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18話 小さな伝承


「ふう、こんなもんかな」


 俺は今、浮遊大地の片隅で壮大なDIYをやりきった。

 目の前にあるのは、優しい黄緑の草々が生い茂った小さな丘だ。

 こんもりと牧歌的な風景で、その上には【竜星(りゅうせい)石】をレンガのように積み上げた二階建ての家がある。


「名付けて、『丘竜に乗っけた家』だな」


『説、【竜跡(りゅうせき)を残す丘の家】が完成しました』


 お、ラピュタル。

 そっちの方がしっくりくるか。


 なにせこの【竜跡(りゅうせき)を残す丘の家】は、のっそのっそと移動が可能な家なのだ。

 というのもガチャシリーズ【隷属魔法の王】で排出した【丘竜】の上に、家を建てちゃったのだ。

 

 ラピュタルの言う通り、まさに『竜が通った形跡や足跡を残す』家ってわけだ。



「この【丘竜】が色々な大地を巡って、気に入ったところがあれば根付いて、龍脈になるのか」

 

 いわば【丘竜】はかつて奴隷王スレイヴが隷属させた【大地の龍脈(アースガルド)】の卵みたいなものだ。

 かの奴隷王が【大地の龍脈(アースガルド)】の上に【龍脈の巨城都市(アースガルド・ホルン)】を築いたように、俺も小規模ながら真似させてもらった。


「なかなかいい出来栄えだろ? これでゆったり世界一周の旅とかしてみたいな」


『解析、【丘竜】は非常に温厚。歩くスピードも竜種にしては遅めです』

『一日の半分を寝て過ごす習性もあります』

『見ての通り、現在も本体が丸まり地面に潜る。丘そのものです』

『世界一周にはおそらく数千年の時を要するでしょう』


 まあ、そんなのんびりした旅路も悪くないんじゃないか?

 それに死の間際の翼竜が落とす【竜星石】の効果も家に反映されているのから、けっこう便利な機能もあるしなあ。


 そんな風にまったりラピュタルとの念話を楽しんでいると、不意にラピュタルから雑音が生じた。

 どうかしたのか?


『説、ルナル・キアラ・ブラッディドールが帰還したようです』

『【影の王冠(シャドーリッチ)】五体、【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】二体は無事のようです』

『他、【希少位(レア)】の少女が一名、【冠位(ネームド)】の少女が一名、同行しているようです』


「そうか。一人は多分、ソレイユって子だろう。もう一人は、危険人物じゃなければいいんだが……まあ、ちょうど【竜跡(りゅうせき)を残す丘の家】が出来上がったし、城の大広間で出迎えるよりはこっちで話し合う方がいいか?」


 俺は3人の少女たちを出迎えるべく、そそくさとお茶の準備を始めた。




 

竜跡(りゅうせき)を残す丘の家】には小さなウッドデッキもついていて、簡易的な円形の木テーブルと木椅子が四つある。

 全て古代樹から作ったので、かなり頑丈だし魔力伝導率も高い。


 なんてそんな豆知識を披露できる空気ではなく、俺は3人の少女たちと向き合う形で木椅子に座っていた。


「初めまして、ソレイユ・トリスです」

「プリシラ・シュタイン・フローズメイデンです」


 ルナルが連れてきたのは金髪金眼のソレイユさんと、銀髪碧眼(へきがん)のプリシラさんだった。二人ともかなりの美少女でソレイユさんがルナルと同じく13歳前後、プリシラさんが16歳ぐらいに見える。


「どうも、タリスマンだ」


 ひとまずは簡易的な自己紹介を互いに済ませ、それからルナルが口を開いた。


「ますたー、ソレイユたちをここに住まわせてもいい?」


 開口一番にそんな確認を取るということは、自分があまり良くないことをしたとわかっているらしい。

 なにせルナルには、この天空城の存在はなるべく秘匿しておきたいと、しっかり伝えてあったのだ。

 

