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第六幕

 鏡の前で身支度を整える。今日の着物は山吹色に小さな翡翠ひすいのついたかんざしだ。母上の教え通り、身を飾ることは女の鎧兜である。がっちり武装して臨まなければならない。

 なんと言っても今日は瀬田様との久しぶりのお出かけだ。彼は真面目で剣の腕も立つ。相当な使い手だ。


「よし!」

 私は気合いを入れて部屋を出た。


 門の前に行くといつもの袴姿ではなく着流し姿の瀬田様がいた。緩む頬を引き締めて声をかける。

「瀬田様! お待たせしました! 今日は私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ございません。よろしくお願いします」

「構いません。護衛ですから」

 素っ気ない返事をされても何故か気にならない。

「では参りましょう。椿殿」

「はい」

 歩き出した瀬田様に駆け寄って隣に並ぶ。





「反物屋は『綾部屋あやべや』というそうです。奥方様もほかの与力、同心の奥様方も気に入ってるとの事。私も見たいと思いまして……。殿方には……つまらないですよね……」

 私は話しながら瀬田様が反物屋に興味がないことに今更気づいた。どう考えても私の趣味だ。

「いえ。あなたの行きたいところで構いません。某は護衛。気にせず楽しんでください」

 瀬田様を見上げるといつもと変わらない表情。

 やはり、私のただのお出かけに護衛として着いてきてもらうのは申し訳ない気がしてきた。さっさとやることを終えて彼を自由にしてあげなければ。


 あれから何度か市中を出歩いて刺客は既に三人目星をつけている。これも瀬田様や奉行所の方々のおかげだ。だがまだ動いてはいけない。全員揃ってからでないと……。


 すると前方に女性がひっきりなしに出入りしている店を見つけた。目的の反物屋『綾部屋』だ。

「あれですね! 賑わって……いますね……」

 私は見つけた喜びと同時に罪悪感を感じて足を止めて俯いた。私が足を止めたことに驚いた瀬田様が不思議そうにみてくる。

「いかがしました? 見に行かないので?」

「あの……」

 瀬田様は私の前に来て顔を覗き込んでくる。背丈の差があるから顔は見えないだろうが目の前には瀬田様の胸元が見える。

 私は、ばっと顔を上げて言った。

「瀬田様のお仕事を一緒に手伝うのは駄目でしょうか!」

 目をぱちくりさせて驚いている瀬田様は言葉を失っている。それはそうだろう。反物屋を見に来たのに、直前で仕事を手伝いたいなど突拍子もないことを言い出したのだから。

「瀬田様が他の方とは別の事件を追っていると小耳に挟みました。なのに私の護衛などに付き合わせてしまって……もしかしたら今日もその事件を調査するつもりだったのではと……。なので……その……。私が一緒に調査をすれば瀬田様も護衛をしながらご自身の仕事ができるのではと思いまして……。い、いかがでしょうか……」

 ちらっと瀬田様を見ると、何を考えているのか顎に手を当てて思案に耽っている。

「あの……」

 声をかけようとしたら瀬田様が私の目を真っ直ぐ見て言った。

「ではお願いします。某や仲間内では気づかないようなことに椿殿はお気づきになるかもしれません。別の者の意見も聞きたいと思っていたところです。よろしくお願いします」

 あっさりと私の提案を呑んでくれたことに今度は私が驚く番だ。

 私は嬉しくなり、つい「はい! お願いします親分!」と言ってしまった。はっとして口元を押さえたがもう遅い。恥ずかしさを隠す間もなく瀬田様を見ると、いつもの凛々しい姿からは想像もできないような笑顔で笑っていた。

「どこでそんな言葉を覚えたのですか……親分って……くくっ!」

「み、皆さんの所に来る岡っ引の方々が言ってたのを思い出してしまって……。そ、そんなに笑わないでください……」


 奉行所の役宅にいると、同心の方々それぞれに岡っ引がついていて、その人達が毎日のように顔を出しに来るのを見ていて覚えてしまった。そして私もなんだか呼んでみたくなってしまったのだ。


 瀬田様は私が恥ずかしながらも拗ねているのを見て言った。

「親分……と呼ぶのは岡っ引の子分が岡っ引を呼ぶ時に使います。同心の事は旦那と呼びますね。まぁたまに親分と呼ぶ者もいるようですが」

 すると膝に手を当てて私と目線を合わせる体勢になり、意地悪そうな顔で言った。

「なので呼ぶなら旦那ですね。椿のあねさん」

 私は顔が紅潮していくのが分かった。まさかあの瀬田様が冗談を言うなんて思わなかった。

「あ、姐さん?! なななんてことを?! からかうのはおやめ下さい!」

 必死になりながら言うと瀬田様は首を傾げた。

「嫌ですか? 姐さん……似合っていると思ったのですが……」

 もう! この人は!

