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17話 月下に狂い咲く自由


「警戒! 警戒せよ! 『英雄機関』に賊が侵入した模様!」


 そんな警報が鳴り響いたのは、私が就寝して4時間25分が経った頃だった。

 辺りはまだ暗く、身体は睡眠を欲しているが致し方ない。

 私、【英雄番号02:ヘラクラス・オルドバーン】は仮にも『英雄機関』の防衛統括を任された身である。


「何事だ」

「はっ! 賊が英雄隔離塔を破壊し、多数の英雄を逃しているようです」


 バカな。

 ここから逃げたところで我々は定期的に調律を受けないと、遅かれ早かれ獣の囁きに呑まれ、【獣堕ち】するのがせいぜいだろうに。

 何も持たない者が英雄の力を手にできる、ここの何が不満なのだ?


「どのような賊だ?」

「そ、それが……『巨神タイタス』だと……」


「な、に……?」

「きょ、『巨神タイタス』が2体、視認されております」


 ここにきて、私は予想を遥かに上回る深刻な状況であると理解する。

【英雄番号03:ルルード・イディオラ】は……不遜な人物ではあったが【英雄王(イディオラ)】と呼ばれるほどの実力があった。

 そのイディオラを下した『巨神タイタス』が2体もいるだと?

 もはやいつ帝都が破壊されてもおかしくない戦力だ。


「……帝都を守護する英雄たちは何をやっていたのだ」


「それが目撃情報によりますと、奴らは影から忽然と姿を現したと……おそらく【英雄番号14:ウォールド・スミス】の防衛網を特殊な力で潜り抜けた模様です。また、賊の中には【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】らしき人物がいると」


「なん……だと……」


 あの娘、血迷ったのか?

 しかし賊の正体が【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】であれば対処は容易いだろう。

 むしろ何らかの方法で、彼女が『巨神タイタス』に見せかけている(・・・・・・・)線の方が濃厚だ。

 そう考えるとしっくりくるな。


『巨神タイタス』を2体も出してしまうところが、殺しにしか頭を使わなかった奴隷らしい浅はかな思考だ。

『巨神タイタス』などと、あのようなふざけた存在が複数いるなんてありえない。


「ひとまずの目標は【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】とする。現時点ですぐに動ける英雄は?」


「了解しました。英雄番号05、21でしたらいつでも出撃できます」


 ふむ。

 本当であれば前々から英雄番号07と戦いたがっていた、【英雄番号08:レガリア・エンペラドール】とやらせたかったが……致し方あるまい。


「ではすぐにその2名を招集し、賊に当たらせろ。さらに『奴隷紋』を発動して、逃げ出した英雄たちをできるだけ拘束しろ」

「了解しました!」


「万が一の事態に備え、私も出る」

「お、オルドバーン様もですか?」


「当然だ。帝都の奥深くにまで入ってこれた賊だ。何にせよ、実力があるには違いない。大事になる前に処理する」

「か、かしこまり、ました……!」


「なに、心配するな。しっかり『英雄機関』が倒壊しないよう立ち回るさ」


 私の出撃に怯える部下を安心させてやる。


「ふふ、久しぶりの実戦か。今宵は英雄番号07にちなんで、『第七大罪』で遊んでやろうか」





「おいおい、看守オルドバーンさんよお、俺の潜入スキルを上回る奴がいるらしいじゃん」


 招集した英雄二人は至極マイペースだった。

 一人は黒頭巾の男で【英雄番号21:ジャック・ザ・ゾディアック】。

 切り裂き魔として逮捕された彼は死刑囚となったが、神血実験に適合したので暗殺系統の英雄として収監している。


「オルドバーン中尉……眠いので、うるさい隣人を凍らせてもいいです?」


 ジャックを煩わしそうに睨むのは、蒼銀の長髪をなびかせる絶世の美少女。

【英雄番号05:プリシラ・ローゼシュタイン】。

 彼女は亡国の王族と謎めいた肩書きを持つが、結局は奴隷商に高値をつけられただけの女だ。たまたま高い魔力適正が目に留まり、神血に適合したので英雄をさせている。


「両名とも任務から帰ってきたばかりで疲れているだろう」


 しかし、任務帰りだからこそ英雄隔離塔にいなかったので、こちら側で任務を遂行できるわけだ。


「んなことはどうでもいいんだよ。天下の『英雄機関』を襲撃するなんざ頭トチ狂ってんだろ。俺より暗殺に秀でた奴か確認してえ、殺してえ」

「早く任務を終わらせて、寝たいです」


「賊は【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】だ。自身の血や、周囲の血を武器に変える【血戦(けっせん)魔法】の使い手でもある」


