第五幕
「ご苦労だったな瀬田」
お奉行の労いの言葉に俺は礼で答えた。
「話は聞いた。臨床結果は察しの通り心の臓を病んだ病死だ。俺も見たが外傷はなかったように見えた」
そして俺の隣に控えている小西様が口を開いた。
「瀬田はこれを病死とは考えてないそうだな? 何か心当たりでもあるのか?」
俺は懐から例の手ぬぐいを出した。そして開き、小さな針を見せた。
「これを路地で拾いました。まだ調べていませんが針先が変色しております。毒ではないかと……。同じような事案が複数発生しております。そしてどれも今回同様突然の病死。気になり調べておりましたところ、現場に出くわしました」
お奉行は手ぬぐいごと手に取ると、その上に乗った小さな針を見ている。そしてそれを小西様にも渡し、腕を組み悩ましげな顔をしながらぽつりと零した。
「何とも不思議な事件だ……」
「確かにこの小さい針なら外傷も見つけられないでしょう」
小西様の言葉を聞いたお奉行は、膝を叩いて思い切りの良い声を発した。
「よし! うちで取り扱ってみよう。南町は今別件で忙しいというからな。だが人手は割けない。瀬田。とりあえずお前が調べてみよ。なにか掴めたら人数を増やすなり考えよう。どうだ?」
俺は小西様も頷いたのを確認して、膝の前に両手をつき頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず手がかりを掴んでまいります」
お奉行の部屋から出てきて同心部屋へ戻る途中、椿殿に出くわした。
「あ、瀬田様。お疲れ様です」
いつも通りの挨拶。やはりあの若侍は俺の見間違いだろうか。
「椿殿。今日はずっと役宅に?」
「ええ。外出する時は必ずあなた様を頼るようにと言われておりますので。瀬田様がお出かけのようでしたので私も部屋におりました」
「某でなくとも他のものに頼んでもよろしいのですよ? お奉行もそう言っていたと思っていましたが……」
すると椿殿は、ふふっと、いたずらっぽい顔で笑った。
「小さなお遣い程度なら他の方にお頼みしています。しかし私用の時は頼めません。私も自衛の術は持ち合わせておりますが慣れぬ土地では不安です。ならば刺客に初めて気づいてくださった瀬田様に頼りたくもなります。命を預ける人は選ばねば」
俺は椿殿から視線を外した。
命を預けるなど……だから女子は苦手なのだ。
「でしたらそのような外出の際は声をかけてください。役宅に引きこもっていては体にもよくありませんので」
俺は動揺を隠しながら答えた。
「ではお言葉に甘えて。仕事に差し障りのない日はいつでしょうか? 実は奥方様に教えてもらった反物屋に行きたいのです。京にはない珍しい反物があるとうかがったものですから」
早速の誘いに、俺は自分の役目も予定も忘れて答えてしまった。
「明後日ならば非番です」
「では明後日に! お願い致します! 楽しみですね! 何を着ていこうかしら……ふふっ!」
椿殿は一瞬にして晴れやかな顔になり、パタパタと去っていった。
俺はその場にしゃがみこんで自分を叱咤した。
「明後日の非番は先生の顔を見に道場にいくつもりだっただろうが……この馬鹿が……」
気合いの入った部下達の声があちこちから聞こえる。今日も道場は活気があるが、俺は目の前の瀬田から目を離せない。
じりじりと睨み合いが続き、瀬田が一瞬にして間合いに踏み込んできた。
「たぁ!」
「っく!」
重い一撃をまともに受け止めてしまい、自分が油断していたことに気づく。なんとか跳ね除けて間合いを取ろうとしたら、すかさず瀬田が切り込んできた。受け流そうとしたが体勢が崩れていて木刀を叩き落とされてしまった。
「……はぁ……。まいった……」
俺は息を吐くのと同時に瀬田に掌を向けて言った。上段に構えて次の一手を打ち込もうとしている瀬田は、ピタリと動きを止めて木刀を下ろした。そしてすぐに、俺の落とした木刀を拾ってくれるのは、こいつの実直さだ。
「中村様」
その一言で俺は瀬田の言いたいことがわかった。
「すまん。油断した。それにしてもお前、今日は一段と気合いが入ってるな。どうした」
木刀を受け取りながら聞くと瀬田は顔色も変えずに言った。
「明日は非番です。なので今日は思う存分鍛錬しようと思いまして」
だろうな。そういうと思った。だが俺は気づいているんだぞ? お前の気迫にはそれ以外の何かがあるのだと。
瀬田は同心の中でもずば抜けた剣の腕前。免許皆伝とも聞いている。そんな男が煩悩でも払うかのように鍛錬に勤しんでいるなど、誰が想像できよう。
