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36話 迷宮の案内人


 王都に到着してからミユユたちに一向に会えていない。

 孤児院にはちょくちょく戻っているが、小さかった子供たちは今では立派な御勤め人らしく、なかなか孤児院に顔を出せないぐらい多忙らしい。

 誇らしく思う反面、知らないうちに成長していた彼女たちに寂しさを感じる。

 

「あの子たちは大丈夫だよ、レジス。あんたはゆっくり王都観光でもしてるといいさ。誰かが帰ってきたら、あたしからも伝えておくよ」


 シスター・クレアはそう言ってくれたが、この数週間は暴徒になりそうだったミューミス教徒たちをどうにかいい方向へ持っていくのに忙殺されていたので、そろそろ子どもたちに会いたい。

 いつの間にかダンジョン作りに物凄く協力するはめになり、地下にこもりきりになった時期もあったほどだ。


 まあ、これでミユユを襲うなんて暴挙を未然に防げたのだからよかったとは思うが……とにかく子供たちと早く再会したい。

 とはいえ、前回のようにいきなり職場に押しかけて迷惑をかけてしまうのも違う気がした俺は、なんとなく冒険者ギルドに足を運んだ。



「ん……? 【狐ヶ原(こがはら)ホモリ】での【嵐蜘蛛】討伐クエスト……? また出現したのか?」


 つい先日、俺たちが王都へ向かうついでに討伐したはずだが。

 もしかして別個体でもいたのだろうか?

 なんにせよ、あそこの姫様は野盗に襲われたり、本国が危機に直面していたりと困難続きだな。

 俺はツクヨからもらった勾玉を指でいじりながらそんなことを思う。


「ん……? クエスト発行者がミユユ・ソルジャス……!?」


 しかし、そんな事件もどうやら他人事ではなかったようだ。

 どうやら我が娘が【嵐蜘蛛】の討伐に出張るらしい。よくよくクエスト内容に目を通すと、現在は帝国と緊張状態にあるため、なるべく国内の軍を動かしたくないようだ。そこでミユユ・ソルジャス指揮下で、冒険者を戦力として募っているのだとか。

 

「なんと……国からのクエストを発布するほど立派な兵士になっていたのか……」


 娘の成長に泣きそうになってしまう。

 よし、ここは俺も父親として人肌脱ごうじゃないか!

 娘と共に戦える日が来ようとは、ロマンの何ものでもないな!


 意気揚々とクエスト受注の旨を受付嬢に伝えに行くも————



「タリスマンさんはFランクですので、クエスト受注条件を満たしておりません」

「そ、そんな……そこをどうにか……」


 俺が粘ってみると受付嬢は渋い顔をしつつも、『他のCランク以上のパーティーに同行すれば参加できますが、お勧めはできませんよ』と教えてくれた。

 そこで俺は【嵐蜘蛛】討伐クエストを受注した冒険者たちに、かたっぱしから交渉を持ちかけたのだが……。


「俺たちが参加する遠征クエストに連れていくのは無理だって」


 断られる一方だった。

 それもそのはずで、冒険稼業は甘くない。

 実力が伴わなければ簡単に命を落とすし、その残酷さは自分たちで作ったダンジョンで何回も目にしている。


 ランクは信用であり、今の俺は信用に値しないから、彼らの戦場で背中を預けられないのも頷ける。

 それでも俺に優しく声をかけてくれ、酒の席にまで招待してくれた3人の冒険者に嘆願してみる。


「頼む! キミたちの荷物持ちをぜひさせてくれないか!?」


「は、はあ……?」


 聞けばこのヒイロたち【戦乙女の三騎士】は、Aランクパーティーらしい。

 そして彼らの手伝いをすれば冒険者としての実績も格段に増すとのことで、【嵐蜘蛛】討伐クエストの募集期限までにCランクに昇格できるかもしれない。


「悪いな、タリスマン……俺たちは巷で噂の【地底の小人迷宮(ピルグリム)】に招待されてな」

「かなり難易度が高いダンジョンゆえ、荷物持ちといえど難しい」

「僕らもタリスマンさんを守ってあげられるほどの余裕はないかなって」


 やはり断られてしまった。

 しかし『足手まといだ!』と突き放すのではなく、やんわり厳しいと伝えてくれる彼らは心優しい冒険者だ。

 そして【地底の小人迷宮(ピルグリム)】に招待されたってことは、なかなか見所のある冒険者なのだろう。


 というのも神父との取り決めで【地底の小人迷宮(ピルグリム)】に招待するのは、将来有望で人々に希望をもたらすような冒険者に限定している。

 なぜなら、あそこの宝箱でドロップする武具は、俺お手製の【血戦武具】が仕込まれているからだ。品質はあまりよくない【冠位(ネームド)】だが、王都の冒険者にとっては強力な品々だ。


『大いなる力は信念ある者に託したい』と、神父が言ったとき……まるで自分を責めるような表情をしていたのが印象的だった。

 きっと彼はミューミス信仰という大いなる力の矛先を、間違ってしまったと悔いているのだろう。

 しかしその過ちを償うべく、王都内で悪さを働く冒険者をダンジョンに誘い込み、正義の鉄槌を振るっているようだ。


 さて、目の前の冒険者パーティー【戦乙女の三騎士】は明らかに前者の理由で招待されたのだろう。

 だからこそ俺はここでもう一歩、食い下がってみた。


「頼む。こう見えて私は【地底の小人迷宮(ピルグリム)】にとても詳しい」


「ううん……言っちゃ悪いがFランクのタリスマンがどうして詳しいんだ?」

「あそこは実力のない冒険者は招待されない」

「そうだね。何かタリスマンさんの言葉を担保できる証拠はある?」


「ああ、これを見てほしい」


 そこで俺は天空城の宝物殿から【物言わぬ鹿王の剣(バラシオンソード)】を取り出す。

 ダンジョンに置いてる武具と同じく、【冠位(ネームド)】の剣を目にした三人は息を呑んだ。


「Fランクのタリスマンが……どうしてそんなすげえ武器を……?」

「それよりも異空間魔法を習得している方が由々しき事態だ」

「す、すごい……タリスマンさんはもしかして【地底の小人迷宮(ピルグリム)】に行ったことがあるの……?」


「ああ、もちろん」


「いや、でも……どうやって?」

「誰と共に攻略したんだ?」

「王都内の有力パーティーの荷物持ちだったら、僕らでも顔見知りなのに……」


 ここは下手に嘘をつかない方がいいかもしれない。

 一番、整合性のある答えとしては————


「ソ、ソロで少しな。もぐる機会があってだな」


「おいおい、ソロだって!?」

「今、最も難易度が高いダンジョンをEランクの冒険者がソロで!?」

「生還したって、それもう偉業だよ!? 迷宮の案内人を名乗っていいレベルなんじゃないの!?」


「あはははは……」


 迷宮の案内人どころか、迷宮の創造主(ダンジョンマスター)なんて口が裂けても言えないな。




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