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19話 亡国の氷姫


 私の名はプリシラ・シュタイン・フローズメイデン。

 かつて北方の果てに栄えた【凍てつく青薔薇(フローズメイデン)の国】で、氷花を芽吹かせる王族の一人でした。

 元々は星教を信仰するアストロメリア王国の公爵家だったらしいのですが、星教が廃れて王国が滅びると同時に、多数の民を率いて建国したそうです。


 寒くて厳しい地だったけれど、美しかった。

 家族も民も温かった。

 どうしようもなく、そのぬくもりが忘れられないほどに……。


 でも南から来た野蛮人に、氷の花園は全てを焼かれ、そして溶かされました。

 平気で氷花を手折り、焼き払う野蛮人の憎らしい姿は今でも脳裏に焼き付いています。民や家族を容赦なく殺した野蛮人を、忘れられなかった。


 だから、ルナルがますたーと呼ぶ人物が……不意に花を手折った姿を見て、『ああ、この人もか』と思ってしまった。

 プロテアの花で私たち英雄を、奴隷紋から解放してくれたのは感謝しています。

 でも、その姿は花を燃やす野蛮人の姿と被ってしまった。


 他者の尊厳を踏みにじり、暴力に訴える者どもと同じに見えてしまったのです。



『プリシラッ! お前だけでも生きるんだ……!』


 私たちの王国が燃やされる間際、お父様は私を絶対に溶けない【霜古き氷牢(グレイシア)】に閉じ込めました。


 それからおそらく、数百年の時が流れ……。

 再び私が目覚めた時に思ったのは————

『どうして私だけを残したのか』と、ひどく空虚な気持ちに囚われました。


 大切な友達も国も全部なくなってしまったのに、どうして私だけ生きていないといけないのか。

 目覚めてすぐは何もかもがどうでもよくて、自暴自棄になって。

 なげやりに彷徨っていたら、運悪く奴隷商人なんかの目に留まって……帝国に売られて、英雄をしていました。


 野蛮な人たちと共に、野蛮な人々を殺して回った。

 ただただ何もかも、永久に凍てつかせてやりたかったのです。


 気付けば全てが投げやりだったのです。

 でも、今は何か……兆しのような、温かさを感じます。

 何かが違うと囁くのです。


 タリスマン様から燃やされた【花精霊(ドライアド)】の伝承を聞いて。

『美しいままに死にたい』と願う花茶の記憶を味わって。


「花は……どんな時でも美しいのにな」


 そんな風に優しい眼差しで花の記憶を継承するタリスマン様に、胸の奥がトクンと高鳴ります。

 今までの私の……無色な日々ですら、美しいと包み込んでくれるような、そんな安心感に動揺してしまいます。

 凍え続けた私の胸が、ゆっくりと溶かされてしまうような————



「え、プリシラさんもここに残りたい?」


「はい。ルナルやソレイユたちとも一緒にいたいので」


 なによりあなた様と、なんて言葉は揺れる花の影に隠しておきます。



「いや、まあ……【アーサー王の心臓】や【シグルズの絶鳴】を使って、安全な英雄生みができそうだって言ったら、ルナルもソレイユさんもやりたいって言って聞かないから……プリシラさんに二人の引率役をしてもらえたら助かるけど」


「お任せください」


 早く眠りにつきたいとばかり願っていた日々は終わろうとしています。

 私の長い長い冬眠は、ようやく明けました。





「そうか……帝国軍の所属に残った英雄は、全部で30名もいるのか」

「はい。奴隷紋からの解放を望む者は67名です」


 俺はプリシラさんの報告を受けつつ、現状を整理していく。


「プロテアの花は順次プリシラさんに渡すから、その辺の対応は任せてもいいかな?」

「はい。タリスマン様のご意向に反する元英雄に、プロテアを渡さないと断言いたします」


 秘密裏に、徐々に帝国の牙を抜く。

 それはだいぶ難しそうだけど、プリシラさん曰く【影の王冠(シャドーリッチ)】がいれば簡単らしい。


「しかし帝国に残った英雄たちの調律はどうするんだ?」


「それが……帝国が所有する【アーサー王の心臓】は完全に破壊されたものの、調律に必要な場である【シグルズの絶鳴】は半壊を免れたようでして、その機能性は失われていないようです」


「なるほどな……まあいいか」


【アーサー王の心臓】から神血を手に入れられない帝国は、すでに『英雄生み』の手段を失った。これは大幅な戦力の低下を招くと同時に、以前と比べ戦争を起こす姿勢も慎重にならざるを得ない。

