25話 姫様の初恋
妾は月世ノ御霊主珠代。
【狐ヶ原ホモリ】を治める立派な10歳なのじゃ。
とはいえ│妾はまだまだ子供なので難しいことは、大人たちに任せておるのじゃが、今回ばかりは珠代の血筋を唯一引く妾の出番じゃった。
「ツクヨ……お姉ちゃんがいなくなっても里のみんなと支え合い、神の依り代になれる珠代として、誰よりも誇り高く生きるのよ」
ツクナ姉さまの最後はとても立派じゃった。
妾も姉さまのように在ろうと誓った。
【黄金平原ユラーナ連邦】は3年前、天災【夜殺しの日照り虫】が発生して多くの稲作がダメになってしまったのじゃ。
全身に灼熱を帯び、夜ですら輝き尽くすそのイナゴ虫は……無数の大群で移動を繰り返し、【黄金平原ユラーナ連邦】の稲作を喰い荒らしたのじゃ。
連邦存続の危機に白羽の矢が立ったのが姉さまじゃった。
妾たち珠代は、一時的に神を降ろしてその力を振るう【神籠り】を行使できる。
妾は赤子じゃったから覚えておらぬが、父様も母様も【神籠り】で【黄金平原ユラーナ連邦】や【狐ヶ原ホモリ】の危機を救って、その命を全うしたのじゃ。
姉さまはそんな父様と母様の立派な姿を見ていたから……永遠の日照りには永遠の雨を、【天野雨原ノ九尾】様を自分の身体に降ろして、そして天災を鎮めたのじゃ。
妾にとっては母様のような、たった一人の家族じゃった。
どうして姉さまが犠牲にならなければと嘆き、里の者を憎んだ時すらあった。
じゃが、里の者も【黄金平原ユラーナ連邦】の者も……【夜殺しの日照り虫】によって、何千もの犠牲者を出したのじゃ。何度も討伐隊を組んでは全滅し、これ以上被害が大きくなる前にと、苦渋の最終手段をとったのじゃ。
そうと知ってから、妾も姉さまのように強く在ろうと誓ったのじゃ。
姉さまが守ったみなと生きると。
姉さまの死を無駄にしたくなかったのじゃ。
だからこそ————
「誰かが犠牲になるようなやり方では民は守れぬ……」
今回もまた、【黄金平原ユラーナ連邦】を襲った災害【嵐蜘蛛】の対応策として、妾の【神籠り】が候補として上がった。
じゃがすでに珠代の血筋は妾一人。
次にまた何かの災害が起きた時はどうするのかと、珠代の血筋をここで絶やしてはいけないと……何よりこんな小さな娘の未来を奪うのかと、キホたちが反対してくれた。
妾は覚悟していたし、そもそもキホたちに庇われるほどの子供ではおらぬ。
口調だって、里のばあやと同じで完璧なのじゃ。
誰もかれもが妾を敬い、珠代の血を崇拝するのじゃ。
まあ何はともあれ、妾が【黄金平原ユラーナ連邦】の代表特使となって、かねてより穀物取引きのある友好国、【グランドタイタス聖王国】に巨神タイタスを貸してもらえないかと交渉するために出発した。
もちろん交渉役やキミコに任せるはずじゃったのじゃが……野盗に襲われ、妾などを守るために死んでしもうた……。
キハラもキクも……。
そしてキホも重傷を負って、どうにか馬車に閉じこもった。
さすがの妾も絶望しかけてしまったのじゃ。
キホだけはどうにか生きのびてほしくて、姉さまの命を奪った神にすら願ってしまったのじゃ。
すると——あ奴は、天竜のごとき神生物を従えて現れたのじゃ。
神々しくも猛々しい力で野盗を容易く薙ぎ払い、そしてキホの傷すらも癒してくれた。
あ奴との出会いは、運命じゃとすら思ってしまった。
そして確信したのじゃ。
【グランドタイタス聖王国】が【ペンドグラム帝国】の支配から脱却できたのは、きっと妾の目の前におる竜騎兵こそが、暗躍していたからであろうと。
影の英雄とは、まさに気高き人物よ。
名声を誇示しようと思えばいくらでもできるはずなのに、敢えて影に徹する。その信念は、自らの命を犠牲にしてまで民のために尽くした姉さまと同じじゃった。
妾たち珠代と同じくこ奴は王国の懐刀、最終秘密兵器なのじゃろうな。
