22話 救国の竜騎兵
セリオスたちと空の旅を始めて一日が経った。
俺たちはちょうど王国の南に位置する【黄金平原ユラーナ連邦】の上空を飛んでいて、地平線まで続く雄大な金色の眺めを楽しんでいた。
稲穂が風に揺れると、金の水面がさざめくように波打つ。そんな光景は、息を呑むほどに美しい。
「ん……なんだ、あの黒い雲は……」
しかし、そんな田園風景の輝きに漆黒の雲が覆いかぶさり、蠢いているのを目にする。まるで稲穂を貪り喰らう、生きた雲のような姿に……俺は新たなる伝承に遭遇したかもしれないとワクワクした。
「主様……【黄金喰いの雲】……【嵐の城】」
「……【嵐蜘蛛ストームヴィル】」
【朝守りの騎士】たちは【空の支配者】を巧みに操り、俺とセリオスの横を滑空しては、あの黒い存在が何なのかを告げる。
確かに遠目からでも蜘蛛のような八本脚が見えるし、稲光も駆け巡っている。
接近するにつれて、【嵐蜘蛛ストームヴィル】の巨大さとその詳細が明らかになっていく。
雲は無形であるはずなのに、それは確かに大蜘蛛の形をしていた。さらに、周辺に嵐を巻き起こしながら突き進み、稲穂を荒らし喰らっている。
「ん……あれは【黄金平原ユラーナ連邦】の、【狐巫女族】か?」
よくよく見れば【嵐蜘蛛ストームヴィル】に対抗しようと、祈祷術で四季神を召喚していた。
狐の耳と尻尾を持つ彼女たちは、天候に作用する四季神術を得意とする種族で、果敢に【嵐蜘蛛ストームヴィル】に立ち向かっていた。
「そうか。この地の稲作に従事している者からしたら、【嵐蜘蛛ストームヴィル】は災害そのものかもしれない」
なんて悠長に観察していたら、【狐巫女族】が召喚した四季神は暗き大雲に容易く呑み込まれてしまった。
『説、【嵐蜘蛛ストームヴィル】は【伝承位】と判明しました』
お、少しラグがあるのは天空城との距離があるからか?
ラピュタルの遅れての解説にそんな疑問を抱きつつ、俺は【嵐蜘蛛ストームヴィル】に蹴散らされる【狐巫女族】を眺める。
うーん……こちらの戦力は【朝守りの騎士】が二人、そして【空の支配者】が二体、サポート役として【純潔の看護兵】が二人。
さらに【影の王冠】が俺を含め、各守護者の影に一体ずつ潜んでいる。
つまり【王位】の守護者が7体と、【冠位】の竜が二体、そして【希少位】の守護者が二体いるので戦力的に大丈夫だとは思う。
それに俺が騎竜している【星詠みの翼竜セリオス】は【伝承位】でもある。
「助けるか。黄金平原は……喰い尽くされて失われるには惜しい」
「「……御意に」」
セリオスも俺の気持ちに同意してくれたのか、天へと響く咆哮を轟かせてくれる。これにより【嵐蜘蛛ストームヴィル】はこちらの存在を察知してしまったが、特に問題はない。
すでに先制攻撃は始まっているのだから。
セリオスは両脇に控えた【空の支配者】を圧倒的な速度で置いてゆき、【嵐蜘蛛ストームヴィル】に急接近する。
当然、【嵐蜘蛛ストームヴィル】はこちらに反応し、八本脚のうち三本をこちらに向けてきた。
豪風と共に、稲光を纏う漆黒の足がセリオスを絡め取ろうとする。
接近して肌で感じるのは、【嵐蜘蛛ストームヴィル】の神々しさだ。その荒々しさと理不尽さは、畏敬を抱かずにはいられない迫力を誇っている。
天変地異の中でも嵐を司り、天候すらも捻じ曲げるその在り方はまさに伝承と語られるにふわさしい。
だが、嵐の城も星の声には砕かれてしまうだろう。
先ほど、セリオスが天に向かって吠えたのは竜鳴魔法の一種、【星の声】だ。
【嵐蜘蛛ストームヴィル】の三本足がグングンと伸びるも、その形は唐突にひしゃげる。
その不自然な現象は、大蜘蛛の本体にも及び始めた。
この辺り一帯の磁場と重力を、一時的に変えるようにセリオスは願った。そして、その未来を見て【嵐蜘蛛ストームヴィル】がその範囲内に入るように誘導したのだ。
セリオスは星の声を喋った原初の竜であり、その瞳には未来の星図が映っているらしい。
セリオスから共有される感覚は、俺たちが生きるこの世界もまた……無数の星々の一つだと言う。最初に知ったときはにわかに信じられない内容だったが、今はセリオスと大空を飛んでいると、それぐらい世界は壮大なのかもしれないと思えるようになった。
セリオスがこの星に願い、見た未来は現実となる。
【嵐蜘蛛ストームヴィル】は強力な重力になぶられ、さらには自身で制御不可能になった暴風の刃に切り刻まれた。
それは大雲の存在を霧散させてしまいそうだったが、さすがは【伝承位】ゆえに持ちこたえていた。
しかし、それも【朝守りの騎士】に掲げられた【陽だまりの剣】が、存在を許さないと言わんばかりに大気中の水分を全て奪い尽くす。
「……【双星の太陽】」
「……【双星の太陽】」
2人の騎士が振るった【陽だまりの剣】からは、眩い宝石が解き放たれ、それらは複雑に絡み合いながら光の螺旋を生んでいく。
その小さな二つの太陽が描いた軌跡が、【嵐蜘蛛ストームヴィル】に触れると、ジュワアアアアアアッと盛大に蒸発してゆく。
ここに黄金を喰らう暗雲の伝承は幕を閉じた。
同時に、地上からは物凄い歓声が沸き上がるものだから、下を見れば【狐巫女族】の民が大喜びをしている。
災難が去った喜びから、かなり浮かれているようだ。
そんな様子を見下ろしながら、俺は軽く手を振ってセリオスに周囲を何回か旋回してもらう。
『説、【救国の竜騎兵】を達成』
『伝承ポイントを3000獲得しました』
救国とはまた大げさだな。
ちょっとした災害を防いだだけ————災害をねじ伏せるのは確かにやり過ぎたのかもしれない……?
