第四幕
あれから椿殿が外出しない日は自分の同心としての仕事に勤しんでいる。刺客を探すことも同時にしなければならず、自ずと外回りが多くなった。
市中に出て行き番屋に顔を出すと岡っ引の八右衛門が居た。
「あ! 瀬田の旦那!」
八右衛門は俺の手足となって働いてくれるやつで昔から慕ってくれている。その手下の吾郎も俺が来るとすぐに座布団を差し出してきて茶を入れ始めた。
「なんだ八右衛門。何か頼みでもあるのか?」
こいつが妙に下手に出る時は何か言いずらい頼みがある時だ。
「さすが旦那! よくお分かりで! 実はですね……」
吾郎が茶を出したと同時に八右衛門は声を潜めて話し始めた。
「最近妙な事件があるんですよ。事件と言っても殺しじゃあないんです。突然の病で往来で倒れてそのままあの世へ行っちまうんでさ。医者の見立てでは心の臓を患ったってことで」
俺は茶をすすりながら思ったことをそのまま口にした。
「そのような事はよくあるだろ。歳には勝てん。それに日頃の不摂生というのもある。なぜそんなに気になる?」
「それが……そのおっちんじまった奴らはみんな世間じゃ厄介者と言われてた奴らなんです。暴れん坊、厄介な取り立て屋、高利貸し屋。敵の多い奴らばかりなんです。だから殺しじゃねぇかと思って探ってるんですが一向に手がかりが掴めねぇ。しかもそいつらみんな人通りのある道から少し外れた路地で発見されてるんです」
俺は湯のみを置いて腕を組んだ。
「確かに……気になるな。傷はなかったのか?」
「へい。外傷はないもんですからこっちも殺しとは思わねぇんです」
八右衛門のこういう勘は当たる。四十を超えてるがこいつは俺より十手を預かる期間が長い分、勘働きが鋭い。身分は格下と言えど俺はこいつを尊敬しているし頼っている。
「わかった。俺も調べてみよう。二人はその死んだやつらの身辺を洗ってみてくれ。どんな事でもいい。頼むぞ」
「へい! お任せを!」
八右衛門の返事を聞いて俺は番屋を出た。そして俺が所属する北町奉行所とは反対の南町奉行所へと足を運んだ。
南町奉行所の門前で待っていると、あっけらかんとした声が聞こえてきた。
「よう銀次! どうしたよこんなとこまで」
「お前……仕事してるんだろうな……? この間、真昼間に甘味屋で昼寝してるの見かけたぞ」
「お前が真面目すぎるんだよ銀次」
こいつは同門の保科平助。俺と同じ道場で学び、免許皆伝の俺とは違い、道場に来たり来なかったりで先生に何度も叱られている。真面目に道場に通えば免許皆伝の腕前だというのに……もったいない。こいつも同じく奉行所の同心だ。別の奉行所だが。
「で? なんの用だよ」
俺は先程の八右衛門の話をした。
「何か掴んでないか? 手柄をとるつもりはない。気になっただけだ。保科が追ってるなら俺は手を引く」
そう言うと保科は、うーん、と悩みながら愚痴を零した。
「実はな……俺も気になって上に相談したんだが取り合って貰えなかった。南町奉行所は今別件で忙しくてな。ほら、辻斬り騒動があっただろ? 目星はつけてるんだが見張りの目をかいくぐって逃げたんだ。それでもうてんやわんやさ!」
ひと月前、夜分の辻斬りで三人が殺された。南町奉行所の管轄だったから俺たちは手を出さなかったが目星はつけていると聞いていた。まさか取り逃していたとはな。
「そうか。それなら仕方ない。その辻斬りはどうなったんだ? 見つかったのか?」
「まだだ。上方に逃げたんじゃないかって手配してるところだ」
上方……東海道を逃げているとなると捕まえるのは至難の業だ。大変そうだな。
俺が黙っていると保科は顔を覗き込んでにやりと笑った。
「銀次。お前……女ができたのか?」
俺は質問の意図がわからず眉間に皺を寄せて保科を睨みつけた。
「いやな。この間えらく可愛らしい娘と歩いてたのを見かけたんだよ。神田明神の方に行ったと思ったが…………どうなんだ? ん?」
