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8話 懐かしき友


 人化魔法を使えるようになった俺は、人間の姿でいる時間が長くなった。


「んんーいい朝だ」


 城壁から【朝守(あさも)りの騎士】たちと眺める朝焼けは、圧巻の一言だ。

 やはり城の状態で見ていた時よりも、人間での肉体の方が何もかもが雄大に感じる。傍で朝焼けを見つめる【朝守りの騎士】だって、2メートルを超えるので、元下級兵の俺からすると随分と迫力のある体格だ。

 

 しかも全身鎧(フルプレート)かつ、頭をすっぽりと覆う兜を着けているので、表情すら読めないから怖いと感じる人もいるだろう。


「……美しき朝日……」

「……爽快……」


 だが、彼らはその厳めしい風貌とは裏腹に気さくだ。

 だから俺は朗らかに笑い、伸びをする。


「気持ちいいな」


「……一日が……」

「……始まります……」


 誰かと一緒に笑顔で朝日を迎える。

 うん、とっても気分がいい。


「「主様……朝の儀を……」」


 彼らは俺にことわりを入れてから、腰に下げた立派な剣を抜き放つ。

 そして剣を天高く掲げた。


 東より上るは我らの希望。

 東より上るは命を照らす恵み。

 我らは陽を司り、陽を守りし者。

 我らは陽を司り、陽になりし者。


 彼らがそう唱和すると、その手に握った剣が眩い輝きを放ち始める。

 そして太陽と共鳴するかのように小さな球体がいくつも発生した。


「……誰かの、陽となれよう……」

「……闇に塞ぎこむ者いれば……陽をかざし、分けようぞ……」


【朝守りの騎士】はその剣にそれぞれ小さな太陽を宿す儀式を終える。

 朝日が届かない天気の日は、自らの剣で朝の訪れを知らせる役目を担い、朝を守る。時計がない地域には便利な存在かもしれない。

 そして、今日みたいに朝の訪れがわかりやすい日は、その剣に陽の光を蓄積させては他の者に朝を告げる機会を待つようだ。


 控えめに言って、その在り方はかっこいい騎士たちだった。


「俺も誰かに朝を分け与えられるような存在になりたいな」


「……主様は……」

「……我々を、生み出してくださった……」


【朝守りの騎士】たちは、ふと自身の後ろに控える女性たちを見る。

 口元を黒いベールで隠された【純潔の看護兵】たちだ。彼女たちは一言も言葉を発することはできないけれど、俺に対して深く腰を折った。


 彼女たちはいつも、【朝守りの騎士】に寄り添うように静かに控えている。

 きっと【朝守りの騎士】同様に何らかの形で彼女らに触れれば、彼女たちの詳しい伝承を感じれるのだろうが……無闇に触れていい問題ではないだろう。


「主様に……不安で眠れぬ夜が訪れた時……」

「……我々が朝日を灯す、番ですな……」


 なんだか【朝守りの騎士】たちに励まされているようで照れくさい。

 俺はそんな優しい騎士たちや看護兵に手を振り、城の中庭へと戻った。

 そして最近ハマっている日課を始める。


「ふぅ……小屋も少しずつ完成してきたな……」


 この十日間、人間の状態で小屋を建築していた。

 木を切り、組むのはかなり大変な作業で、特に倒壊しない構造にするには試行錯誤を何度も重ねた。そして今、ようやく骨組みが完成したところだ。

 なぜ小屋を建てているのか、それは人化状態で何かを作る作業空間を確保しておきたかったからだ。


 もちろん城内にはいくつも立派な部屋があるので、そのうちの一つを作業部屋にすれば良いだけの話だが……なんだか外に近い場所で作業している方が、鳥や動物たち、空や風を近くに感じられて心地良いと思ったのだ。