まあ、特に【狐巫女族】と関わりを持つ気はなかったので、俺たちは早々に王都を目指した。
◇
人の身での騎竜の旅路は、思ったよりも険しかった。
天空の城のステータスを持つ俺ですらそうなのだから、普通の生身の人間にはよほど堪えるだろう。
まず当たり前なのだが、同じ姿勢で竜に乗り続けるのは足腰にだいぶ負担がかかる。もちろん俺は天空の城なのでその辺は頑丈だが、【朝守りの騎士】や【純潔の看護兵】はキツそうだった。
次に厳しい点は、常に豪風が身体を打ちけることだ。
翼竜の空を駆ける姿は流星と言われるだけあって、かなりの速度なのだ。
「そろそろ、休憩が必要だな」
すでに王都まで一日半の距離まで来たし、ここはすでに王国領だ。
見覚えのある地形なので、翼竜たちを休めても大騒ぎされない場所を探しやすい。
だから俺は街道から外れた林道や、森の空白地帯に目を向けていた。
「ん……どうしてあんな所に馬車が……」
そこで俺の目についたのは、雑木林の中に突っ込んで転倒している立派な馬車だった。
「んん……野盗に襲われている? いや、あれは……帝国兵の残党か!」
ルナルから聞いた情報によると、王国領は巨神タイタスによってその大半を取り戻した。もちろん今まで王国領内を我が物顔で歩いていた帝国兵は掃討されたが、何も全員が殺されるわけではない。
中には生き残り、行き場を失った兵が野盗崩れになる場合もある。
それが今まさに馬車に襲い掛かっているようだ。
「これも戦争の傷跡か……」
嫌なものを見たついでに、俺はセリオスと共に上空から帝国兵の野盗を駆逐した。
馬車に被害が及ばないよう、セリオスは細心の注意を払いながら太すぎる爪で帝国兵たち薙いでいく。
下手をすると馬車まで吹き飛ばしそうなので、その辺は慎重にしなければいけない。
なにせセリオスから見れば、ざわつく蟻も、転倒した虫も変わりはあまりないのだから。
俺は帝国兵が吹き飛び、ただの肉塊になってゆくのを眺め終えると、馬車の人達が無事か確認する。
警戒されると面倒なので、ひとまずはセリオスから降りて馬車に彫られた紋章に目を向ける。
「……【黄金平原ユラーナ連邦】、【狐ヶ原ホモリ】の王族章……?」
ホモリと言えば稲穂守りの一族が仕切る里で、昨日通ってきた。
ちょうど【嵐蜘蛛ストームヴィル】と戦った辺りだと思うが定かではない。
王族章が彫られてるってなると、思っていたより高貴な人物が乗っているようだ。
しかしそれにしては護衛が少ないな。
なにせ馬車の周囲には、【狐巫女族】の親衛隊らしき人物の死体が3人ほどしか転がっていなかった。
これを犠牲が少しで済んだと言えば聞こえはいいが、王族を護衛するにはあまりにも貧相すぎる人数だ。
まあ、どんな事情があるにせよ、安否の確認だけはしておくか。
そんな思いで馬車内に語り掛けてみる。
「私は……あー、ソルジャス。王国のソルジャス下級兵です。馬車の紋章を見るに、【狐ヶ原ホモリ】の方々とお見受けします。ご無事でしょうか?」
つい前職の肩書きで名乗り出てしまったが、【黄金平原ユラーナ連邦】と王国は友好関係にだったから大丈夫だと思う。
しかし俺が名乗っても馬車の扉は堅く閉ざされたままだった。
「王国の下級兵よ、所属を述べよ!」
「あー……王都防衛ミカエル大隊所属、レジェンド・ソルジャス下級兵であります!」
俺が最後に所属していた部隊名を口にすると、馬車の中ではわずかに囁き合う声が聞こえた。
「キホも見たじゃろう? あんな竜を使役してるのなら、妾たちを殺めようと思えば簡単じゃ」
「しかし│狐姫様……王国のミカエル騎士団長殿は、私の記憶によれば国境警備軍を指揮していると記憶しております」
「ええいっ! キホ! そんなのはどうでもいいのじゃっ! キホがっ……キホの血が汚くて│妾は嫌なんじゃ! 血の匂いが鼻につくのじゃ! はよう扉を開けよ!」
幼い声の勢いに押され、開け放たれた扉の奥には……。
肩から血を流す【狐巫女族】の女性と、やはり高貴な和装姿の幼女がいた。
「むう、お主が妾を助けたのじゃな。ならばついでに、キホの面倒をみるのも許そうかの」
高貴な幼女は、【狐巫女族】の中でも特にもふもふなしっぽをフリフリして、輝く黄金毛並みの狐耳をぴこぴこさせながらそんなことを言ってきた。