 なにせ、『英雄』という名の兵器は補充が効かなくなったのだから。


「それではこっちの(・・・・)『英雄生み』についても進めてみるか」

「はい」


 俺がそう言うとプリシラさんはルナルやソレイユさんを呼びに行った。

 なんだかいつも俺の傍にいて、細やかな雑務をこなしてくれる彼女は秘書のようだ。


 俺たちはそれから【王城キャメロット】が建つ浮遊大地へと移動し、【十三騎士の円卓】へと入る。

 厳かな円形のテーブルにはそれぞれ13の椅子が並び、かつてアーサー王に忠誠を誓った騎士たちが座っていた場所だ。

 

 帝国には【王城キャメロット】や【十三騎士の円卓】はあるのかとプリシラさんに尋ねれば、このような施設は見たことがないと言っていたので、長い年月と共に【勇神アーサー】が残した神遺物(しんいぶつ)は【アーサー王の心臓】のみになってしまったのだろう。



「帝国の人工的に英雄を生む手法は、何も全てが間違っていたわけではない。ただ、正規の手順を踏んで、それにふわしい場さえ整っていれば……ルナルたちへの負担もそれほどひどくなかったのかもな……」


 俺の説明にルナルやソレイユさんは少しだけ暗い顔になる。

 二人は神血に適合できなかった孤児仲間の顔を思い浮かべているのかもしれない。しかしそんな二人だが、率先して俺の前に歩み出た。


「おねがい、ますたー。身体が今より安定するなら、ルナルで試して」

「私からもお願いします。私たちがこちらで、安定した神血の上塗りができたなら……奴隷紋から解放された英雄たちの苦しみも、終わらせられます」


「わかった。伝承によれば【アーサー王の心臓】から滴る神血を聖杯に入れ、それらをこの【十三騎士の円卓】で飲み干せばいいだけだ」


「その時は、ますたーに忠誠を誓う、大切」

「タリスマン様こそ、私たちを解放してくださった王に違いありません」


「いや、まあ。王に誓いを立てるって伝承にはあるが……別に俺じゃなくたっていい。自分の心こそが、自分の王であり女王だと、俺は思う」


「じゃあ、ルナルはルナルの心に従う。ますたーの力になりたい」

「私、ソレイユ・トリスも同じ気持ちです」


「二人がそこまで言うなら……」


 元下級兵のおっさんが王とかまるでふさわしくないけど、二人の気持ちを無下にはしたくない。

 だからこそ俺はできる限り神聖な気持ちで聖杯を取り、そして【アーサー王の心臓】から滴る神血を聖杯へと注いでいく。

 

 そして二人へ聖杯を渡せば、彼女たちは躊躇なく神血を飲みほした。

 するとルナルもソレイユさんも身体から淡い光を帯び、存在そのものの格が上がったと感じられた。

 さらには【十三騎士の円卓】の一席が仄かに輝き始めたので、何事かと訝しむ。


『説、ルナル・キアラ・ブラッディドールは【冠位(ネームド)】から【王位(キングス)】に進化を遂げました』

『ソレイユ・トリスは【希少位(レア)】から【王位(キングス)】に進化を遂げました』


『【施設:十三騎士の円卓】が【妖精騎士トリスタン】にふさわしき者を選定したようです』

『ソレイユ・トリスにトリスタンの襲名を授けてください。妖精族との親和性に特化した属性を獲得できます』


 ラピュタルの説明を聞いて、なるほどと思う。

 どうやら【施設:十三騎士の円卓】は相性の良い者に、それなりの力を授けるらしい。なので俺は、なるべく威厳のある喋り方でその旨を伝える。


「ソレイユ、さん……そなたは、えー……十三騎士の円卓に座る資格を得た。ゆえに、妖精騎士トリスタンを襲名するのを許す。この日より、ソレイユ・トリスタンと名乗るがよい」


「はい。身に余る光栄です!」

「……ん、ソレイユだけ、ずるい」


 すぐにルナルが不満をこぼしてくるが、元々ルナルは英雄としての力を備わっていたので、純粋な武力は互いに同じぐらいだと思う。

 むしろ戦闘を生業としない【調律者】のソレイユは、ルナルに比べて数段劣っていたのでここは安心してほしいところだ。


「これで二人はそろって【王位(キングス)】の力を賜ったんだ。お揃いだぞ?」


「おそろい……それは、うれしい! ますたーありがとう!」

「ふふっ。ルナルに守ってもらうばかりの私も今日で卒業ですね!」


「二人とも体調は大丈夫か?」


「んん、すごく元気! なんか生まれ変わった気分! 獣の声、優しくなった!」

「まだ経過観察は必要だと思いますが、とてもいい感じです!」


 はしゃぐ二人を見て、俺もプリシラさんも安堵する。

 それから二人は元気爆発のまま【シグルズの絶鳴】に向かうと言い出したので、俺たちは移動を繰り返した。


「もう調律は必要ないかもだけど、確認!」

「生まれ変わった私たちの力も確認したいです!」

 

