第二幕
それから暫く、奉行所内で仕事をしていると彼女を見かける事があった。奉行所内の役宅でお奉行やその奥方様と共に過ごしているのだから見かけるのは当たり前だ。だが彼女は役宅に引きこもらず、奉行所内で与力や同心に茶を入れたり、掃除もしていた。お奉行の奥方様と花を生けているのか笑い声が聞こえることもあった。
俺は奉行所での当直がない限り外回りに出ていた。市中を見回り、何か異変がないかを確認するのだ。自分を慕ってくれる岡っ引達、と言っても彼らは俺たち同心の代わりに市中の細やかな部分に目を光らせてくれるありがたい存在だ。そんな奴らと話をして情報を集める。
日も暮れる頃、業務報告のために奉行所へ戻ると、同心仲間の大木が着流し姿で帰ってきた。
「お! 瀬田殿! 見回りご苦労。最近はよく外回りに行っていますな」
「あぁ。外で得られるものは多いからな」
そう答えると大木はにやにやとしながら自慢話をしてきた。
「私はね。今日の昼間、例の護衛役を務めましたよ! 着流しを着て隣を歩くだけなんですが、これがまた気分がいいなんてもんじゃないんですよ。行くとこ行くとこ皆が彼女を見る。隣を歩く私を羨ましそうな顔してみてくるのですよ! いやぁ、今日はいい日だった!」
なるほど。それで珍しくやる気に満ちているのか。
この男はさぼることを第一に考えているようなやつだ。仕事が終わればすぐに岡場所へと向かう。浮いた話がぼろぼろと出てくるのだ。
「そうか」
俺の返事に不満だったのか、大木はむっとして言った。
「ちょっと瀬田殿?! もっと他に言うことあるでしょう! 羨ましいとか!」
俺は面倒になってきて大木を放置して奉行所内へと足を向けた。後ろで何やら騒いでいる声がするが無視だ。
中村様が不在だったので与力部屋へ向かう。報告は与力か中村様にすればいい。向かっていると与力部屋から声が聞こえてきた。
「では小西様はお酒がお好きなのですね。でしたら京に足を運ばれたら先程お話しした店に行くとよろしいですよ。珍しい物もありますし、試飲もできますので」
「ほぉ。それは魅力的な話だ。是非機会があれば伺おう」
椿殿と小西様が話しているようだ。俺は足を止めて中に入るのを躊躇した。
報告をせねば帰れない。だが椿殿に会うのは気が引ける。というのも、椿殿が役宅に来てからどうも落ち着かない。椿殿に会いたくないのだ。
どうしたものかと悩んでいると後ろから声をかけられた。
「瀬田。どうした?」
振り向くとそこにはお奉行がいた。
「お奉行。道を妨げてしまい申し訳ございません」
「いや、よいよい。それで?こんな所で突っ立って何をしておる?」
俺はどう答えようか悩んでしまった。お奉行は不思議そうな顔のまま返事を待っている。
「その……。本日の報告をしに来たのですが……会談中のようで……」
素直にそう言うとお奉行は与力部屋から聞こえる二つの声に気づいて頬を緩ませた。
「瀬田。実はお前の腕を見込んで頼みがあるのだ」
お奉行の突然の言葉に俺は首を傾げてしまった。
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