俺は叩き落とされた時に痺れた手を冷やすため、井戸に向かった。瀬田も着いてくる。自分がやったから気にしているのだろう。代わりに井戸水を汲み上げてくれる。
「明日何か予定があるのか?」
俺の突然の問いに、瀬田は桶に水を入れる途中で少し零した。俺はにやつく顔をやめられない。黙って手ぬぐいを濡らしている瀬田を見つめながらもう一度聞いた。
「久しぶりの非番だ。何をする? 妻子のいない独り身の男がたまの休みに行くところは大体決まっている。俺も昔はそうだったからな。だがお前は違う。さて、そんな堅物男は休みに何をするのか気になってな」
手ぬぐいを受け取りながら答えを待っていると、瀬田は目を泳がせながら小さな声で言った。
「護衛です」
俺はまたもにやける顔をやめられず聞いた。
「誰のだ?」
苦虫を噛み潰したような顔で瀬田は俺に目で訴えてきた。
『言わなければならないのか』と。
俺は黙ったまま手を冷やす。すると諦めたのか、ため息をついて白状した。
「椿殿に出かけたいとせがまれて……明日が非番だと伝えました。行きたい店があるらしく……そこについて行きます」
俺は瀬田の側に顔を寄せてこっそり伝えてやった。
「それは椿殿からの誘いだ。そしてお前はそれに乗った。つまり分かるか? 逢瀬だ」
すると瀬田は口元を手で覆い隠し耳まで赤くなって言った。
「わかってます……わざわざ言うなど……中村様は人が悪い……」
「はっはっはっはっ! お前本当に初心だな! 俺の取っておきの策を伝授してやろうか?」
「結構です……」
まさかとは思ったが瀬田も椿殿もいい感じじゃないか。椿殿からとは思わなかったが……まぁ瀬田はこういうのに慣れてないからなぁ。椿殿も大変だ。
「で? どこに行くんだ?」
火照った顔を冷やすために水で顔を洗っている瀬田に聞くと「反物の店と言ってました」と返事が返ってきた。
反物か……もしや最近流行りのあの店か? 嫁も奥方様も気になっていると言っていた。
俺は瀬田の肩をがしっと掴んで小声で言った。
「近くにいい船宿がある。三戸屋という店だ。飯もうまいし、店員も口が堅い。おすすめだ」
瀬田は一瞬なんのことだか分からず固まったが、意味がわかった途端わなわなと慌てだした。
「なっ?! そ、そのような……! 何を言い出すんですか!」
「はっはっはっ! 冗談だ。悪かったよ!」
俺は笑いながら道場へと戻った。ちらっと後ろを見ると頭から水を被ってる瀬田がいた。
道場に戻ると筆頭与力の小西様がいた。鍛錬をしに来たようだ。
「小西様。お疲れ様です」
「おぉ。……ん? その手はどうした?」
赤く腫れた俺の手を見て小西様が聞いてきた。
「瀬田にやられました。一瞬の油断です。我ながら情けない。小西様にもお相手をお願い致したいのですが……いかがでしょう?」
小西様はふっと笑って頷いた。
木刀を手に取り、構えようとすると小西様が口を開いた。
「あまりからかってやるな」
俺はさっきのことを思い出してにやりと笑ってしまった。
「可愛い部下です。つい余計なことを言ってしまいます」
小西様は構えようとした木刀を下げて、側に寄ってきたと思ったら小声で言った。
「椿殿と瀬田では家柄が違いすぎる。それに……相手が悪すぎる」
「相手?」
俺が聞くと小西様は俺の腕を引っ張って道場から連れ出し、周りに人がいないのを確認して話し出した。
「椿殿の家は『松永』。聞いたことないか? 上方の方では有名だ」
俺は記憶をたどって思わず、あっ! っと言ってしまった。そして俺は今までの事を後悔した。
「松永……よりによって松永ですか……はぁ……。まずいな」
俺の反応に小西様が怪訝な顔を向けてきたから俺は全てを話すことにした。
「明日、瀬田は護衛として椿殿と出かけます。おそらく最近流行りの反物屋……近くにいい船宿があると言ってしまいました。瀬田の事だ。おそらく何もないとは思いますが……。申し訳ございません。知らなかったとはいえ余計なことを……」
小西様は苦笑いをして俺の肩に手を置いた。
「この事はお奉行と私しか知らぬこと。他言無用と言いつけられていたものだから……そう気を落とすな」
小西様はそう言ってくれるが、俺は後悔ばかりが頭をよぎる。黙って頭を抱える俺に向かって、小西様は呟いた。
「それにしても……あの二人が心配だな。何より椿殿自信が瀬田を気に入っているのが心配だ」
道場に戻ってきて与力と鍛錬をしている瀬田を、俺と小西様は不安げな顔で見つめていた。
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