2話 下級兵は王位を授ける
ええと、きみはラピュタル、ラピュタルでいいんだな?
とりあえず今が何年何月かわかったりするか?
『説、現在は世界がどのような暦で時を刻んでいるか定かではありません。しかし把握している最新の暦で計数すると……【星歴3015年】になるようです』
『私たち【神話を生む天空城】は約2000年ぶりに目覚めました』
星歴……確か星々の神々が信仰されていた、遥か昔の時代に使われていた旧暦だよな?
ええと王宮の学士連中の話じゃ【星歴】は2000年前に廃れて、俺たちが扱う【王歴】は1005年だったはずだから……俺が下級兵として死んで、約10年も経ってる!?
あれから10年も月日が流れていたとしたら、俺の祖国である【オルトリンデ聖王国】はとっくに帝国に滅ぼされた……?
俺が下級兵として最後に戦ったのは王都防衛戦だ。
王国は憎き帝国に国土の大半を占拠され、攻め込まれ続けた。そしていよいよ滅亡間際って最後の戦いで、俺は下級兵としての命を落とした……と思う。
ここまでは整理できる。
できるが、心までは整理しきれなかった。
10年、10年もあれば人は変わる。
そして国も世界も変わる。
当然あの様子では【オルトリンデ聖王国】は滅亡しただろう。
そして考えたくもないが仲間や友人、面倒を見ていた孤児院の子供たちもまた————
あは、あはははは……あんなに必死に守ろうとしていたものを、こうも呆気なく失うとは……。
かといって今更、復讐に走っても亡くなった者は戻ってこない。
戦場では復讐の狂気に駆られた者を何人も見たが、みなが凄惨な最期を遂げていた。
もちろん復讐に心を燃やしている間は、この寂しさや虚しさに目を背けていられるだろう。
でもそのあとは?
帝国民を殺し切った先に、何が待ち受けているのか。
それは虚無だ。
ただただ、空っぽになるだけだ。
そう、必死になって帝国兵を殺してきた今の俺のように。
次は軍人でもない帝国民に復讐の牙を向け、やり遂げたとして、より大きな虚無感が俺を支配するのは目に見えていた。
なんだか……疲れたな。
思えば伝説を夢見て、泥を啜る思いで剣を振り続けてきた。
大切な友人たちの役に立ちたくて、下級兵の職務を全うする日々は決して楽じゃなかった。
懸命に戦い抜いて、帝国兵に嘲笑われながら迎えた最後の日。
ようやく伝説に触れたと思えば、すでに守りたい者は失われてしまった今日。
そうだ、少し休もう……。
『説、でしたら私たちをより良くするのはいかがですか?』
『あなたは十分、他人に尽くしました。次は自分を大切にしても良いはずです』
おれ、たちを……?
ラピュタルの言葉は、不思議と荒んだ俺の心に染みた。
『説、【神話を生む天空城】は1日に1ポイントだけ【伝承ポイント】を獲得できます』
『【伝承ポイント】を使って私たちを修繕、進化させるのです』
確かにこの天空の城は……俺たちは長年の風化や劣化でボロボロだ。
そして放っておくにはもったいないほどの広大さを誇っている。
どのような原理かわからないが、王都の10倍はありそうな大地が空に浮遊していて、その上に巨城として俺たちが鎮座している。
伝承ポイントとやらで、できることはなんだ?
『説、施設の拡充や生命、物質の創造などです』
『2000年ほど稼働していなかったため、現在の保有ポイントは73万ポイントになります』
生命を創造できる?
もはや真実味が全くないお話に唖然としてしまう。
そして肝心のポイントが73万についても上手く想像できない。
多いのだろうか……? 少なくとも1日に1ポイントしか手に入らないのなら貴重なのかもしれない?
『説、【見守る者】が触れて、見て、知り、感じた伝承によって、1日に増えるポイント数は増幅します』
伝承を知れば増えるってことか?
『説、一言で表すなら『ワクワク』が重要かと』
ワクワク……。
確かにいい年して伝説や伝承には憧れていたから、そりゃあ伝説にお目にかかれたらワクワクするだろう。
ちなみに俺、たちは移動とかできないのか?