肘で小突いてくるのはこいつの癖だ。こうなった保科はめんどくさい。
「保科。あれは仕事だ。詳しくは言えんが護衛をしていただけだ。勘違いするな」
ため息混じりに答えると保科は見るからに肩を落とした。
「なんだ……ついにお前にも女っ気が出てきたと思ったのになぁ……。じゃあ今度岡場所行こう! たまには女と遊べ! な!」
「断る」
俺はきっぱりと断って背を向けた。
「あ! おい!」
それを必死に止めようと肩を掴んできた保科を適当にあしらって言った。
「俺は仕事で忙しい。保科も真面目に働け。ではな」
そのまま歩き出すと後ろの方で保科がぐちぐち言っているのが聞こえたが、俺は無視して歩き続けた。
北町奉行所に遠回りをしながら帰る道すがら、俺は例の事件について考えていた。
往来のど真ん中、路地とはいえ人目に付くはず。そんな場所で外傷もなく始末できるだろうか。あるいは毒か何かを飲んだか……。死んだ奴らの共通する場所が見つかれば調べようもあるが、おそらく保科も八右衛門もそれは調べているはず。
船宿の並ぶ水路脇を歩いていると、上にかかる橋の上に見覚えのある姿が見えた。袴に笠を被った浪人のような姿だが、髪を高い位置でひとつに結んでいる。若侍かと思うが、下から見上げているから顔が半分見える。
「椿殿?!」
俺はまさかと思ったがあの顔を見間違うことはない。
なぜあんな格好を? なぜ一人で出歩いている? 誰かついているのか?
周りを見渡したがそれらしき者は見つからない。慌てて橋の上に向かおうとするが、ここからでは遠回りで時間がかかる。
だがこのまま見逃すことはできない。
急いで橋の上に来たがもう姿はない。向かったであろう方向に足を運んで周りを注意深く探す。
やはり見間違いだったのだろうか……。
「きゃあぁぁぁ!!」
諦めかけていた時、女の悲鳴が聞こえた。
急いで悲鳴の発生源へ向かうと、人だかりができている場所を見つけ、かき分けてその中心へと潜り込んだ。そして目に入ってきたのは驚くべき光景だった。大柄で見るからに柄の悪そうな男が苦しみもがきながら地面を転がっている。
俺はすぐにそいつに駆け寄って状態を確認しようとしたが、その男は泡を吹いて息絶えた。周りの者に聞くと、この男はこの辺りのヤクザものだった。さっきまで元気そうに肩で風を切って歩いていたが、路地に入って暫くすると苦しみながら大通りに出てきたらしい。
聴取をしながら男の手持ちを確認していると近くの番屋から人が来た。好都合なことに八右衛門だった。
「旦那! ま、まさか……」
俺は頷き八右衛門を側に来させて小声で話した。
「俺が来た時はもう息絶える寸前だった。あそこの路地から出てきたらしい。そこにいる薬売りが見ていた。聴取しといてくれ。俺は路地を見てくる」
そう言うと俺はこの場を八右衛門に任せて路地に向かった。
路地は一本道。家屋と家屋の隙間で、あの大柄な男が通ればすれ違うことも難しいだろう。
屋根の軒下や地面を探っていると、一瞬光るものが目の端に過ぎった。俺は近づいてその光を発するものを手ぬぐいで拾った。それは小さな針だった。しかも手縫い用の針よりもっと小さい。こんな小さな針は初めて見た。針先が少し変色しているように見える。
俺はこれに触れず手ぬぐいに包んで懐にしまった。毒かもしれないと思ったからだ。
路地の向こう側に出ると、ここも大通り。犯人が逃げたとしてもこの人の多さでは紛れて分からないだろう。そしてふと先程の椿殿に似た若侍を思い出した。
「まさか……な……」
俺は独りごちて、路地に戻り、八右衛門達の所へ向かった。
やっと事件を書けました。
ここからはミステリー要素が増えてきます。
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