 二人は朽ちた神殿を駆けあがり、空中庭園を全速力で駆け抜けていく。

 新しく手に入った力をよほど試したいのか、その姿は元気な子供そのものだ。

 そして二人が意気揚々と乗り込んだのは、鉄の竜樹がそびえる最上階の宝物領域。


「プリシラさん。ここは帝都にあった【シグルズの絶鳴】と似ているか?」

「竜樹が生えていたのは同じですが……金属製ではありませんでした……それに、ここまで広大で立派な神殿でもありません」


「そうか……おーい、ルナルにソレイユさん! あんまり竜樹に近づきすぎるなよー!」


「うわあ。帝都にあった【シグルズの絶鳴】は近づくたびに、気分が悪くなったけど、ここはなんか違う」

「竜樹も帝都に生えてた物より何倍もおっきい……ルナル、獣たちの声は聞こえる?」


「んー……白兎(しろうさぎ)の、うんん、かすかに? ソレイユは?」

「私は、なんだろう。動物たちの声より、何かこう、もっと始まりの、原初の囁きが聞こえるかも……」


 二人の様子を見つつ、俺は帝国の『英雄生み』の手順をプリシラさんに確認する。


「キミたちは【アーサー王の心臓】から神血を摂取し、体内に馴染ませて強靭な肉体を手に入れた。そして【シグルズの絶鳴】で、自分たちに合った動物の力を探したと言っていたね」


「はい。正確には自分たちに合う動物が見つかるまで、動物を殺し、その死体を捧げてきました」


「なるほど……鳥や獣の言葉を理解した【竜殺しのシグルズ】が死した場所で……シグルズの無念の残滓……いわば呪いのような力を活用していたのか」


「はい。自分に合う獣の力と、そしてソレに耐えうるだけの神血の力が合わさって、私たちは英雄と呼ばれていました……私の場合は白鳥、ですね」


 静かに左手を開いたプリシラさんは、同時に神血を解放したようだ。自らの背中から美しい羽を広げ、しかしその姿はひどく悲しみに満ちていた。


「……この翼で多くの戦場を羽ばたき、多くの人々を凍てつかせてきました」


 王国兵の俺からすると、かなり複雑な発言だった。

 突如として戦場の上空に、美しい白羽の天使が現れたと思えば……死の氷を芽吹かせる英雄なのだ。

 きっと彼女に殺された同胞もたくさんいたのだろう。ルナルのように戦場で遭遇していれば、仲間の仇にだってなっていたはず。


 だが、後悔の色を滲ませる彼女を見て、恨み言を口にする気にはなれない。

 もちろんかけてやる言葉もないが。



「竜樹のそば、お宝がたくさん」


「あっ、ルナル! タリスマン様が竜樹にはあまり近づいちゃダメって!」


 おっと。

 ちょっとプリシラさんに意識を向けた隙に、ルナルが鉄の竜樹に近づきすぎたようだ。

 あれは元々、ガチャシリーズから排出された【宝物:邪竜ファフニールの財宝】と【狂い鉄の竜樹】だから、俺はその特性を理解していた。

 なので安全は確保されているけど……うん、まあこの際だから身体で覚えてもらうか。


「——(なんじ)、【獣の宝具】を望むか」


【狂い鉄の竜樹】は財宝に近づく者に問いかける。

 先ほどまで数体の竜が絡み合うように、幹や枝を天に伸ばすだけの竜樹が、今や生物のようにその(あぎと)を二人に向ける。


 二人は竜樹の変貌に驚きつつも、俺の方を振り向く。

 俺が頷くと彼女たちはなぜか自信に満ちた表情で、竜樹を見上げた。


「ほしい、財宝」

「武器になるものってありますか?」


「よかろう。汝らが獣の声に耳を傾け、獣の匂いに鼻を湿らせ、獣の本能と共に歩めるか、我が呪いに耐えられるか見定めてやろう」


 そうして竜樹は三頭の竜に分かたれ、その剛腕を二人に振るった。

 それを寸でのところで躱したルナルとソレイユさん。

 どうやらここがどういう場所なのか理解したのかもしれない。


「帝国の竜樹がどうだったかは知らないが、本来【シグルズの絶鳴】は竜樹の課す試練を乗り越え、獣の力を我が物とする。無理やり獣を屈服させるのではなく、竜樹との戦いの最中で、自分に協力してくれる獣との共鳴が大事なんだ」


「それは……確かにそうですね。帝国のやり方は歪でした……」


「心配ないよ。ここの竜樹は挑戦者を殺さない程度に痛めつけるだけから。【純潔の看護兵】に待機を命じるよ」


 それから数分後、ルナルもソレイユさんも竜樹にコテンパンにされてしまった。

 本物の英雄への道のりは険しいものなのだ。




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