じゃから、妾は竜騎兵ソルジャスに親近感がわいておる。じゃから目が離せない。
「竜騎兵よ! 妾は【星棺の窓】を所望する!」
「はいはい」
このような不遜な態度が最初は気に入らなかったのじゃが、今ではなぜか落ち着いておる。なんじゃろう、竜騎兵のそばにいると自然体で楽にいられる気がするのじゃ。
自分でもあ奴の前ではワガママ三昧、無礼千万なのは重々承知しておるのじゃが……他の者どもと違って、妾を特別扱いしないところがまた面白いのじゃ。
だからついつい、遠慮なしに言葉が出てしまうのじゃ。
「今夜は満月だし……嘘だろ、星の位置もだいぶいい……【星棺の窓】が開くかもな……」
なぜか気乗りしなそうな竜騎兵じゃが、妾はワクワクしっぱなしじゃ。
母様や父様、それに姉さまに会えるんじゃからな!
「開くぞ——」
竜騎兵が緊張の面持ちで銀の装飾が散りばめられた窓をゆっくりと開ける。
すると窓の向こう側は星空が広がっているのではなく、虹色の煌めく空間が広がっていたのじゃ。
窓から月光が差し込むように、部屋には虹に輝く砂粒が滲む。
そこには穏やかな笑みを浮かべた青年と女性が、妾を見つめているのじゃ。
「姉さま……」
二人の間には片時も忘れなかった姉さまもいた。
姉さまはわたしを見て、手を振ってくれる。
やっぱり姉さまの姿は安心できて、自然と涙があふれてしまった。
『我が娘よ』
『元気に育ったわね』
青年と女性がそう言って、二人がわたしの父様と母様だと初めてわかった。
そして姉さまもわたしに語り掛けてくれる。
『ツクヨ、立派だね!』
そんな風に笑いかけてくれる姉さまに、どれほどお会いしたかったか。
「ツクナ姉さまの真似をして、姉さまを見てたから、頑張れています……!」
珠代の責務を、姉さまのように果たします。
『無理はしないように』
『珠代の血筋を絶やさぬように』
『その人なんていいんじゃない? 渋くてかっこいいし、恋して、子を授かってさ。私ができなかった分も、ツクヨが全部してね? それまでぜーったいこっちに来ちゃダメ!』
姉さまの言葉にわたしは赤面してしまう。
そ、そんなの、本人の前で言っちゃダメです!
恐る恐る竜騎兵の方へ顔を向けると、彼もまたジッと窓の向こうを眺めて涙を流していた。
「……ローハン……ラジエル将軍……あぁ、ミユユは……生きているのか……」
その様子から、きっと彼が見ている人とわたしが見ているものは違うと察した。
『ツクナ、元気で』
『ツクナ、その者を手放さぬように』
『ツクナ、未来はきっと明るいよ』
「早すぎる、早すぎます、姉さま……! もう少しだけお喋りをっ、たくさん話したいことがあるのです!」
『十分だよ。その人がくれた奇跡だよ』
「でもっ……はい、お会いできて嬉しかったです」
『うん……星と月が満ちた時に、また』
「はい!」
虹色に輝く砂塵が窓の奥で吹き荒れ、そして姉さまたちの姿は掻き消えてしまったのじゃ。
「閉じたか……」
「うむ」
ふと互いを見ると泣き面をさらし合っていたので、少しだけ気恥ずかしくなってしまう。
「な、なんじゃ……主のような大の大人が泣き晒しおって」
「お前こそ、もう少しだけお喋りを~ってダダこねてたな」
「このっ、このっ、竜騎兵のおたんこなすの麦っかすめ!」
「あはははっ、互いに恥ずかしい顔を見せ合ってしまったな」
わらわが毒づいても……どこ吹く風で爽やかに笑うなんてズルいんじゃ。
「ここで見たものは秘密だと言ったが、これもまた俺たちの秘密だ。いいな? 【朝守りの騎士】たちには言うなよ?」
「秘密……二人だけの秘密……わかったのじゃ」
竜騎兵は本当にずるいんじゃ。
そんな思いで彼を見上げていると、頬に残った涙をぬぐって急に手を差し伸べてきた。
まっ、いきなり何をっ!?
