21話 黄金喰らいの雲
「戦乙女ミユユ・ソルジャス様に敬礼!」
「「「戦乙女、万歳!」」」
「巨神タイタス様に祈りを捧げよ!」
「「「巨神タイタス様、万歳!」」」
「初代ルミナスリリー・ハーデンベルギア・オルトリンデ・タイタス聖女王陛下に忠誠を捧げよ!」
「「「聖女王陛下、万歳!」」」
グランドタイタス聖王国は今日、正式にルミが戴冠したことで世界にれっきとした独立国だと示す。
王都には花弁が舞い、ルミの戴冠パレードを祝う人々が笑顔を見せてくれる。
戦争の深い傷跡は未だにみんなを苦しませているけど、今日ぐらいはたくさんはしゃいで、悲しみを忘れてほしい。
歌って、飲んで、食べて。
前を見て、強く、楽しく生きてほしい。
あたし、ミユユ・ソルジャスはそう願う。
きっと父さんが生きていたら、あたしたちにそう言うから。
「帝国との戦争で命を落とした勇敢なる者たちに、我らの守護者たちに、祈りを捧げよ!」
「「「守護霊たちに!」」」
あたしは民衆の前で気高き戦乙女らしく、堂々と胸を張って天へと祈る。
ルミが王族として厳かに振る舞っているのだから、巨神タイタス様と共にある自分が泣いてはいけない。
ただ、父さんからもらった剣の温かみで、未来を切り開いていこう。
パレードが終わると、あたしの足は自然と孤児院に向かっていた。
すると昔馴染みのメンバーがすでに到着していて、あたしは笑顔になる。
みんなどんなに多忙で、重い立場になろうと、大きな肩書を持とうと、自分たちの原点を忘れてはいなかった。
「おっ、戦乙女さまがおいでなすなったな」
王都周辺の治安維持や、帝国軍の残党狩りを担う傭兵団の団長オルカスは、相変わらず掴みどころのない表情であたしを迎え入れた。
褐色の獣人で、その敏捷性は昔から羨ましいと思っていた。あと女性らしい肉感的なスタイルも。
「あーあー、うちももっとミユみたいにド派手ですごい魔法を開発できたらなあ~」
若くして魔術師ギルドの魔法開発局筆頭幹部に抜擢されたマギーは、素直にあたしの活躍を羨んでいる。
黒髪の双子の片割れである彼女は、小さな体躯とは裏腹に、その大きな金の瞳がとってもくりくりで可愛らしい。
「立派でしたよ、ミユ」
そして商業ギルドの輸送部門の管理者に就任したマニーは、昔からよく私を褒めてくれるお姉さんだ。
黒髪の双子の片割れである彼女は、おっとりしているけれど、腹の底では黒いことだって躊躇なく考えられる。
とっても計算高く、絶対に怒らせていけない。これは孤児院全員の共通認識。
「みんな元気そうね」
「お前さんほどじゃないさ」
「ミユユほど大暴れはできっこないよー」
「三人とも戦争が終わったからと言って油断しないでね? 貴女たちの戦いはこれからも続くのでしょう?」
「もちろん。でもマニーだってお金で戦ってるし、最近じゃ『お金が人を殺す』とか『お金が命を救う』なんて言われてるよ?」
「ふふふ……肝に銘じておきましょう」
「なんにせよ、あの世に行った父さんの分まで戦うぜ」
「あー、すんごい魔法をぶっぱしたいなあ。父さんに見せたいなあ」
「そうだ。みんなに伝えておきたいことがあるの」
私はグランドタイタス聖王国に迫る一大事を、みんなにも共有する。
「帝国の『英雄機関』が『巨神タイタス』様に潰されたとの報告が入ったの。正確には帝国からの抗議声明と、和平条約の見直しね」
「え……お前、そこまで叩きのめしたのか?」
「わあお、派手だねえミユユは」
「でもせっかく戦争を終わらせるって合意したのに、帝国の主要機関を強襲だなんて和平が崩れてしまうでしょう?」
「私は誓ってやってないよ。でも帝国は信じていない。だから、近々……また戦争が起きるかもしれない……」
「戦争がやってくるってこたあ、傭兵団の出番ってか。各国に散ってった他の傭兵団仲間にも連絡を出すから集めておくぜ」
「ふむふむー。広範囲の殲滅魔法と、一般兵でも発動しやすい低コスト魔法の研究も急がせよっかー」
「武具に扱う金属の取引きを増やさないといけませんね……金属の高騰を加味して、搬送ルートの確保も任せてちょうだい」
「みんな、心強いわ。でもね、まだ決まったわけじゃなくて。帝国が大打撃を受けたのは確かで、すぐに戦争を始められる状況じゃないっていうのがルミの……ルミナスリリー聖王陛下の見解なの」