「私のことは椿と呼んでください! 瀬田様!」

 そう言うと瀬田様は、うーんと悩んでからとんでもないことを言い出した。

「では某のことは様を付けずにお呼びください」

「へ? 様をつけずに……というと……瀬田……殿?」

 思考を巡らしてそう呼んだがそれも納得がいかないようで「そうですね……銀次……と呼んでください」と言った。


 その時私は気づいた。この方はあれだ。今まで何人もの女性を自覚もなく虜にしてきたのだ。いけずなお方……と。





 私と瀬田……銀次様は例の現場に来ている。

「瀬田様」

 声をかけたが返ってきた言葉は少し不機嫌そうだった。

「……銀次です……。なんですか?」

 私はぐっと息を飲んでからもう一度呼んだ。

「ぎ、銀次様」

 すると、はい、とさっきとは打って変わって満足そうに返事をしてくれた。名で呼ぶ代わりに様を付けることは許されたものの、私は慣れない呼び方を何とか身につけなければと肝に銘じた。

「ここの路地から出てきたのですか?」

「えぇ。出てきた時にはもう手遅れでしたが。その辺りで針のような物を見つけました」

 路地の隙間の一角だ。よく見つけたと思うほど暗くて見ずらい。

「その針というのは今どこに?」

「鑑定に出しています。毒かどうか、そういうのに長けた医者がいるのでその者に任せました」


 私はその言葉を聞いて、当たりを探っている銀次様を見た。護衛の時とは違った雰囲気の仕事ぶり。きっと聞き込みではあの時の笑顔を向けながら町の女性とも話すのだろう。

 銀次様はぶっきらぼうに見えるし体格もいい。見た目は近寄りがたく、怖さを与えるが、とても親切で優しい。そんな姿を知り、あんなふうに笑顔を向けられたらきっと心を動かされる女性は多いだろう。実際ここまでの道のりで彼を熱い眼差しで見つめる者はいた。やはり、この方は罪なお人だ……。

 私は自分が余計なことを考えていることに気づいて頭を振った。

 私は何を考えているのだ! 今は銀次様のお仕事の手伝いをしているのだからしっかりしなさい! 椿!


 気合いを入れ直して路地の向こう側へと出てみる。大通りで人の往来も多い。右を見ても左を見ても店が並んでいる。路地から誰かが出てきても変に目立つことはないだろう。

 すると突然腕を引っ張られて後ろに倒れそうになった。

「わっ!」

 転ぶかと思いきや、背中に硬いものが当たった。見上げると銀次様の顔が近くにあって驚いた。私は銀次様に引っ張られて背中を預けている体勢なのだ。慌てて離れようとしたがその体制のまま銀次様が顔を寄せてきて小声で言った。

「殺気を感じます。おそらく刺客です。このまま大通りを歩いて距離を取りましょう」

 私が頷くと銀次様は私の手を取りそのまま引っ張るように大通りを進んでいく。人混みをするすると抜けてあっという間に近くの茶屋に入った。





 席に座り他の客のようにお茶を頼む。その間、銀次様は周りに気取られることなく周りに目を配り刺客の位置を確認した。

「刺客は二人。向かいの小間物こまものを見ている客と、もう少し離れた路地脇に立っている男です。見覚えは?」

 私は言われた通りの二人をこっそり見て確認した。

「路地の男は見たことがあります。以前も見かけました。客の男は初めて見る顔です」

 私がそう答えると銀次様はぽつりと呟いた。

「これで刺客は四人に増えたか。だんだん増えてきている……」

 するとそこへ茶屋の方がお茶を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「ごゆっくり〜」

 茶を運んできた女性は愛想のいい笑顔でそう言うと奥へ下がって行った。私は銀次様にお茶を渡した。

「銀次様、お茶です」

「あぁ。ありがとうございます」

 銀次様は刺客たちから目を離さずにお茶を受け取った。そしてお茶を口に運ぼうとして止まった。

「いかがしました?」

 その様子が気になって声をかけると銀次様は不思議そうな顔をして答えた。

「刺客が……どこかへ行きました。今回も前回同様、諦めたのでしょうか……。あの刺客、本当に椿殿を殺す気があるのでしょうか……」

「えっ?」

 私も外を見るとさっきまでいた刺客が姿を消していた。

「なんや……どないしはったんやろ?」

 すると銀次様がくすりと笑った。私はなぜ笑ったのか分からず首を傾げる。

「今、お国言葉が出てましたよ」

 と頬を緩ませながら言ってきて、ようやく自分でも気づいた。

「あっ! えっと……その……つい……。咄嗟に出る言葉はそうなるみたいです……ね」

 別におかしなことではないのに恥ずかしくなって俯いた。

「いつも気になっていたのです。上方から出てきたと言うのに全くその様な話し方をされませんし、気取られもしない。本当に大和の方なのかと疑ってしまうほどです」

 私は慌てて伝えた。

「わ、私は大和の出身です! 京にいることも多いですけど……。父に言われてこちらの言葉も身につけました」

 すると銀次様はいつもとは違った柔らかい雰囲気になって呟いた。

「安心しました……」

 ん? 安心した?

 私はどういう意味かと聞いてみた。

「え? あぁ……その……なんでもないです」

 銀次様はそっぽを向いてしまった。私はそれ以上追及しなかったが、小骨が刺さったような感覚に囚われた。






呼び名一つで距離感がぐっと変わるの好きです。


最後までお読みくださりありがとうございます。


感想、レビュー、評価など頂けたら励みになります。誤字脱字、読みずらいなどありましたらコメントください。日々精進です。

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