 そして何より、ガチャや魔法で簡単に作るよりも、一つ一つを手作業で丁寧に作り込んでいる時は……戦争のことを少しだけ忘れられた。


「色にもこだわりたいな……シックな黒に塗るか、それともアンティークなホワイトにするか……染料はラピュタルが言うように植物の実をすりつぶして作るか、もしくはどこかの都市と交易でも始められたら色々な物資が手に入りそうだな……」


 最近は天空の城以外の世界にも目を向けるようになれていた。

 王国が滅び、その現状を知りたくなくて無意識に避けていたけれど……先日、周囲を偵察させた【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】から、感覚的な報告をもらって興味が湧き始めている。


「しかし俺たちが今いる位置が、まさか帝国領の遥か上空とはな……」


 地上の人々から見ると、俺たちがいる場所は高度すぎて米粒ほどにもならないらしい。

 今のところはこちらの存在はバレていない。


「必然的に交流しやすいのは帝国になるわけか」


 憎き帝国と交流を深めるのは気が進まない。

 だが、俺が人間の姿で天空城の生活を快適に過ごすには、細かい物資が色々と不足している。

 いくら金銀財宝が山のようにあっても、生活必需品がなければ過ごしづらいのだ。


「取引きに使う品はやっぱりアレでいいか。帝国は血系統の品々に目がないしな」


 俺は宝物殿に納めてある武具たちを思い浮かべ、休憩を挟む。

 まあ疲れ知らずなので休憩は必要ないけど気分転換のようなものだ。


「さてさて、材料になりそうな死体(・・)を探しますか」

 

 俺は緑が生い茂るエリアへと移動する。

 城状態であれば、わざわざ城内や浮遊大地を散策しなくとも死体を回収できるけど、人間の足で探し見つけるのが楽しかった。


 しばらくすると大鹿の食い荒らされた死骸を見つけたので、俺はそいつをよく観察した。


「死後……三日ってところか。腐食があまり進んでないのはありがたい。だけど骨ばっかりだなあ。血肉は足りるか?」


 俺は丁寧に大鹿の死体をくるんで小屋へと持ち帰る。

 それから簡易的な木台に置き、改めて魔法を発動する。


「【血戦(けっせん)の武具職人】————【血抜き】」


 夕染めの魔王の物語から手に入れた魔法で、鹿の死骸から綺麗に血液を吸い取っては空中で濁った紅玉を浮遊させた。


「——【骨抜き】」


 さらに骨も綺麗に肉から抜き取られ、中空にバラバラと浮かび上がる。


「——【骨組み】」


 それぞれの骨を、剣の形に似せるように重ね合わせていく。

 そしてそこに濁った血の紅玉をゆっくりと馴染ませて付着させる。


「——【血重ね】」


 骨と血液はみるみる間に鈍い光を帯びた剣へと変化していった。

 (つば)の形が牡鹿の角のように立派な枝分かれをしており、装飾剣としてもなかなかに映える剣となる。


『説、【物言わぬ(バラシオン)鹿王の剣(ソード)】が生成されました』

『鹿王の骸から鍛え抜かれた剣。刀身よりも伸縮する鍔の鋭さが特徴的。初見で見抜けなかった者は、剣を打ち合わせた瞬間に鍔の角の餌食となります』

『レア度:【冠位(ネームド)】』


 ふむふむ、なかなかの出来栄えかな?