「ま、そうか。帝国の主戦力って言えば英雄だしな」
「英雄つぶしかー、王国としては助かるよねー」
「疑いの目を向けられるのも仕方ないでしょうね……」
「それにもう一つ。南の【黄金平原ユラーナ連邦】から特使が来るの」
「ああ、広大な稲作地で有名な」
「あそこのお米って美味しいよねー」
「いくつかの小都市が集まったお国なだけあって、各都市の相場事情が異なるから取引きする際は慎重にしないとなのよねえ……」
「【黄金平原ユラーナ連邦】の中でも、最大の稲作地を誇る【狐ヶ原ホモリ】の狐姫がこっちに向かってるの」
「ふぅん。これまたお偉いさんの特使だ」
「それだけー重要案件ってこと?」
「どのようなご用件なのでしょうか」
「先ぶれからの通達だと……『巨神タイタス』様の武力をお借りしたい、ってさ」
「そりゃあまた物騒な」
「うーん。時期的にきな臭い?」
「帝国との関係が悪化している今、『巨神タイタス』様が王都から離れるリスクは大きいでしょう」
「うん。でも事情が事情でね……【黄金喰いの嵐】が起きているらしくて……」
「あぁ、嵐の城って恐れられてる【嵐蜘蛛】か」
「あれに遭遇すると厄介だよねえ。なにせ巨大な雲だし、逃げられないし。嵐は呼ばれるし、稲は全滅かー」
「……今年のお米が不作なら、だいぶ価格が高騰するでしょう」
「ちょっとみんな。まだ『巨神タイタス』様と行かないって決めたわけじゃないの。だから、だからさ」
「わかってるって。準備はしておくさ、ミユユがいなくても王国は守り抜くって」
「父さんのようにー」
「ええ、できることを全力で尽くしましょう」
やっぱりあたしの姉妹たちは誰よりも頼りになる。
言うことを伝えきったあたしは、心強いみんなとしばらく歓談を楽しんだ。
それから孤児院の子供たちと遊んで、ここの孤児院を設立した父さんが如何に偉大かを説いておく。
「おい、ミユユ。一杯やりにいくか?」
「久しぶりにのもー?」
「みんなで飲むなんて……放浪生活中に、テントでこっそり不味い酒瓶を開けた時以来でしょうか?」
「ごめん、みんな。この後はルミ……ルミナスリリー聖女王陛下との会議が入っているの」
「戴冠式っつう、祝いの日なのに忙しいこった」
「例の【黄金平原】の特使さまについてー?」
「対応をどうするべきか、慎重になるでしょうし……ミユユ、王国の指針が決まり次第、こっそりお姉ちゃんに教えてね? そうすれば他の商会より先んじて稲の取引窓口を————独占——いえ、そこまでやってはいけないわ——でも——」
いつも通りのみんなを見て、あたしの不安は少しだけ和らいだ。
ふと、空を見上げると……お祝いの日なのに、分厚い雲が垂れこみ始めている。
暗雲が告げるのは動乱の嵐なのか、それとも一時の些細な曇り空で、すぐに美しい青空を見せてくれるのか。
不安は拭えない。
でもなんとなく、遠くの空から父さんが見守ってくれているようで、不思議と力が湧いて来た。
◇
天空の城がふわふわと王国を目指して二カ月が経った。
ラピュタルの計測によると、およそ15日後には【グランドタイタス聖王国】の領空に入るとのことだ。
ここまで来ればもはや目と鼻の先だ。
そして情けない話だが……俺は今日まで、覚悟が定まらなかった。
もし孤児院の子供たちや戦友たちが死んでいたらと思うと……復讐は空しいとわかっていても、怒りに身を任せて帝国を火の海にしかねない精神状態ではまずいのだ。
「ふう、大丈夫だ。俺は王国の下級兵レジェンド・ソルジャスではあるが、今は【見守る者】でもある」
そう、この天空城を居心地の良い領域にする。
そして伝承を探して、触れて、たまワクワクする。そんな生き方をすると決めたはずだ。
『行くのですか? 【見守る者】』
ああ、これまで十分に準備したしな。
浮遊大地【王城キャメロット】や【シグルズの絶鳴】神殿はルナルやソレイユさん、そしてプリシラさんに一任しようと思う。
『では、我々は貴方の後を追ってゆっくりと移動しますね』
頼む。
【朝守りの騎士】と【純潔の看護兵】を二名ずつ、それに【影の王冠】を5体ほど連れて行って大丈夫か?