まさか姉さまの声が実は聞こえていたのではあるまいな!?
こんな手を、手を繋ごうだなんて意思表示は、妾が動揺してしまうであろう!?
「ほら、どうして。湿りっ気はもう十分だろう。次は【流星のささやき】を飛ばしに行こう」
「あっ……うむ、まあ……」
竜騎兵はなぜか妾に貴重そうな【竜星石】とやらを、プレゼントしてくれたのじゃった。
か、彼の計らいを無下に断るのも憚られたので、妾は大人しく竜騎兵の手を取った。
それから竜騎兵と妾は、星空がよく見える【竜跡を残す丘の家】の屋根に窓から上る。
「大丈夫か? 落ちないようにな」
「そんな子供扱いせんでいいのじゃ」
じゃが、妾は竜騎兵の手を離そうとはしなかったのじゃ。
母様や姉さまに言われた通りに、この手を離してはいけないような————なぜだかギュっと握っていたかったのじゃ。
「じゃあ、ツクヨの想いを込めた【竜星石】を飛ばすぞ」
「うむ」
竜騎兵が複数の【流星石】を取り出せば、不思議と【流星石】は空中をふわふわと漂い始めた。
まるで満点の星空の輝きに惹かれるように、遠くに飛びたがっているような、そんな気がしたしたのじゃ。
「ツクヨ。お前の気持ちを届けたい者たちがいる方角は?」
「ここより、南じゃの」
「わかった————今一度、堕ちた翼の最後の輝きを、南の空に灯せ」
竜騎兵が厳かにそう言えば、【竜星石】たちは天高く飛翔したのじゃ。
そして次々と美しい軌跡を夜空に描いていくではないか。
「聞こえるか?」
「う、うむ」
多数の流星が流れだす夜空には『妾を案ずるな。必ず王国の協力を掴み、平和を携えてくる。ゆえに今、民は一丸となって【嵐蜘蛛】に対応するがよい』と、みなに届けたい想いが響く。
「【流星のささやき】は想いを届けたい相手が、あの流星を目にすると、お前の想いが囁きになって響くんだ」
「綺麗、じゃの……」
「ああ。少しでもお前の気持ちを届けたくてな。流星群にしてやった」
「まこと……竜騎兵はずるい奴なのじゃ……」
「お、おい。俺のどこがずるいんだ?」
「知らぬ」
こんな素敵すぎるプレゼントなどされてしまったら、落ちぬ女子などいなかろうに。
現に妾ですら胸がドキドキしっぱなしじゃ!
「なんだよ、まったく……」
それでいながら自分がしでかした奇跡の数々に無頓着なのだから……これほどまでの奇跡を浴びさせてもらったら、妾でなれければ心酔ものじゃ!
まったく……竜騎兵ソルジャスはまこと面白い奴なのじゃ。
むむ、そういえば巨神タイタスと共にある戦乙女もまた……ソルジャスの姓を名乗っていたのじゃ。
なるほどのう、親族そろって傑物とは納得がいくのじゃ。
無論、察しのよい妾は無粋な詮索はしないがの。