「へえ。負傷したら終わりってやつか? 傷口から体内の血液も操作できんなら終了だろ?」

「確か07はそこまでの力は有していないはずです。そんな彼女が単独で、どうしてそのような暴挙に……」


「単独ではない。報告によれば『巨神タイタス』の模造品と行動を共にしている。今は中隊規模の帝国兵が彼女に応戦しているようだが、兵たちの全滅は時間の問題だろう。ゆえに我々の————」


 そこで私は現状報告をやめた。

 なにやら外が騒がしいと感じた刹那、膨大な殺気を感じて臨戦態勢を取る。


「きゃはははっ、まさか07のやつぅ、あっちから来たってかああ!?」

「仕方ありませんね……【凍てつく花羽織(フローズ・メイル)】」


 21の発言は的を得ていた。

 同時に私は自分の予測の甘さを痛感する。


 英雄隔離塔から距離のある司令部にまで強襲をしかけるなどと……常に意思なき殺人人形の07らしい思考ではない。


 いや、そもそも英雄隔離塔へ強襲する時点で何者かの思想を植え付けられ……人形のごとく操られているのか。

 となると、この奇襲の指令格は『巨神タイタス』の模造品か?


 司令部が破壊され倒壊するのを尻目に、私は落ちて来る瓦礫を対処しながら外に躍り出た。

 そして目にしたのは、高さ5メルほどの『巨神タイタス』の肩に乗った07の姿だ。本物の『巨神タイタス』であれば、その巨体は山にも届くとの報告を受けている。

 であるならば目の前にいるゴーレムはやはりレプリカ、もしくは別物なのだろう。所詮は07のごとく欠陥品か。

 そう、奴らは欠陥品の集まりなのだ。そう思うと少しだけ奴らに同情を覚えかねな……おや?


 もう一体の『巨神タイタス』は司令部への破壊行動を続けていて、こちらには目もくれていないじゃないか。

 

 舐められたものだな。

 私は【罪の聖杖】を握りしめ、己が神血を解放する。


「第七の大罪————【色欲の山羊アスモデウス】」


 私の性欲が、支配欲が、破壊欲が、膨張してゆく。

 私の筋力が、身体が、誇り高き双角が、際限なく肥大してゆく。

 瞬時にして視点が8メルほど上がり、『巨神タイタス』の模造品を上回る体格になった私は双角を振るう。


 相手が生物であるならば、色狂いになるほど性欲が爆発するフェロモンが発せられる。

 戦場でこれを発動すると大抵の兵士たちは戦うのを忘れ、その場で互いを相手におぞましい行為にふけるのだが……効果は、ないか。


 ならば純粋な力で押し潰すべく突進すればいい。

 さあ、私の双角に貫かれ、完膚なきまでに————



「ガッ……」


 双角が模造品のボディを貫いた、そう思った瞬間。

 私は上から激しく頭を叩かれ、そして地面に伏しいていた。


「ナニ……ガ……?」


 急いで上を見れば、先ほどより数倍は巨大化した『巨神タイタス』の模造品が、静かに私を見下ろしているではないか。

 さらにその肩にはいつの間にか07番がいて、同じく私を見下ろしていた。


 背後の月に相まってそれはひどく神秘的な光景に見え、同時に格下であるはずの07が、私を見下ろすなどあってはならない。

 私は憤怒に駆られ、さらなる神血を解放する。


「第三の大罪————【憤怒の大熊アモン】」


 私の口から怒りの雄叫びが燃え上がり、その怒りが私を獰猛な大熊に変化させる。色欲の山羊より圧倒的な殺傷能力を誇るこの形態であれば、たとえ巨躯さで見劣りしようとも、ねじ伏せてみせ————


「ギャッ……」


 

 しかしまたしてもおかしなことに、地面に顔面をめり込ませていたのは私の方だった。


 おかしい、おかしいぞ?

 私は【英雄番号02:ヘラクラス・オルドバーン】。


半神の大罪王(オルドバーン)』とまで恐れられた英雄中の英雄であるこの私がッ。

 まるで赤子のように弄ばれている?


 そんな馬鹿な!

 ええい、21と05は何をしている!?

 私がこれほどの強敵と相対しているのに、奴らは一体何を————



「う、あ……やめ、やめて、くれ……闇が、来るなぁッ……!」


「面倒ですね……【氷花の戦陣(フロスアルマ)】」


 21番は無限にも思える闇そのものに呑み込まれつつあった。

 そして05番は自身の周囲に、無数の氷武器を咲かせて闇をどうにか振り払おうとしていた。


 なんだ、一体何が起きている?

