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3話 聖女の手記


 ―—(かわ)きの季節


 私たちが祖国を追われて幾年の月日が流れたでしょうか。

 もう10年も経つのですね。

 祖国を想う気持ちは私にもありますが、かつての【オルトリンデ聖王国】がどれほど立派だったのか、当時4歳だった私にはその記憶がほとんどありません。

 ただ、みなさんは口をそろえて『様々な種族に門戸を開く、自由と平和を尊ぶ国』と慈しんでいます。


 そんな話を聞くたびに王国民の一員である誇りと、そしてどうしようもない悲しみに襲われます。

 自分の無力さに嫌気がさしてしまうのです。

 もっと私の白魔法が強ければ、剣の腕が立っていればと……。


 私たちが流浪の民となってなお、執拗に帝国軍の魔の手が迫ってきます。

 彼らは『奴隷狩り』などと称して、私たちに襲い掛かってくるのです。

 騎士団のみなさんも奮闘してくれますが、この10年で私たちは半数以下に減ってしまいました。

 

 そして私たちを追い込むように、この時期は容赦ない暑さが牙を向きます。

 その鋭い牙は体力のないご老人や子供に深く食い込み、罪なき命を渇き殺すのです。

 私は自分の不甲斐なさを呪いながら、すでに何人も看取(みと)ってきました。

 

 乏しい食糧と水だけが命綱……もはや希望に飢え、気力は枯れ切ってしまいそうです。

 私たちは限界が近いのかもしれません。





 ——色づきの季節


 木々の葉が緑から紅に変わるのを初めて目にして、感動しました。

 まるで奇跡のようだと呟いてしまえば、みなさんに笑われてしまいました。

 歳の近いソルジャスちゃんにも笑われたので恥ずかしいです。


 ですが長い間、荒野を移動していた私にとって、緑豊かな恵みある地での生活は……新鮮なものなので仕方ないでしょう?

 そして変革と奇跡が起きたのは何も木々だけのお話ではありません。


 みなさんと大草原を横断していた最中、帝国軍の追っ手に囲まれたのです。

 戦力の比嘉は絶望的で、今度こそはと死を覚悟しました。

 そんな折、空から一筋の奇跡が落ちてきたのです。


 帝国軍の一部を吹き飛ばしたその奇跡の正体は、翼の生えた屈強な何かでした。

 もしやあれは神が遣わした天使、もしくは神そのものなのでは?

 そんな疑問は真実となりました。

 

 天使のような存在は、気付けば山のごとき巨神へと変貌し、帝国軍を叩き潰し始めたのです。

 まるで神罰のように容赦なく。

 さらに目のような部分から光線を放ち、一瞬にして数千の帝国軍を焼き尽くしたのです。


 そんな光景を見せつけられた帝国兵は、アリの子を散らすように逃げてゆきます。そして恐怖に慄いたのは彼らだけでなく、みなさんもまた同様でした。

 神が一歩、一歩と大きな歩幅でこちらに近づけば、喉を鳴らして怯える者もいました。この世の終わりだと泣き叫ぶ者もいました。


 そんな中、一人の少女が武器を構え、果敢に飛び出したのです。

 静止する間もなく、ただただみんなのためにと勇気を振り絞った少女は……私の友達で、『兵士の娘』と呼ばれるミユユ・ソルジャスでした。


 かつてとある下級兵が(・・・・・・・)寄付を募って作った孤児院の出身で、彼女はいつも幼き頃に見た養父の『誰かを守り抜く意思』を貫き続けているのです。

 ソルジャスちゃんは類いまれない剣武の才を持ち、若くして騎士団の支えとなっている英雄でもありました。


 そんなソルジャスちゃんでも、誰もが想像してしまったのです。

 今回ばかりは潰されてしまうと。


 ですが神はそんな彼女の勇猛さを、慈悲深く受け止めてくださったのです。

 彼女が近づき剣を振るうも、その巨躯をすぐに縮めて元のサイズに戻したのです。


 そして、ただただ穏やかに————

 彼女を見守るように立ち続けたのです。

 その神々しい姿は、愛に色づき、溢れていたのです。





 ―—(なが)き眠りの季節


 寒さに凍え、植物は雪の下で寝静まります。

 動物もまた地中の中で温かな日々を夢見て、眠りにつきます。

 みなが平等に眠りに誘われる、そんな季節になりました。

 しかし私たちの希望の火は、(まき)をくべられたばかりなのです。

 

 寒さに負けず、帝国軍の追っても蹴散らすほどに爛爛と燃え盛っているのです。そう、我らには【巨神タイタス(・・・・・・)】様のご加護があるのです。

 色づきの季節のあの日、私たちを救ってくださった【巨神タイタス】様。

 どうやらソルジャスちゃんの声にのみ、その神意を傾けてくださるようです。ですので先日、彼女を『戦乙女(ヴァルキリー)』に任命いたしました。


 そう、亡国の戦乙女……いいえ救国の戦乙女、建国(・・)の戦乙女です!

 いずれは【グランドタイタス聖王国】を建国する、『戦乙女』の称号は彼女にこそふさわしいでしょう。

 私たちは今、故郷を取り戻すのではなく、新たなる故郷を作る準備に邁進しています。


 ああ、こんなにも心躍る日々がこようとは想像もしていませんでした!

 全ては【巨神タイタス】様のおかげです。

 そしてもちろん、勇敢なるソルジャス戦乙女のおかげでもあります。


 ですが私にだって少しぐらい『ピィィーンポポォォォーン』といった、神語を教えてくださってもよいのに。





 ―—芽吹きの季節


 野には花々が咲き誇り、風がかぐわしい香りを運んでくれます。

 神と共に歩む私たちは帝国軍との戦いに勝利し続け、みなさんの間で喜びが咲き溢れました。


『英雄生み』と恐れられた【ペンドグラム帝国】ではありましたが、なぜか肝心の英雄とやらも、その姿をあまり見なかったように思えます。

 これもきっと神の思し召しでしょう。


 そして帝国軍との和平条約は、かつての【オルトリンデ聖王国】の国土の大半を譲渡する内容にまで至り、その知らせは王国民に感動と喜びを運んでくれました。


 これでようやく長い戦いの日々は終わりました。

 私は私の責務を全うしたと思います。

 あとは次代の英雄に、この国のみなさんを託しましょう。


 私たち王族はかつて、みなさんを帝国の残虐から守り抜けなかった。だからこそ、今度はソルジャスちゃんに——

 ソルジャス戦乙女に託すべきなのです。


 ですから私は人知れずひっそりと——

 

 え!? ソルジャスちゃんが、私にふさわしい結婚相手を探す!?

 平和を勝ち取ったんだから、恋ぐらいしたっていいじゃないって言われても……私は世継ぎなんて生む気はなくて……。

 えっでも、ソルジャスちゃん!? 私なんかに、え!?


 あっ、動揺してつい筆を走らせてしまっ————



第二十七代 オルトリンデ聖王国 聖女王 

ルミナスリリー・ハーデンベルギア・オルトリンデの手記



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