『説、【ビルドガチャ】の新機能を解放できれば可能です』
ビルドガチャ?
『伝承ポイントを10消費すると、ランダムで伝承にまつわる何かを創造できます』
『集めた伝承によってビルドガチャのアップデート、もしくは新たなガチャシリーズが解放されます』
『現在は【空に忘れ去られた古城】シリーズのみ解放されています』
『35%……【城の修繕】』
『30%……【巨神◼️の◎▼】の生成』
『20%……【古代¥・〜・人】の生成』
『9%……【影※王+】の生成』
『5%……【施設:千年書庫】の解放』
『1%……【起動:?????】が解放』
なるほどな。
モザイクだらけだが、そこは引いてのお楽しみってわけか。
そしてシリーズのタイトルから察するに、俺たちにまつわる伝承を生み出せるっぽい?
ランダム性なのはちょっとかゆいけど、それはそれで何が出るかワクワクもする。
とはいえ生物そのものを生成する項目は少しだけ不安だな……。
一体、どんな生物なんだ?
『説、現在は【王位】級の守護者をランダム生成できます』
んんんん……?
【王位】級だって?
世界にはだいたい格付けがある。それは武器だったり、生物だったりと、レア度や強さの指標みたいなものだ。
その中でも【王位】ってかなり上位というか、神の御使いレベルだよな?
いわゆる人間の王族だって、神から民を導く権利を賜った【王位】として格付けされていたし……。
そんな存在を簡単に生み出せるなんてにわかに信じられないぞ。
元下級兵の俺が知る限り、ランクはこのような序列になっている。
下から順に、
【下位】……一般レベル。
【中位】……いっぱしの経験者や、やや価値のある物。
【上位】……熟練者や、上質な物。
【希少位】……だいぶ希少価値のある者、物。
【冠位】……突然変異や強力な個体、各種族の長レベル。異名を持つほど強力な力を秘めた物。
【王位】……種の頂点に近い存在。他者を従属させるほどの者や物。
【英雄位】……王位並みの強さを持ち、偉大な功績や実績を残した者、物。
【伝承位】……伝承として語り継がれるレベル。
となっているはず。
『説、その上のランクも多数あります』
『多くの伝承に触れて機能を解放すれば、より上位の守護者も生成できます』
……どうやら世界は俺が思っていた以上に広いらしい。
と、とにかくまずは試しに1回だけやってみるか。
『伝承ポイント73万ポイント → 72万9990ポイント』
『【城の修繕】が発動』
『南の城壁の一部が修繕されました』
『ステータス防御+2になりました』
んん、心なしか少しだけ気分が良くなったな。
敢えて例えるなら小さな瘡蓋が完治したような感覚だ。
当然だけど自分を磨けば磨くほど体調がよくなっていくようなものか。
『修繕に伴い、城壁に伝う蔦や苔などを撤去しますか?』
撤去するとどうなるんだ?
『外見が美しくなります。各段に荘厳さが増すでしょう』
『ただ、【緑が芽吹く壁】といったモンスターの消失、および蔦や苔を拠り所とする【剣王虫ビートルソード】や【金鳴り屋】の巣や卵も撤去となります』
なるほど。
煌びやかな城にするのも確かに魅力的だけど、神秘的な廃墟っぽさを感じさせる城もそれはそれで趣があるだろう。
何より……俺みたいなクォータエルフなんて半端者や、多種多様な人種を受け入れてくれた王国の在り方だけでも継承したいと思った。
撤去は選択しない。
『やはり迷わず共生を選ぶのですね』
なんだ? 不満でもあるのか?
