第七幕
暫く茶屋で様子を見ていたが、刺客が戻ってくる気配はなく私と銀次様は茶屋を出た。
「椿殿。せっかくなので最初に行こうとしていた反物屋でも行きましょう。護衛として刺客は気にしておきますのでご安心を」
「だ、だめです! 反物屋に行くくらいなら銀次様と捜査をします。銀次様のお仕事を手伝いたいのですから!」
「そう……ですか? ではお言葉に甘えて……。本当によろしいのですか?」
私は笑顔で頷いた。
そして今、私たちは番屋に来ている。なんでも、銀次様が頼りにしている岡っ引の方がいらっしゃるとの事。
「八右衛門はいるか?」
銀次様が番屋の戸を開けながら中に声をかける。すると奥から股引に着物の裾を端折り、十手を腰に刺した人が出てきた。
「お! 瀬田の旦那! いいところに! ……その娘さんはどちら様で?」
八右衛門は首を傾げて私を上から下まで見てくる。
「こちらは椿殿。訳あって行動を共にしているのだ。で? 何か掴めたのか?」
銀次様は護衛の事は言わずに、岡っ引の八右衛門さんに話を促している。
「へい! そうなんですよ! 実はあの死んじまった奴らの身辺を洗っていたら妙な噂を耳にしましてね。なんでもひと月前辺りから浪人風情の侍とよく会ってたそうなんです。その侍は笠で顔が見えなかったらしいんですが、死んだ中に高利貸し屋がいたでしょ? そいつのとこに転がり込んでたようです。最近はその侍は見かけてねぇみてぇですがね……」
銀次様は、顎に手を添えて考えている。
「その侍、気になるな。ひと月前……か……。そいつの身なりは聞いたか? どんな事でもいい」
八右衛門さんは記憶を遡っているのか、うーん、あー、などと一生懸命思い出そうとしている。そして、あ! と突然手を叩いて話し始めた。
「転がり込んできた時は小汚ねえ格好だったらしいんですが、ある時から身なりが変わったそうです。お偉方に会う時みてぇに、大層なのを着て出かける姿を見たとか! それを見た小間物屋のお梅って女がいるんですがね。きっとあれは最近流行りの反物屋で買ったんじゃないかって! あの店なんて言ったかな……あぁ……なんだったか……」
私は思わず話に割り込んでしまった。
「綾部屋……でしょうか?」
すると八右衛門さんの顔がぱっと明るくなって私に人差し指を指しながら「それだ!」と言った。
次の瞬間、銀次様が八右衛門さんの手を叩き落とした。
「おい! この方を指でさすな!」
「あ! こりゃ、すんません」
八右衛門さんはヘコヘコ頭を下げている。
私は気にも留めなかったのに銀次様がそう言って叱ってくださったのがなんだかとても嬉しくなってしまった。まるで私を大切に扱ってくれているようで……。
「綾部屋か……椿殿。やはり綾部屋には縁があるようです。参りましょう」
「はい」
私は番屋を出ていこうとする銀次様を追いかけた。そして出る直前で八右衛門さんに振り返って丁寧に挨拶をした。
「八右衛門さん。お勤め頑張ってくださいね。それでは、失礼します」
静かに番屋の戸を閉めながら、得た情報を頭の中で整理した。そして急いで銀次様を追いかけようとしたら、すぐそこに銀次様がいてどきりとした。
「八右衛門にあそこまで丁寧に接しなくてもいいです。あの者はそこまで気にしませんよ」
銀次様の様子に、つい笑ってしまった。
「ふふっ! 銀次様どうされました? なんだかいじけてるように見えますが?」
意地悪するように言うと、銀次様は目を逸らして「気のせいです」と言って歩き出してしまった。私は緩む頬を抑えつつ銀次様の隣まで小走りで追いかけた。
先程来た時同様、綾部屋は賑わっていた。しかし、少し客足が落ち着いたのか、店内はそれほど混んでいなかった。
暖簾をくぐるとすぐに店の亭主だろうか、愛想のいい笑顔と物腰で声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ! 今日はどのようなものをお求めでしょう?」