 そんな私の疑問に答えたのは、格下であるはずの07だった。


「帝国の『英雄』から、『奴隷紋』から、解放されたい人はいる?」


 07の言葉に私を含め、全員が制止した。

 同時に敵の攻撃も止み、わずかな空白が生まれる。


「奴隷紋を無効化できるアイテムは残り1つだけ。欲しい人、いる?」


 奴隷紋から解放されるだと……?

 にわかに信じがたい言葉に、私は07が狂ってしまったのだと悟った。


 だからこのような暴挙に出たに違いない。

 しかしそんなこともわからぬ馬鹿が、英雄ともあろう我々の中にはいた。



「ど、奴隷紋から解放してくれええ! 俺がっ、俺がっ! もう兵士と戦うなんざゴメンだぜ! 俺はもっとか弱い市民を、女子供を切り裂くのが好きなんだ! 解放されたいいいい!」


「私は……英雄も、奴隷も、したくない……ひっそりと静かに、暮らしたい……」


 21も05も誉高き帝国英雄であるはずなのに、いとも容易く狂った07の言葉にすがりついた。

 私だけが屈せず、そして立ち向かう他なかった。

 しかし、私は『巨神タイタス』の両腕によって上から押さえつけられ、その信じられない馬鹿力から抜け出せずにいた。


「ぐぬううう……【怠惰な獣ベルフェゴール】」


 あらゆる衝撃を受け止める柔軟なナマケモノの姿に変化しても、『巨神タイタス』の剛腕からすり抜けることができず……ただただもがき続けるしかなかった。

 私が無様な姿を晒すなか、07は無防備にも『巨神タイタス』の肩から降りて05へと近寄っていくではないか。



「じゃあ、えっと蒼銀髪の人……この花を食べて」


「えっ? あ、はい……」


 07は05へどこにでも生えている花を手渡す。

 それを見て私はバカバカしくなった。自分がこんな状況でなければ大いに笑っていただろう。

 何せ07が持っていたのは、どこにでも生えているような花だったからだ。

 そんな物で奴隷紋が消えるはずもなかろうにッ!



「あ、本当に……奴隷紋が消えました」


「えっ?」


 私はにわかに信じられなかった。

 しかし、確かに05の右手の甲に刻まれていた奴隷紋は綺麗さっぱり消えているではないか!


「俺にもッ、俺にもぐれええええッ!」


 それを目撃した21は闇に囚われたまま叫びだす。

 しかしそんな様子を07は驚くほど冷たい眼差しで見据えた。


「あなたは……ますたーの言う『危険人物』だと思う」


「あぁ!?」


「やっていいよ、【影の王冠(シャドーリッチ)】」


 07が蠢く闇にそう言えば、21は跡形もなく闇に吸い込まれ消えていった。

 私も05もその異様な光景に驚愕するが、07はふと05に何事もなかったかのように話しかける。


「英雄隔離塔の方でまだ戦ってるのは、奴隷紋から解放された英雄たち。貴女も参戦する?」

「え、えっと……私が帝国兵と……?」


「うん。あそこの帝国兵には、今まで散々な扱いを受けたでしょ?」

「それは……」


「どっちでもいいと思う。貴女はもう自由。でもルナルの邪魔だけはしないで」


 馬鹿な。

 奴隷紋からの解放がありえるなんて、じゃあ私が今まで積み上げてきた……諦めてきたものはなんだったんだ……?


「【英雄番号02:ヘラクラス・オルドバーン】。他のみんなにも伝えて。奴隷紋を消したかったら、【フリューク湖畔街】近くの『動く城』に来てって」


「な、に……?」


「あと、調律もできると思うから。それじゃあ」


「待て! まさか貴様、【調律者】まで解放したのか!?」


「うん。残るって【調律者】もいたから全員じゃないけど」


「なっ……07、貴様の目的は一体————」


 しかし07は伝えることは十分伝えきったと、明後日の方へ顔を向けた。そして私は、彼女がどの方角を見てるのか理解して、戦慄する。


「まさか、貴様ッ、英雄の解放だけでなく……神遺物の強奪まで目論んでいるのか!?」


 彼女の視線の先には『英雄機関』の根幹をなす【アーサー王の心臓】と【シグルズの絶鳴】の方角だった。

 神血が滴り続ける心臓も、獣の力と共鳴できる神域も、英雄を生み出すための重要施設だ。


 私が止める間もなく、『巨神タイタス』はさらなる巨大化を果たし、帝国が長年築き上げてきた『英雄生み』の全てプチっと潰してしまった。

 

 ————まるで虫ケラを踏みつぶすかのように。


 紅い月が浮かぶ夜空を背景に、【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】が巨神を従える姿は……まさに神話のそれであった。


 人間ごときが生み出す、『歪な英雄の時代』に終わりを告げたのだ。

 この日、帝国は永遠に『英雄生み』の術を失った。




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