『説、いいえ。むしろ私、【浮遊する者】を自然に受け入れて共生の姿勢をとっていただけるのは嬉しいかぎりです。そして伝説を渇望する情熱も』
状況的にそうせざるを得ないってだけだけどな。
さて、修繕で防御力が上昇するってことは、外的要因に備える必要があるわけだ。帝国軍のように我が物顔で侵略してくる輩がいるかもしれない。
そもそも城だから、侵略者うんぬんの前に所有者がいないと話は始まらないだろうけど。
それに周囲には常に竜っぽいのが頻繁に飛んでるし、元下級兵からすると竜種ってのは絶大な力の象徴だ。
それこそ本当に王位や英雄位でないと対処しきれない、生物ヒエラルキーの頂点に近い。
もう少し、ガチャってやつを発動してみるか。
続けて俺は2回ほどビルドガチャを発動してみる。
『伝承ポイント72万9990 → 72万9970ポイント』
『【巨神兵の人形】、【影の王冠】が生成されました』
今回は守護者を引き当てられたようだ。
確かに城の中庭を見れば、立派なゴーレムと空中を浮遊する影が生じていた。
ゴーレムは3メル近い巨躯を誇り、俺が今まで見てきたどの魔法人形よりも屈強そうだ。
特に目を引くのはボディの材質で、見たこともない真っ白な金属が使われている。
『説、【巨神兵の人形】』
『巨神兵の模倣品。かつて【絶対神ゼウス】らが、巨神族との戦いにおいて対抗して創った魔導人形。ティターンズ戦争の際に用いられました』
話が壮大すぎて笑えない。
とはいえ巨神兵と言う割に3メルほどのサイズ感しかないのは、非常に小さく見える。俺が城だからってのもあるけど。
30%で生成できるからあまりレアな守護者じゃないだろうし、そもそも本当に【王位】なのかも疑わしい。
それよりもヤバそうなのは9%の【影の王冠】の方だ。
無形でありながら空中を彷徨う闇は、ドクドクと脈打つように広がっていた。そしてドパッと尖塔の一部を覆うほどの闇を走らせたかと思えば、中庭に小さく収束してみせたりと、なんとなく不気味に思えた。
というか【巨神兵の人形】がいつの間にか背中から羽らしき物を生やして、空中で闇と戯れてる。
『説、【影の王冠】』
『あらゆる物を喰らってきた闇の成れの果て。その王冠が授けるは類いまれなる叡智か、それとも永遠の死か。王冠がもたらす叡智に耐えきれぬ者が戴冠すれば、影に全てを奪われます』
うん、やっぱり怖い系の存在だった。
とはいえ強そうではあるし、【巨神兵の人形】よりレアっぽいから重宝したい。
何より俺がこの二体を生成したのには理由がある。
だから俺はそれぞれの守護者に考えを念じてみれば、その内容が断片的に伝わったようだ。
まず【巨神兵の人形】には『大地に降りて周辺を探れ』と『オルトリンデ聖王国の民を見つけたら守れ』の二つだ。
これ以上複雑な命令は施せないようで、少しだけもどかしい。
【影の王冠】より人への殺傷行為に走らなそうなので、このような思念を送ってみたけど、果たしてその結果は————
『ピーン、ポポーン、ピーン』
【巨神兵の人形】はちょっと変わった信号を発したかと思えば、のそのそと動き始めた。更に天空の大地の端っこまでたどり着くと、そのままダイブしてしまった。
え……?
この高さから普通に落ちていったぞ!?
飛ばなくて大丈夫なのか!?
『…………』
珍しくラピュタルも無言だったのでコレはやらかしたかもしれない。
守護者が無事であることを祈ろう。
そして【影の王冠】には、この城の……俺たちの『護衛』と『無闇に生物を殺すな』と伝えておく。
『グブブブブブ、グブブブ……』
意外にも【影の王冠】は快く俺の意思に沿った行動をしてくれ、城壁の影にスルリと入ってはその姿を潜ませてくれた。
それから数分後、城壁の一角にとまろうとした巨大な翼竜を、闇で即座に呑み込んだのを目撃して戦慄する。
んん……あんなに容易く竜種を撃滅しちゃうって、まさか本当に【王位】級なのか?
だとしたら【巨神兵の人形】も同じ?
もしかして俺って、とんでもない存在を地上に落としちゃったんじゃないか……?
『…………』
ラピュタルさん答えて!?
◇
ビルドガチャの詳細①
【城の修繕】
・ステータス防御+1~10。
・景観が良くなる。
・修繕の回数に応じて、風化してしまった様々な施設や機能が回復する。
【千年書庫】
・1日に1冊ずつ、世界のあらゆる知識や物語が記された本が追加される書庫。
・1000年経つと新書は追加されなくなる。