「ルナル、その質問に答える前に説明するべきだろう? なぜソレイユ以外の人間をここに連れてきたんだ?」


「それは私から説明させてください、タリスマン様」


 プリシラさんはルナルを庇うように説明しだす。


「まずは此度の『英雄解放』、誠にありがとうございます」

「私からもありがとうございます」

「ルナルからも、ますたー、ありがとう。しっかりできた」


 三人が深々と頭を下げてくる。

 俺は静かに頷き、礼を受け入れる。


「タリスマン様はもうご存じかもしれませんが、私たち英雄には【獣堕(けものお)ち】といった現象があります」

「ルナルから聞いている。神血や獣の力が暴走して理性を失い、その命尽きるまで戦い続ける狂人になると」


 帝国は本当に惨すぎる。

 彼女たちを殺戮兵器として作ったのだろう……。


「【獣堕ち】は力を使い過ぎてもなりますし、定期的に【調律者】に調整してもらわないとなります」

「ソレイユがその【調律者】だったな」


 俺の指摘にソレイユが頷く。


「はい。ソレイユ以外の【調律者】は……『英雄機関』が倒壊しても、あそこから離れていません」

「それは残った英雄を調律しないと、英雄たちが【獣堕ち】してしまうから?」


「そうです」

「……とんだお人よしだな」


 俺の発言にソレイユの眉がピクリとするが、文句までは言ってこなかった。


「それで、ルナルがプリシラさんに天空城の存在をもらしていい理由とどう繋がる?」


「ルナルからプロテアの花をいただき、奴隷紋から解放されたのは私やソレイユを含め10名います。私は、その英雄たちの代表としてここに来ました。ルナルが言う、『ますたー』なる人物が本当に他の英雄にもプロテアを無償で譲渡してくれるのか……ルナルに調律の場である【シグルズの絶鳴】を破壊せよと命じた『ますたー』は、奴隷紋の解放を謳う一方で、私たち英雄に【獣堕ち】の未来しか残していないと……」


「なるほどな。簡単には信用できないか」


 プリシラさんは他の英雄たちの確認役みたいなものだろう。

 俺が信用できる人物なのか、そういう感じだ。


「はい。みな……経緯はそれぞれありますが、疑り深くなっています」


 それもそうか。

 強制的に人体実験をされて、幾多の苦しみを乗り越えたと思ったら、今度は戦場という名の地獄に放り込まれ続けたわけだ。


「それなら問題ない。しっかりと調律できる場所は創ってある」


「えっ?」


「【シグルズの絶鳴】だろ? 【アーサー王の心臓】もあるから、新たな英雄も作れるのか……? とにかくどちらの神遺物もあるぞ」


 3人とも驚愕しすぎて目が飛び出そうになっていた。

 美少女がそろってすごい表情になっているのは不覚にも笑ってしまいそうになったが、彼女たちにとっては死活問題に繋がる事案なので澄まし顔で堪える。

 

「こことは別の浮遊大地にあるから後ほどお見せしよう。正直、危険な英雄でなければ【シグルズの絶鳴】が建つ浮遊大地は、定期的に利用できるようにと思っていた」


 英雄たちにだけ秘密の巡回ルートを知らせ、【シグルズの絶鳴】神殿はルナルやソレイユさんに管理を任せてもいいかもしれない。


「えっ……」

「へ……」

「さすが、ますたー。すごい」


「ほ、本当ですか!? そ、それは感謝しかありません! これでルナルが【獣堕ち】しちゃう心配もなくなりました!」

「わ、私も……! 帝国の英雄たちを代表して! いいえ、もう英雄はやめるので、私たちみんなを代表して感謝いたします!」


 一気に表情が明るくなったところで、俺は三人に一息ついてもらおうと思う。

 ルナルもそうだが、ソレイユさんもプリシラさんもけっこうボロボロだ。

 きっと『英雄機関』では激しい戦闘が繰り広げられたのだろう。


「ひとまずはお茶にして、それから【シグルズの絶鳴】神殿に赴こうか」


 俺はウッドデッキからさっと出て、なんとなく周囲の【花精霊(ドライアド)】に耳を傾ける。

 千年書庫にあった【花園の姫君たち】と【竜樹の語り部】は、実は繋がっている伝承だ。俺はそれを知っているから、花たちの声みたいなものがなんとなく感じ取れるようになっていた。


「んん……風で(・・)、そうか……」


 俺は近くに咲いていた綺麗な花を何本か取っていく。

 それを見たルナルやソレイユさんは『一体、何をしているのだろう?』と訝し気な顔をする。

 そしてプリシラさんは先ほどまでの安堵しきった様子から一変して、眉尻を歪めた。

 あまり花を摘むといった行為を良く思っていないのかもしれない。


 しかし、俺はそんなのはお構いなしにテーブルへ茶器を並べていく。

 ちなみにこれらは天空の城の中に備え付けてあったもので、どれも一級品に見える。今回はなるべくシンプルなガラスのポットとティーカップを用意した。

 なぜガラス製にしたかと言えば、花から抽出されたティーの色が鮮やかに見え、香りや味だけでなく視覚的にも楽しめるからだ。


 それからガラスポットに水を入れ、【陽だまり魔法】の【太陽の(しずく)】を一滴落とす。太陽の熱さでポットの水は途端に温まり、そこへ摘んだ花を加える。

 すると少しずつ、少しずつ花から抽出された色味がポットの中に広がっていった。

 

 それは夜明け前の美しい青紫の空色だった。


 ここは標高が高く、若干の肌寒さを感じる。

 だからこそ温かな花茶(はなちゃ)を振る舞うのが良いだろう。

 

