人が変わるのは、あなたもでしょう?」
そういうと銀次様はため息をついて言った。
「自ら囮になるなど、二度としないでください。たとえお奉行の命といえど、某の身が持ちません」
私は、ふふっと笑ってしまった。
緊迫感を文章で表すのが苦手です。
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