それに銀次様が答えた。
「俺の連れに合うものを幾つか見繕ってくれ。さぁ椿、好きなものを選びなさい」
突然口調が変わったのに驚いていると銀次様が耳元に顔を寄せて囁いた。
「奉行所の者と思われぬようにしたいのです。失礼とは思いますが話を合わせてください」
「あ、は、はい!」
私は高鳴る胸を抑えつつ腰掛けて、目の前にどんどん出されていく反物を手に取って眺めた。ちらりと銀次様を盗み見ると店内をくまなく探っているようだ。
「こちらはうちの看板商品でございます。肌触りもよく、染め方も職人のこだわりです。女性だけでなく、色味を抑えて男性にも人気です。どうです? お二人で色味を変えてお揃い……というのは?」
この方には私と銀次様がそういう関係に見えているのだろう。私がどう答えようかと迷っていると銀次様が口を開いた。
「そうだな。それもよかろう。椿、気に入ったものはあるか?」
さりげなく私の隣に座って反物を手に取った。銀次様の顔がすぐ横にある。
近い。自分の顔が赤くなっていないか心配だ。しかし、これは事件の捜査。店の方に気づかれてはならない。
私は演技を完璧にこなす為に気づかれないように深呼吸をしてから二枚の反物を手に取った。
「こちらが気に入りました。色の出し方もとても綺麗です。銀次様はこちらがお似合いになるかと」
「おや! お目が高い! お侍様にはこの色味が人気なんですよ! なんでも目上の方と会う時でも着ていけるような物だということで」
店の方の言葉に続けて、銀次様はそれとなく聞いた。
「ほぉ。確かにこれなら派手すぎず質素すぎず良いかもしれんな。ここは侍一人でも顔を出すのか?」
「お客様のように女性の方をお連れになる方が多いですが、ついこの間は浪人のような方のを仕立てました。なんでも目上の方に会うのに急ぎ必要だとかで。その方は確か……あ! これですね。この濃紺のをお求めになりました」
綾部屋を出て少し歩き、人通りが少なくなってきた辺りで私は銀次様に声をかけた。
「あの……先程の浪人というのは……もしかして……」
「えぇ。おそらく八右衛門が聞いたという浪人でしょう」
私は店での出来事を思い出していた。奉行所の同心の働き方をこの目で見て大変感銘を受けたのだ。いつもとは全く違う人物を演じて話を聞き出す。なんて凄い技だろう……と。
「銀次様」
「はい。なんでしょう?」
きっとこの人は当たり前のようにいつもこなしているのだろう。
「先程の店での聴き込み。とても驚きました。あれよあれよという間に欲しい情報を手に入れていました。同心の皆様はいつもあのようにお仕事なさっているのですね」
「いえ。今回は椿殿がいたのでうまくいきました。某だけではあそこまで聞き出せませんでした。特にあの店は……入るのがまず至難の業です」
銀次様は首の後ろに手を当てて眉を寄せている。そして私を真っ直ぐ見つめると真面目な顔で頭を下げた。
「それより、椿殿にあのような態度を取ってしまい申し訳ございません。しかも……呼び捨てなど……」
私は呼び捨てされた時のことを思い出して心臓が跳ねた。
「い、いえ! 全く気にしていません! 銀次様のお役に立てたことが嬉しいだけです。それに……」
私は銀次様に気にしていないことを伝えてから「椿……と呼んで欲しいと思ってます……」と小さく呟いた。
「ん? 今なにか言いました?」
「いえ! なにも!」
私は銀次様に聞かれていないことに安堵した。
「それより銀次様? 次はどこへ向かいましょう?」
「そうですね……もう日も傾き始めていますので役宅へ戻りましょう」
気づけば空が茜色に染まり始めている。楽しい時間というのはどうしてこんなにもあっという間に過ぎてしまうだろう。
私は銀次様と共に役宅への道を歩いた。
刑事ドラマでも、時代劇でも、事件の捜査してる場面が一番ワクワクします。
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