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15話 奴隷の英雄


 俺は瀕死の【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】を見下ろしながら、静かに握りしめた拳を開いた。

 それからそっと彼女を抱き上げる。


「うっ……う……」


 ほとんど意識のない血塗れの彼女は非常に軽かった。

 一体、こんな小さな身体のどこに大剣を振り回す力があるのか。


 ラピュタル、近くまで来ているか?


『説、近くの上空に待機しています』


 夜空を見上げれば、確かに月光をうっすらと覆う闇色の雲が広がっていた。

 そしてその巨大な雲の影から、荘厳な天空城が姿をゆっくりと現し始めている。

 近くの住民が発見したら、まさに伝説を見たと大騒ぎするぐらいには神々しい。


 しかし面倒はごめんなので、すぐさま上空に移動しよう。

【血の英雄】は無力化したし問題はない。


『殺さないのですね』


 ああ、ただ殺すよりも有益な情報を吐いてもらう予定だ。

 こいつには聞きたいことが山ほどあるし、殺すよりも有用に使った方がいい。


『説、新たなる伝承を検知しました』

『分析……どうやら彼女は現代に語られる伝承のようです』

『検索……千年書庫より関連書物、【ペンドグラム帝国の祖】、【勇神アーサー】、【竜殺しのシグルズ】の三冊を確認……』


 仮にも英雄と呼ばれていた少女だし、そりゃあ伝承の一つや二つと関連性はあるか。

 これが憎い相手じゃなければどれほど心躍っていたか。

 なにせ伝承ご本人とのご対面だしな。

 俺はひとまず、彼女やその周囲の伝承を紐解いていく。


 そして知れば知るほど、彼女にまつわる伝承は血に塗れた胸糞悪い内容だった。


「そうか……『奴隷紋』を刻まれて、戦わされていたんだな……」


 少年兵や少女兵には孤児が多いと聞いたが、まさか帝国がこれほど不安定で危険な実験を繰り返して、『英雄生み』をしていたとは。

 何百人もの子供たちが神血を無理やり注ぎこまれ、適合できない者を廃棄する。

 その事実に吐き気を催した。


 ローハンを殺した彼女を許すつもりはないが……彼女もまた、憎しみの連鎖に絡め囚われた被害者の一人だと悟る。


「戦争は……どうしようもない悲しみしか生まないな……」


 俺は複雑な気持ちで彼女を抱きしめたまま、天空城へと帰還した。


 そのままボロボロになった彼女を見つめ―—

 復讐で振るった拳の、後味の悪さを噛みしめる。


 予想通り、復讐を果たしたところで胸の内が晴れることはまるでなかった。





【純潔の看護兵】たちに【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】の治療を任せて一日が経った。

 俺と相対した彼女はすっかり体調が良くなっている様子だ。しかし、その警戒心を解くはずもなく、覇気の失った瞳でこちらを訝しむように見つめていた。


「どうして……生かした?」

「当然の質問だな。まずお前から帝国の事情を詳しく知りたくてな」


「話せない……縛られている……」

「背中に刻まれた『奴隷紋』か。もしそれを無効化できると言ったら?」


 俺の言葉に彼女は一瞬だけ驚きの表情に染まるが、すぐにそんなエサをぶら下げても無駄だと首を振った。


「……期待するのは、もうやめた」


 俺の誘いに乗るのが嫌だったのではなく、どうやら幾度となく希望を抱いて裏切られた経緯があるのだろう。

 そんな彼女の答えに同情の余地はあるが……ローハンを殺した事実は変わらない。



「王国を滅ぼしたお前に、希望を抱いてほしいわけじゃない。ただ、有益な存在であれば生かしてやると言っているだけだ」


「……?」


 そこで彼女は何が不思議だったのか首を傾げる。


「王国は滅んでない」

「なに?」


「オルトリンデ聖王国のこと?」

「そうだ、嘘をついても無駄だぞ。オルトリンデ聖王国がすでに存在しないことは確認済みだ」


「……確かにオルトリンデ聖王国はなくなった?」

「帝国の英雄は人死に興味がないのか? お前が攻めて、お前が滅ぼした国だろう」


「王国は滅んでない。グランドタイタス聖王国って新しい王国を建国した」

「え……な、なんて!?」


 それから彼女の口から語られる内容はにわかに信じられない話ばかりだった。

 

「それじゃあ、あれか……突然、巨神が現れて王国は救われたってのか……? まるで奇跡、神話じゃないか……」

「うん。ここも奇跡にあふれてる」


 嘘を言っているようにはまるで思えないので、俺は急いで探索経験のある【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】を何体か呼び出す。

 それから『グランドタイタス聖王国』があるかと問えば、そのような国名や勢力は確かにあると答えてきた。


 生前の俺が知る限り、周辺諸国にそんな国はなかった。

 つまり彼女が言っていた、オルトリンデ聖王国がグランドタイタス聖王国に生まれ変わったのは事実らしい。


 そうなると、孤児院の子供たちもッ!

 戦友たちだってまだ生きているかもしれない!