『承知しました。こちらの防衛戦力に問題はありません』
『必要であれば現時点での最高戦力、【戦乙女ブリュンヒルド】を同行させても問題ないかと』
いや、今のところは大丈夫だ。
それに彼女は機動力もあるし、俺に何かあってもすぐに駆けつけてこれるだろう。
城の守りについてラピュタルと諸々の協議を終えると、俺は人間形態になって広い天空を見渡す。
そして【血戦の武具職人】で鍛えた装備を改めて身に着けた。
頭にかぶるは【狂い鉄の竜樹】の身体の一部、というか枝から鍛えた【狂った竜頭】を。
全身に装着するのは【月を喰らう大熊】の血肉から鍛えた【月蝕の大鎧】を。
背中に羽織るのは【月を狩る古狼】の毛皮から作った【月影に走る毛波】を。
そして腰に差すは、古き森の鹿王の死骸から生成した【物言わぬ鹿王の剣】。
「ふう……では【朝守りの騎士】たちよ。準備はいいか?」
「「……御意に」」
背後に控えた【朝守りの騎士】たちはその剣に陽光を灯す。
すると遠くを飛んでいた二体の翼竜が、太陽の光を求めるようにこちらへ向かってくる。
俺の方もここ数週間で、新たなに絆を結んだ相棒に呼びかける。
そっと指を口にくわえ、それから勢いよく口笛を天空へと響かせた。
すると天空城の上を飛んでいる翼竜の中でも、ひと際巨大な竜が姿を現した。
「夜空で最も明るい星よ、焼き焦がす者よ。シリウスの系譜、【星を見つける者】。俺を乗せてくれ」
「グォォォォォオオオオオッ!」
【星詠みの翼竜セリオス】は、その咆哮を天へと轟かせた。
セリオスはその辺の翼竜より二回りほどの巨躯を誇り、人間形態だと凄まじい迫力を感じられる。
そんなセリオスに追従するのが二体の【空の支配者】で、【朝守りの騎士】や【純潔の看護兵】がさっとその背に飛び乗った。
もちろん【空の支配者】には騎乗用の鞍が備えつけられている。
「頼んだぞ、セリオス」
俺も巨大な頭を垂れるセリオスの首をつたい、その背に腰を落ち着ける。
セリオスから力強い拍動を感じれば、重々しい地響きと共に一気に空へと飛びあがった。
【竜翼魔法】で飛ぶのも気持ちよいが、やはり騎竜して大空を力強く巡るのはまた別の爽快感がある。
なにより、セリオスは俺の【竜翼魔法】より速度が段違いだ。
このスピードなら王都まで、およそ三日か四日だろう。
俺は王都のある方角を見つめる。
まだ薄紫色の空には、朝日が顔を出していない。
だが、静かに煌めく星々が、俺たちの旅立ちを祝福しているように思えた。