 俺は新たに作った帝国への交渉材料品に納得して、宝物殿へと送る。

 残った肉は後で焼いて食べようと思う。


血戦(けっせん)の武具職人】は死体や血から武具を作る魔法だ。

 これがなかなかに奥深くて楽しい。


 まず死体の状態や鮮度が大きく武具の品質に左右する。そしてその死に方によっては特殊効果が生まれたりもする。

 今回は鹿王の特性しか受け継がなかったものの、例えば【影の王冠(シャドーリッチ)】に肉を吸われた者は、影属性の効果が付与されやすかったりする。


 また、生き血でも武器は鍛え打つことはできる。

 その場合、死体の血よりも鮮度が良くて強力な効果を持った武器ができやすい。しかし、耐久性が異常に低いといったデメリットがある。

 元々、【血戦魔法】は血を媒介にして一時的に武器を生成する魔法らしいので、永久に武器としての形を保つのが難しいようだ。


 その点、死体に滴っていた血はなぜか耐久力が凄まじい。

 もはや普通の武器と遜色ないレベルで、一振りの武器や防具が生成できる。


「色々と試し甲斐があっていいな。いや、待てよ? 帝国に強力な武具なんて送ったら、また戦争を始めるんじゃないか……?」


 深く考えずにここまで【血戦の武具職人】を楽しんでいたけど、取引きする相手は選ばないといけない品かもしれない。

 王国を蹂躙し、狩り尽くした帝国を思えば武器を渡すなどもってのほかだ。


「俺の作った物が誰かをいたぶる凶器になりえるか……というか最近、肉が残った死体が多い気がするぞ。俺としては助かるけど狩られた者を思うと複雑だ……」


 死体を弄び、武器に変えてる俺が言えた義理ではないが、天空城では無駄な殺生はあまりしてほしくない。


『説、縄張りの誇示に死体が使われることもあるようです』

『食べきれなかった分はいつでも食べれるようにと残し、ここが誰の領域であるのか示す生物もいます』


 なるほど、無駄ではないわけか。


「となると、よく暴れている奴らかもしれないな」


 俺は前から気になっていた場所へと赴いた。

 それは日頃から【月を喰らう大熊(ウルク・ベアー)】と【月を狩る古狼(ダイア・ウルフ)】が縄張り争いをしている庭園だ。

 獰猛な存在だから少し警戒してみるも、どうやら今日は争っていなかった。

 それどころか、俺はすごい存在に出会ってしまった。


「くるるる」

「がうがう」


 なんとそこには可愛らしくて小さなモフモフが2匹もいた。

 一匹は子犬のようで、毛並みは艶やかな白だ。

 そしてもう一匹は子パンダみたいで、白黒のもさもさっ毛をしている。

 二匹は遊び相手へジャレつくように互いに飛びかかっている。


「おいおい、かわいいな」


 なんとも微笑ましい光景につい言葉が漏れてしまった。

 途端に二匹は俺を見つめる。

 そして警戒したのか毛を逆なで、それからすぐに首をかしげてきた。

 動きの一つ一つが可愛すぎて癖になりそうだ。


「くぅん?」

「かううう?」


 それから二匹はなぜか俺の方へ恐る恐る近づいてきて、頭や鼻を優しくこすりつけてくるではないか。

 か、かわいいがすぎるぞ!?

 とういうかどうして何もしてないのに警戒心が解けて、ちょっと懐いてる素振りをしてるんだ!?


『説、この天空の地で生をうけた生物はみな【見守る者(タリスマン)】の在り方を本能的に理解します』


 んん、そういうものなのか。

 じゃあ存分に俺が愛でても問題ないんだな!?

 人間の臭いがついて、親たちがこの子たちを敬遠するとかないんだな!?


『特にありません』


 やったあああああ!

 今日の予定は決まったぞ!


 このワンコロとパンコロと一緒に遊び倒す!

 それから数時間は二匹と城内を駆け回ったりしまくった。

 もちろんステータス差があるだろうから加減しようとしたけど、素早さに関しては二匹もなかなかにすごかったので、たまに本気を出す時もあった。

 というか俺って素早さだけは異様に低いから、もはや手加減する必要はなかったかもしれない。


「天気のいいに日に思いっきり身体を動かすって最高だな!」


 そんなこんなで二匹と夢中になって遊んでいると、茂みの影から気配を感じたのでそちらに意識を向ける。

 するとそこにはいつも熾烈な争いを繰り広げる、【月を喰らう大熊(ウルク・ベアー)】と【月狩りの古狼(ダイア・ウルフ)】がビクビクした様子で俺たちを遠巻きに眺めていた。


