7話 兵士の娘
あたしはミユユ・ソルジャス。
『ソルジャス孤児院』きっての武闘派で、いっつもマギーやマニー、そしてオルカスなんかに『脳筋』ってからかわれる。
もうあたしだって17歳だし、いっつも剣のことばっかりじゃないのに。
なーんてあたしが言っても、孤児院出身の仲間たちは小難しい話ばっかりしてくるから言葉じゃ勝てないんだよね。
みんなも今じゃ魔術師ギルドの幹部や商業ギルドの管理職やら、傭兵団長とか、色んな要職に就いてるから、日に日に頭が良くなってるんだよね。
あたしだって頭は使えないけど、剣は使えるから、だから成長してるもんね。
ただ、この成長を一番見せたかった人はもういない。
「……父さんが亡くなって、もう11年が経つんだね」
帝国との戦争で親を失ったあたしたちを救ってくれたのは父さんだった。
あたしの実父は、父さんの親友でローハンって上級兵だったらしい。17年前、帝国との開戦で命を落として、あたしを身籠った母さんの元に帰れなかった。それから母さんは私を生んで……心を病んで亡くなったらしい。
全部、あたしが小さい頃でほとんど覚えていない。
それでいい。
だって、あたしにとっては孤児院って居場所を作ってくれた父さんが全てだったから。
ぼんやりと覚えているのは……父さんは幼いあたしを背負って、駆けずり回って……かたっぱしから友人の伝手を借りて、知人に頭を下げて、朽ちた教会跡で寄付金を募って、自分のお給料を全部費やして、孤児院を設立してくれた。
そして厳しいけど優しいシスタークレアにあたしたちを預けていた。
だからあたし達にとって、シスタークレアはお母さんみたいな人なんだ。
父さんにはたまにしか会えなかったけど、あたしたちは父さんが大好きだった。
だって、ずっと……父さんはあたしたちを必死に守ろうとしてくれたから。
父さんもまた、帝国と戦い抜く勇敢な兵士だった。
剣だこができてゴツゴツした手で頭をなでられるのが大好きだった。
遊びで木剣を振るったとき、褒められたのが嬉しくて……だから今も剣を振っているなんて言ったら、笑われてしまうかもしれない。
でも、それは……何ものにも代えられないあたしの原点だから。
マギーだって魔法を褒められて鼻を高くしてたし、マニーだって計算力を褒められて自慢してきたし、オルカスだって喧嘩の腕を褒められて誇らしそうだった。
子供だったあたしたちはみんな……父さんの背中を見て、それぞれの道を歩んでいる。
王国が滅んで、難民戦争が続いて、グランドタイタス聖王国を建国して、立場がそれぞれ変わっても。
あたしたちの根っこは変わらない。
父さんの教えに基づいて、自分にできることを全力でやっているだけだから。
「戦乙女様」
「戦乙女様。巡回、感謝いたします」
17歳の小娘に、最敬礼をしてくれる聖騎士たちを見て、深く頷いておく。
王国最高武力の称号、『戦乙女』なんて言われているけど、あたしだってみんなと同じ。
たまたま父さんに拾われた命で、たまたま剣の腕が立って、たまたま生き残れて、たまたま【巨神タイタス】様が私の声に耳を傾けてくれて。
「あら。ミユユ、お勤めご苦労さまです」
たまたま友達に恵まれてさ。
「ルミナスリリー・ハーデンベルギア・オルトリンデ聖王女陛下」
あたしがルミに臣下の礼を取れば、彼女は不満気に眉を歪めた。
「ミユユ。護衛の聖騎士お二人は私たちの関係を知っています。ですから、そのような態度は取らないでほしいのです」
一国の王女様がぷんぷん顔で、あたしにもっと仲良くしてほしいなんてスネてくるんだから、ルミはとっても可愛い友達だ。
もちろん可愛いのは性格だけじゃなくって、太陽みたいに輝く金髪は女性のあたしですら見惚れるし、長い放浪生活だったのに肌はくすんだシミ一つなく真っ白だし、蒼い瞳なんか吸い込まれそうなぐらい綺麗だし。
む、胸なんかも生意気にあたしよりボリューミィだしい!?
