第十幕
お奉行の部屋で俺と椿殿は、刺客の捕物について話している。
「こうも見事に刺客を捕らえることができるとはな。椿殿、無事で何よりだ」
「銀次様がいてくださったおかげです」
椿殿の言葉に一瞬口元を緩めたお奉行は、俺を見て言った。
「瀬田。よくやった。椿殿がこれほど褒めるのは珍しい。俺もこれほど人に褒められたことはないぞ」
「いえ。椿殿の肝が据わっておられたのです。自ら囮になるなどそう簡単なことではありません。それに……いつもお奉行の手際を近くで拝見させていただいているからこそ、某もすぐに動けたのです。お奉行と椿殿あっての結果です」
するとお奉行も椿殿も声を揃えて笑った。
「またこいつは自分の手柄を自慢しない。真面目すぎるのがこやつの欠点よ。なぁ椿殿?」
「ふふっ! だからこそ命を預けることのできる方なのです。私は銀次様に護衛をお願いして良かったと思っています」
お奉行と椿殿にどう反応するべきなのか困ってしまった。
そんな時に限って助けてくれるのが筆頭与力というもの。先程の刺客の尋問報告をしに来たのだ。
「失礼します。お奉行、刺客四人の尋問を始めておりますが一向に口を割りません。所属も誰に指示されたのかも分かりません。いかが致しましょう」
すると椿殿が口を開いた。
「おそらく口を割ることはないでしょう。そういう訓練を受けています」
いつもとは違った冷たい口調だ。まるでよく知っているかのように。
「そうか……。小西。その四人を揃って吟味部屋に集めろ。俺が直接話をしよう。瀬田。お前は来るな。刺客が恐れおののいて萎縮してしまう。椿殿は小西と共に控えていてくれ。呼んだら顔を奴らに見せてやって欲しい。反応がみたい」
「お奉行自らですか?」
小西様が不安そうに聞いたが、お奉行は笑って頷いた。
俺は、椿殿とお奉行と小西様が共に吟味部屋の方に向かうのを見送ってから、そのまま同心部屋へと向かった。
同心部屋に行くと、珍しくせっせと筆を動かしている大木がいた。
「あ! 瀬田殿! ついに刺客を捕らえたとか! 大手柄ですね!」
俺に気づいて嬉しそうに声をかけてきた大木に俺は素っ気なく答えながら自席に向かう。
「椿殿のおかげだ。某一人では成せなかった」
「またまた。謙遜しなくてもいいじゃないですか!」
肘で突ついてくるのを鬱陶しいと思いながらも俺は無視して適当にあしらう。
「それよりいいのか? 業務が滞っているぞ。その山積みのを片さなければならないのでは?」
大木は、はっとして急いで席に戻った。そしてせわしく筆を動かしている。
大方遊んでいて積もりに積もった業務を見兼ねて、中村様にでもこっぴどく叱られたのだろう。終わるまで寝ることも許さぬ、とかなんとか言われて。
俺は自分の机上に置かれた文が目に入り、座って文を広げた。
例の小針の毒の鑑定結果だ。
『強い作用の薬品である。使い方によっては毒にもなる。ただこれは入手困難な物であり、手に入れられるのは大名くらいであろう』
俺は結果を見てますます謎が深まった。
大名程の権力者でなければ手に入れることは困難。それをわざわざ市民に使う意図が分からない。確実に始末したいのなら他の方法もあるはず。それこそ辻斬りにでも斬らせればいい。それでは殺人と思われるからそれを警戒して……? だがなぜ病死と判定させるような殺し方をする? やはりこの事件は殺人ではないのだろうか……。
俺は考えを巡らせた。
突然の病死。しかも往来で人目に付く場所。死んだのは世間の厄介者ばかり。そして……あの時見かけた椿殿によく似た若侍。
思案に耽っていると廊下を歩く足音が聞こえて、そのまま同心部屋の前で止まった。気になって見てみるとそこには顔面蒼白の小西様が立っていた。
「小西様……?」
声をかけると小西様はゆっくりと口を開いた。
「刺客が……椿殿の顔を見るなり舌を噛み切った……」
俺は小西様に続いて吟味部屋へと急いだ。そして中に入るとそこは散々たる有り様であった。
刺客のうち二人は口から真っ赤な血を吹き出して息絶えている。もう二人は何人かで押さえつけて手当をしているようだ。だがあの血の量では危ういだろう。
小西様がお奉行に耳打ちすると、二人は、入口で茫然と立っている俺のところに来て話し出した。
「お奉行の問いかけに口を開き始めたのだ。だが何も吐かなかった。悪態をつくだけでな」
小西様はまだ青白い顔をしている。
お奉行が小西様に続くように口を開いた。
「だが一人だけ下を向いて黙り込んでる者がいてな。そやつから攻めていこうと椿殿を呼んだのだ。すると顔を見るなり、わなわなと震えだして、その一人が突然舌を噛み切りおった。申し訳ございません、と言ってな……。それからはあっという間に全員同じように自害した」
「椿殿の顔を見ただけで……ですか?」
俺の問いに小西様が頷いた。
顔を見ただけで自害などするのか? あれだけ椿殿の後を付けていたのに。手を出してこなかったのと同じ理由か? だがそれでは筋が通らない。なぜ急に手を出してきた? 俺ではなく、大木だったから狙いやすかった? この刺客は本当に椿殿を狙っていたのか?
俺は二人の話を聞いて周りを見渡した。そして二人に疑問を投げかけた。
「椿殿は?」
お奉行は言いにくそうに下を向いた後、顔を顰めながら答えた。
「突然のことに驚いたのだろう。顔を背けうずくまり震えていたのですぐに自室へとお連れした。可哀想なことをした。さぞ怖かっただろうに。俺の失態だ」
俺は何故か、椿殿のいつもの笑顔が頭を過った。
佳境に向かって突っ走ります。
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