「ん……? なぜそんなに縮こまっているんだ? というか、二頭ともいつもと違って仲良く大人しいじゃないか」


『説、『恐れ多い』、『困惑』といった感情を検知しました。おそらく自らの娘らが【見守る者(タリスマン)】と戯れているのが原因かと』


「この子たちってお前たちの子供だったのか」


 んんん……なんだかそこまでビクビクされるのはちょっと不本意だな。

 でもこれはお腹がくすぐったくなる原因を解消するいい機会かもしれない。


 この天空の地では食べ物となる動物も豊富だし、そこまで躍起になって争う必要はないわけだ。

 だから、ご両親が俺なんかを尊重してくれてるうちに一つ進言してみよう。


「ほら、この子たちはこんなに仲がいいんだからさ。お前たちもなるべくケンカはしないようにな」


 親たちに向けてそう言い放つと、なんとなくこちらの気持ちが伝わったようで両者は互いに向き合っていた。

 それからおずおずと近づいてきては、互いの子供たちに鼻をこすりつける。

 そして子供を引っ張ったり、くわえたりするが子供たちはいやいやをしている。

 どうやら親たちはこの場を後にしようとするが、子供たちはまだまだ俺と遊び足りない様子だ。

 

 とはいえ、親たちを困らせたくもないので、俺は小狼と小熊に一時の別れの挨拶を送る。


「また遊びたくなったらいつでもこい!」


「うぉん!」

「がーう!」


 どうやら納得してくれたようで、二匹は親たちと連れ立って行った。

 そんな折、足元に咲いた花弁から顔を出した小さな精霊たちに声をかけられる。


『主様』

『主様』

『世界樹の若君』

『行ってあげて』


 花のドレスを纏った美しき小人たちは次々と花々の影から姿を現す。

 そんな【花精霊(ドライアド)】たちは妙な囁きを交わしていくではないか。


『世界は枝』

『無限に分かれる』

『世界に張り巡らされた根』


『幹』

『葉脈』

『通ってきた』

『葉に乗ってきた』


『来訪者』

『……眠り姫?』

『もう一つの』

『世界樹の庇護者?』


 とにかく【花精霊(ドライアド)】の囁きを聞きながら、【世界樹の若木】が植わってある場所に急ぐ。

 世界樹の若木は、庭園の中でも最深部にあたる場所ですくすくと成長していて、一部の城壁や天井など突き破っている状態だ。

 この辺も早く綺麗に補修したいところだが、これはこれで味があると思う。

 緑と廃墟な城の融合はなかなかに神秘的なのだ。


 そんな世界樹の若木の根本をよく見ると、これまた神秘的な存在が鎮座していた。



「ん……銀髪の少女?」


 その少女はなぜか静かに瞳を閉じたまま、世界樹の若木に寄りかかるように寝入っていた。

 よくよく近づいて観察してみると、まだあどけなさが色濃く残っていて、年齢は12歳から13歳といったところだ。

 そして絹のようにサラサラと流れる銀髪は神話の登場人物のように美しく、その驚くほど整った顔立ちはまさに『眠り姫』といった言葉がしっくりくる。


 しかも彼女の耳は特徴的で、人族に比べて長く洗練されている。

 つまりはエルフで————


「んん……このエルフの子、リーフィアに似てないか?」


 数十年前、故郷でよくしてくれた幼馴染の面影がある。

【世界樹の双葉(ふたば)】の守護役に選ばれた彼女は、当時からほんのわずかしか成長してない風貌だが……それも納得だ。

 なぜなら彼女はハイエルフであり、守護役の特性的に加齢スピードが異様に遅い。


「もしかしなくてもリーフィアか?」


「んん……」


 俺の声に反応して、『眠り姫』は寝ぼけ眼で俺を見つめる。


「ふあああ……ん、レジス、くん?」


 小首をかしげた彼女は、俺を懐かしい愛称で呼んでくれた。




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