「情報に感謝する」

「別に……誰もが知ってる情報」


 おおう……【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】は機動力に長けていて、パワーも抜群だけど、なんというか情報の共有みたいのは聞かれないと答えられないのが玉に(きず)だよな……。


 ただ王国がまだ健在なら話は変わってくるぞ。

 王国にとって帝国の『英雄生み』は未だに脅威だろう。それなら彼女を通して『英雄機関』を潰せるんじゃないだろうか?

 もう二度と、あんな戦争を生み出さないためにも……それが彼女に与える贖罪でいい気がする。


「……帰れるの?」

「帰りたいのか? あんな実験施設に」


「……うん」

「ソレイユ、だったか。その人物がいるからか?」


 俺がソレイユと口に出せば、彼女はひどく動揺して敵愾心を見せてきた。

 しかし彼女は歴戦の戦士だけあって、すぐさま冷静にその殺気を収めた。なにせ周囲には数体の【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】がいるし、彼女は俺に敗北したばかりだ。


「【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】、お前が『英雄機関』を破壊すると約束できるなら、その奴隷紋を解除してやってもいい。もちろん、ソレイユとやらを一緒に連れてくるのも許可する」

「ここは……安全?」


「見ての通りだ。お前の言葉を借りるなら、奇跡に溢れているんだろう?」

「……確かに。わかった、言う通りにする」


「よし、じゃあ俺について来てくれ」

「はい」


 それから俺たちは天空城から再び、地上へと降り立った。

血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】は【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】にお姫様抱っこされながらの滑空である。


「は、わ……すごい……」


 初の飛行体験に驚いているのか、それとも改めて天空城の荘厳な外観に感動しているのかは定かではなかった。

 ただ、彼女の横顔は年相応の驚きに満ちた少女だった……。


 飛行からしばらくして着地したのは、【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】と遭遇した【大地の龍脈(アースガルド)】に残った城下町の廃墟だ。


「ここはかつて【奴隷王スレイヴ】が治めた王都だ。巨大な龍の上にそびえ立っている」

「す、すごい……」


 俺は廃墟を散策しながら、どこにでも咲いている野花に触れる。

 その赤に近いオレンジ色の花を一輪摘んで、彼女に見せた。


「この花の名前を知っているか?」

「知らない」


「プロテアだ。帝国や王国のそこらじゅうに生えている何の変哲もない花だ」

「見たことはある」



 かつて【奴隷王スレイヴ】は自身の臣下に世界中を侵略させ、次々と隷属させていった。

 まさに悪辣非道の奴隷王として語られたが……その実態は違った。



「この花はな、【奴隷王スレイヴ】が奴隷紋を刻んだ臣下が死ぬと咲いた花だ」


「奴隷たちの花?」


「そうだ。そしてこの花は、奴隷紋から解放する秘薬にもなる。いや、正確にはなっていた(・・・・・)、だな」


「こんな、どこにでも生えている花が……?」


「もちろん今は何世代にも渡ってしまったため、時と共に奴隷王が施した魔力は失われている」


 それでも。


「奴隷王は世界へ奴隷解放の種子をバラまき、臣下もそれを理解し、喜び勇んで戦死していったんだ」


 今、各地で咲き誇っているプロテアはその名残りだった。

 奴隷王スレイヴは、本気で世界から奴隷をなくそうと侵略戦争に挑んだのだろう。


「じゃあやっぱり、このプロテアはただの花?」


「そうでもない。奴隷王と同じ魔力を刻める者がいれば……この花を口にするだけで奴隷紋は砕け散る」


 そして俺は千年書庫にあった【奴隷王】を読み、彼女が療養している間にガチャシリーズ【隷属魔法の王】を何十回も回している。

 その中にはもちろん【起動:隷属魔法】は存在していて、習得済みである。


「———【隷属魔法Lv5】——【(なんじ)、解放されよ】」


 俺がプロテアに魔法を施せば、花は美しい煌めきを纏う。


「さあ、この花を口にするといい」


 おずおずと赤い花を受け取る【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】。その顔には抑えきれない期待と、喜びが見え隠れてしていて……戦場で見かけた無表情な彼女とは大違いだった。

 本来であれば、一輪の花を手に取って喜ぶような少女だったのかもしれない。


「……プロテアの花言葉を知っているか?」


 帝国に自由を奪われ、殺人(えいゆう)を強いられ続けた少女は首を横に振る。

 そして遠慮がちに、小さな口ではむっと花弁をくわえ始めた。



「『自由』だ」


 彼女が今、口にしているのは——

 自由を貫いて、力尽き、土に還って根付いた……花々の伝承だった。



「どんな環境でも、自分らしく咲く。そんな花だ」


「自由……自分らしく……していいの?」


 そんなことに疑問を抱く少女を見て、俺は悲しさを押し隠した。

 戦争が生んだ悲劇はなくならないけど、今を生きる俺たちは変わっていける。


「俺の名はレジェンド・ソルジャス・タリスマンだ」


「……ルナルは……ルナル・キアラ・ブラッディドール」


 そう名乗る少女から、奴隷紋の気配は消え去っていた。

 

「……ますたー、ありがとう」


 ルナルは出会ってから初めて、笑顔を咲かせた。







拙作をお読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価★★★★★など、

とっても執筆の励みになっております!


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