「さあ、フラワーティーだ。どうぞ」


「いただきます、ますたー」

「うわあ、香りがいいですね。落ち着きます」

「……いただき、ます」


 三者三様の反応を見せつつ、俺は花茶を口にする。

 うんうん、星空の下で眠りにつくような落ち着いた味だ。


「えっ、なに、この紅茶……?」

「んんん……これって、このお花の記憶!?」

「うそ……これは、花が感じた……星明りの味……雨の匂い……どうしてタリスマン様は、それを淹れられるのですか……?」


 一番食いついてきたのはプリシラさんだった。

 どうやら花に関して並々ならぬ想いがあるようで、彼女は少しだけ涙ぐんでいた。

 そこまで感動されてしまったら話すしかないだろう。



「昔、【花語りの少年】と呼ばれる人物がいてね」


 俺はみんなが飲んでいる花茶へ、さらにもう一つの花をそっと加える。

 すると今度はティーグラスの底から、夜明けが生じたように黄色が広がってゆく。

 宵空(よいぞら)に綺麗な朝日のグラデーションが加わったところで、俺は【花精霊(ドライアド)】と【花語りの少年】についての伝承を喋り始めた。


「普通の【花精霊(ドライアド)】は人間の目に見えないのは知っているかな?」

「はい。エルフは感知できるそうですが……」


 プリシラさんは俺の耳をチラっと見つつも模範解答をしてくれる。


「だが、ある時。強い魔力を持った【花精霊(ドライアド)】が生まれたんだ。その【花精霊(ドライアド)】は、人間が森や花を破壊するのをひどく憎んでいた」

「それは……自分の故郷が破壊されたら憎悪しますよね」


「だからその【花精霊(ドライアド)】は植物に宿り、美しい娘の姿になった。そして人間を誘い、植物の蔦や幹で絡め取り、養分にして殺していった」

「自衛的な捕食者となったわけですか。当然ですね」


「だが、【花精霊(ドライアド)】は不思議な少年と出会う。その少年は許せないことに、花を何本か手折っていたのだ」

「先ほどの……タリスマン様のように、ですか」


「激怒した【花精霊(ドライアド)】はもちろん、その少年を誘う。そして少年は喜んで応じたんだ。『ちょうどよかった、一緒に花茶を飲もう』ってね」

「もしかしてその花茶が……私たちが飲んだものと同じ……?」


「少年は『花茶を作るときは炎で熱した熱湯じゃダメなんだ。太陽で温めたお湯じゃないと』なんて、楽しそうにうんちく語る。そんな姿を見つめながら、【花精霊(ドライアド)】は花の最期を人間に飲まれるぐらいなら、自分が全部飲んでやると思い、少年が花茶を作り終えた途端に全て飲み干してしまった。そして全身に花の記憶が巡り、驚いた」


 そこまで俺が語れば、プリシラさんも察した。



「少年は『命が尽きかけた花の声に、記憶を託されるんだ』と不器用に笑う。そして『この子たちは風で折れていたから。枯れる前に、誰かに知ってほしかったって』」


「記憶の継承、ですね……」


「【花精霊(ドライアド)】はそこで思い出す。自分の起源を。自分は焼かれた花の記憶から生まれた精霊だと。だからこそ、少年に摘まれたのではなく、記憶を託した花の気持ちが理解できた。誰かに覚えてもらいたいと願うのは、自分も同じだと。この燻る憎悪の炎は消したくないと……他にも、他にもたくさんの大切な記憶があったと」


 ここまで語ると3人は、さっきよりも大切そうにフラワーティーへ口をつけてくれる。


「花の記憶を語る少年は、今。竜樹の語り部として成長を遂げた。【花精霊(ドライアド)】は少年の命を養分にしなかったのだ」


「では、タリスマン様が入れたこの花茶も……」


「そうだ。強風に折られてしまっていた。そして……『美しい時のままで死にたい』なんて声が聞こえてくるものだから……」


 枯れる前に摘み取った。

 そしてその美しい花の思い出を、みんなで味わいたかったのだ。



「花は……どんな時でも美しいのにな」


 俺たちは花の短い一生が、改めて美しさに溢れていると味わった。

 暖かな太陽の味も、風が運ぶ緑の匂いも、どれもが美味しかった。



「最近までの俺は『伝承』や『伝説』は物凄いことで、遠く偉大なものだとばかり思っていた」


 多くの王国兵から、『帝国の英雄』と恐れられた3人の少女たちを見回す。

 彼女たちは今、普通に俺の目の前にいて、花茶を楽しむ少女だった。


「伝説なんてのは、案外すぐ近くにあって。それはどんなに小さくとも、誰かを幸せにすることだってある」


 何のことはない道端に咲いている花にも。

 王国や帝国中に咲いているプロテアの花にも。

 誰か、大切な人と過ごす時間をくれる『伝説』になる。


 血に(まみ)れた世界しか知らなかった彼女たちは、嬉しそうに頷いた。

 今、三人揃って互いに微笑み合っている姿を見て思う。



「そういう小さな伝説もいいものだろう?」




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