30話 小人神ミューミス
「リブラ。無事に身分証も作れたし案内はここまでで十分だ」
俺が銀貨を渡そうとすると、彼女はなぜか首を横に振った。
「旦那ぁ、うちは銀貨1枚相当の働きをしたわけではないので、まだ受け取れません。他に何かご要望がありますか?」
「ううむ……」
天秤は名を体を表すような人格なのかもしれない。
公正で公平に、そんな態度に俺はますます信用できる商人だと思えた。普通の商人であればここは銀貨を受け取っておく。
なぜなら自分への評価の高さと、今後もよしなにといった意味合いを含めて多めの報酬だと判断するからだ。
その点、リブラは少し商談では融通の利かない商人だと思われやすいだろう。
だが俺はそこが気に入った。
「わかった。引き続き王都の案内と、最近流行っているものやミユユ・ソルジャスについて教えてほしい」
「合点承知です。銀貨1枚分の情報は仕入れてありますよ。そうですねえ……」
ひとまず俺たちは冒険者ギルドを出て王都の散策を始める。
「ではミユユ様関連ですが……巨神タイタス様に反発する信仰が密かに蔓延り始めているのはご存じですか?」
「いや、知らない」
「あちらをご覧ください」
そう言ってリブラが示したのは旧オルトリンデ公園の横にある噴水広場だ。
そこには……【王位】の守護者【巨神兵の人形】とやけに似ている立派な銅像が建っていた。
そしてその銅像には緑色の汚物が所々に付着している。
「巨神像への冒涜ですね……あれらを行っているのがミューミス教信徒です」
「ミューミス教……?」
俺の知らない伝承の匂いがぷんぷんするぞ。
ちょっとだけ内心でワクワクしつつも、表向きは神妙な顔つきをしておく。なにせ王国の主神様を冒涜する一派なのだから、良い顔をしてはいけないだろう。
「彼らによると巨神タイタスこそが『地上の命を踏みにじり、己を神と名乗りし傲慢な冒涜者』と。しかし小人神ミューミスは『地の底に潜み、静かなる安寧を根付かせ、全てを喰らい尽くす真なる支配者』である、と」
巨人と小人、全く以って相反する存在だな。
「ふうむ。そんな教義で信徒はつくのか? 聞けば王国は巨神タイタスに救われて国土を奪還したのだろう?」
「ミューミス教の教えは……『自殺』の推奨です。死こそ、全ての苦しみから解放される唯一の手段であり、土に還り新たな命を芽吹かせると。死こそが永遠の命の連鎖であると」
「戦争が終わって、やっと明るい兆しが見えているこのご時世では……余計に入信しづらいのでは? いや……そうか。王国の光と、影なのか……」
「そうですね。戦争が終わって希望を持てる者と、戦争が残した傷跡を背負って苦しみ続けている者がいます。悲しみに暮れる者からすれば、すぐ身近で希望に溢れる姿を目にしたらどれほど苦痛なのでしょうか」
俺も……同じだ。
戦争が終わっても、亡くなった戦友は俺の中ではなくならない。
後悔は終わらない。
子供たちが生きていると知って、こうして悠長に王都観光なんてしていられけど……そうでなかった者からしたら、ミューミス教の『苦しみからの解放』や、希望をもたらした『巨神タイタス』への敵意は利用されやすい。
どこか、自分の感情のぶつける場所を欲するのだろう。
「人の弱った心に付け込むやり方は……好ましくないな……」
「実際、救われたって声も上がっているので表立って糾弾もしづらい……今代の聖女王陛下は信仰の自由をお認めになっておられますから」
「……かつて戦乙女オルトリンデを信仰していた王国が、今では巨神タイタスも信仰している。他宗教を認めないのは王家や国家の在り方を否定するのと一緒になってしまうからか……」
「何より、巨神タイタス様のように小人神ミューミスも実在しちゃうのが決め手でしょうね」
「会えるのか!?」
なんと、今の王国には二柱の神がいるらしい。
「帝国との戦後、崩れたオルトリンデ教会跡から広大な地下迷宮が発見されまして。どうやら戦乙女オルトリンデ様と何かしらの関係があると見られ、その結びつきも正当化されているようです」
「なるほどな……旧体制を望む者も集いやすいわけか」
なかなかに複雑な経緯が背景には隠されいそうだが、それと我が娘ミユユと何の関係があるのだろうか?
「そして最近ミューミス教の活動は激しさを増しており……ミユユ様を誅殺しようと目論む者も現れているようでして……」
「なに……? もっと詳しく————」
俺がリブラに詰め寄ろうとするが、彼女はなぜか嫌そうな顔をした。
おっと、これはちょっと強引だったと態度を改めようとするが……どうもリブラの様子がおかしい。
それは彼女の視線が俺ではなく、その背後に向けられているからだ。
俺が振り返ると、そこにはうっすらリブラの面影のある中年女性が目を吊り上げてこちらを見ていた。
「リブラ! こんなところで何してるんだい!」
その中年女性はリブラを攻め立てるように近づいて来る。
「別に。母さんには関係ないでしょ。今は仕事の最中だから邪魔をしないで」
「仕事? 仕事って、また父さんの真似事をしてるんだね!? 女のあんたが行商なんてできるはずないのに、なに無駄なことをしてるんだい!」
「無駄かどうかはやってみないとわからないでしょ。死んだ父さんは、いつも……挑み続けるのが大切って言ってたじゃない」
「努力の方向を間違えるなとも言ってたわよ。いいかい、行商の真似事なんてしてないで、あんたも小人神ミューミス様を信仰なさい!」
「ちょっと、お客様の前でそういう話をしないで……」
「ちょうどこれから礼拝集会があるから、あんたも来なさい! 来れば素晴らしさがわかるから!」
「もう行ったことあるし、うちは興味ないって言ってるでしょ」
おっと。
まかさリブラの母親がミューミス教の信者だったとは。
だからあれだけミューミス教に詳しかったのか。
しかしこれは俺にとって都合がよいのではないだろうか?
仮にも我が娘ミユユの命を狙う勢力の正体を知れるなら、ついて行くべきだと思った。
だから俺は二人の会話に不躾ながら割り込ませてもらう。
「失礼。実は娘さんから小人神ミューミス様のお話を聞いて、私も少し興味がわいていたところです」
「タ、タリスマンさん!?」
「まあ! あんた、口ではああ言っててもしっかり布教してくれてたのね!」
「いや……うちは別に……」
リブラよ、すまないな。
このお詫びは必ずあとでしよう。