なーんてあたしの内心はちょこっと隠して、余裕のお姉さんを演じてやるんだ。
「ルミがそんな風に甘えてくるなら仕方ないなあ。二つ上のお姉さんとして叶えるしかないかなあ」
「もうっ……ミユユはそうやっていつもからかってきます」
ルミはあの地獄の流浪の日々を、一緒に乗り越えた友達だ。
最初はみんな『帝国に蹂躙されたのは王族が不甲斐ないからだ』とか、糾弾される立場にあって……あたしだって父さんを失った悲しみから、ルミのことを快く思っていなかった。
ルミたちがもっとしっかりしてれば父さんが死なずに済んだのに、何度も何度も帝国軍の追手が攻めてきて、どんどん仲間が奴隷として狩られる……こんなに辛い生活を強いられることもなかったのにって。
全部を誰かの責任にしたくなるほど、あたしたちは心も体も疲弊してたんだと思う。そんな弱くて醜い自分に気付かせてくれたのがルミだった。
彼女はいつも笑顔で、傷ついた人々を癒そうと必死だった。
王女様だってのに、怪我をしたあたしたちに白魔法を行使して癒してくれたり……前線にまで出て、兵士たちの看護を始めちゃったり。
気付けばみんなの希望になって、支えになっていた。
あたしはそんなルミに、今までのそっけない態度を謝ろうって思って……ある日、星がよく見える夜にこっそりルミの天幕まで行った。
そしたらルミはなぜか護衛もつけずにポツンと天幕から出ていて。あたしはちょうどいいなって声をかけようとして、そして開いた口を閉じた。
「ぐすっ……うぅ……お父様、お母様……うぅっ……どうして、どうして……」
そこにいたのは、みんなを支え続ける『聖女』様じゃなかった。
いつも優しく気丈な笑みで兵士たちを癒す彼女は、ただただ背中を丸めて静かに涙をこぼしていた。
亡くなった両親を想って、寂しくて、辛くて、小さな背中で全てを背負う……ただの10歳の女の子だった。
もうね、そんなの見たらね。
如何に自分がバカだったか気付けたよ。
オルトリンデ聖王国の王族は……ルミを除いて帝国兵に根絶やしにされていた。
ルミは親戚や親兄弟、全てを殺されていた。
それでも彼女なりに精一杯、今日まで民の前では『希望』となれるよう振る舞っていたんだ。
王女様が悲しんで、絶望に塗れて、暗い未来を思って迷う姿なんて……誰にも見せられないんだ。
だから、この子はずっと一人で泣いていたんだ。
自分を殴り殺したくなったよね。
だから、だからさ。立場なんてのはあたしの頭からすっぽ抜けてて。
あたしにあるのは、できるのは、父さんからもらった『あったかくて、安心できるぎゅう』だって。
気付いたら、あたしも泣きながら小さな聖女様を抱きしめちゃってて。
「ごめん、ごめんね……あたし、ごめんなさいっ!」
「えっ……あ……あなたは……私だって……力不足で、ごめんなさい……」
「そんなごとないからッ!」
あたしは必死になって自分の右腕を見せた。
「これ! 聖女様が傷を癒してくれなかったら、あたし今頃! 剣を満足に持ててない! 聖女様のおかげだから!」
「ありがとう……私も、ソルジャスさんがいたから……私と同じぐらいの歳で、戦いに参加してる女の子がいるって聞いて、だから、私にだって聖女ができるって頑張れてました……!」
「じゃ、じゃあ……おあいこ?」
「ふふ、おそろい、ですね?」
それからあたしたちは抱きしめ合って、夜空に浮かぶ星々をしばらく眺めた。
長くて暗い戦いの中で、星みたいにキラキラ輝く何かを見つけたくて。
それからあたしはどんなに苦しい戦いでも、ルミも頑張ってると思えば自然と踏ん張れた。
ルミを守りたいって強く願うようになって、ルミと言葉を重ねて、ルミを通してみんなを守りたくなって。
きっと父さんもこんな気持ちだったのかもと思えば、自分が誇らしかった。
「ミユユ? 聞いてますか?」
「あ、うん、聞いてるよルミ。それで、なんだったっけ?」
「もうっ。ミユユが先に言い出したんじゃないですか。私の結婚のお相手についてです」
「あっ、ええーっと【商船国家ブルフェス】の第三皇子様からの求婚だっけ」
「そうですよ。もうお返事の期限が差し迫っています。どうしたらいいでしょうか?」
「うーん……商船国家なんて聞こえはいいけど、海賊みたいなものでしょ? それにルミの地位と美貌目当てなのが丸わかりだしねえ。あとは『巨神タイタス』様の武力?」
「ですが私が婚姻すれば、【グランドタイタス聖王国】は海域での商業ルートが大幅に拡大できます。民の生活を思えば、お金稼ぎは重要ですよね?」
「それもどこまで王国民に還元してくれるかだよねえ。海賊上がりの交渉はがめついって聞くし、なんなら拳で決めるらしいよ?」
「暴力で……」
「そんな国の皇子じゃルミも不安でしょ? そもそも、ルミは【商船国家ブルフェス】の皇子様を気に入ってるの?」
「えっ……いえ。お会いしたこともないです」
「はあ……」
さすがは王族。
お国のためなら滅私奉公ですか。
でもね、ルミ。
あたしはルミの友達で、またあの日の夜みたいにルミが一人で耐え悲しむ姿なんて見たくないから。
「じゃあ却下で。ルミがいいなって思う人と結婚しなよ」
「えっ……」
「それぐらいのワガママは許されるよ。あたしたち、ここまでずっと頑張ってきたんだもん」
「でもミユユ。これで求婚をお断りするのは12度目ですよ?」
「ルミは好きな人と結婚するのと、そうでもない人と結婚するの、どっちがいいの?」
「それはもちろん……叶うなら前者です」
「叶えようよ。あたしたちは叶えてきたでしょ?」
ルミに、王国の復活を示すように両手を広げる。
するとルミは微笑みながら頷いてくれる。
「ミユユは……とっても過保護なお姉ちゃんですね?」
「ふふふ、ルミにふさわしくない男は全て巨神タイタス様と踏みつぶす!」
「これじゃあ私は一生結婚ができなそうです。ミユユのお眼鏡にかなう殿方は、一体どんな傑物なのでしょう」
そんなルミの問いに、あたしの脳裏に浮かんだのは一人だけだった。
でも、その人はもうこの世にいない。
「やっぱり、あたしの父さんかな」
「あっ、ミユユのお父様自慢が始まりましたね」
「ちょっと、ちゃんと聞いてよ! 父さんはエルフの血が流れてて長生きだし? 見た目はずっと落ち着いた大人って感じで、歳の差は問題ありません! むしろルミが追い付いちゃうかも? 身分の差だってあたしの父さんだもん! 『戦乙女』の父なら申し分ないでしょ!?」
「ふふっ、ミユユはお父様のお話になると子供っぽくなりますね?」
「このっ、泣きむし聖女のくせにっ」
「きゃっ、ファザコン戦乙女が何か言ってますっ!」
父さんが生きてたら、ルミと3人で笑い合えた日があったのかもしれない。