14話 血戦
「検問つぎぃ! 貴様の番だ!」
俺が初めて【オルトリンデ聖王国】の門戸を叩いた時は驚愕したものだった。
まず王都に入るまでの長蛇の列には多種多様な種族が見受けられた。
【鉄打ち人】や【岩飾りの娘】などもいれば【竜人】なんかもいた。
また、顔を合わせた途端に大ゲンカをするので有名な【猫鳴き楽団族】や【犬吠え族】も、互いに大人しく並んでいるので信じられなかった。
「おい! 次はエルフの兄ちゃんの番だぞ!」
「あっ、はい」
門番の兵士に呼ばれた俺は、なぜか他の人とは違って検問室にまで招かれた。
「へえ、お前さんは【白き冬森】の出身か……遠路はるばるよく来たな」
「王国はエルフにも門戸を開いているとお聞きして」
「ふぅん。しかしあそこは【雪厳王】が治めている森だろ? 人間や【鉄打ち人】嫌いの」
「はい」
当時、北の【白き冬森の雪厳王】は、【鉄打ち人】と【永劫にひしめく霜石玉髄】という魔石の所有権を巡って敵対していた。
いわば戦争の一歩手前で、両者の中立を保っていた【オルトリンデ聖王国】を冬森は蔑視していた。なぜエルフの肩を持たないのか、なぜ事の重要性がわからないのか、やはり人間は愚かだと。
「それで兄ちゃん、えーっとレジェンド・ソルジャス殿は冒険者稼業をしながら各都市を点々と回っている、ねえ……」
検問兵は俺に疑いの眼差しを向けてくる。
なるほど、俺を【白き冬森】からのスパイか何かだと思っているのか。
「失礼を承知で聞くんだが、エルフってのは魔法に長けた種族だろ? それがソルジャス殿はどうして低級冒険者なんだ?」
身分を偽るために、冒険者登録を最近したのではないかと疑われているようだ。
「検問兵さん。俺はエルフって言っても、四分の一しかエルフの血が入っていない、【薄れた草人】なんです。魔力も弱いし、筋力も低い。それに【白き冬森】での待遇は良くありませんでした。俺のように……【森友】になれない者には差別的とも言えます」
「気位の高いエルフさんの所じゃ珍しくもなさそうだが……なるほど、それで王国に来たと」
「はい」
「しかしなあ……最近じゃ南の【輝き森】のエルフたちも、きな臭い動きをしてるしなあ……」
「【輝き森の宝石女王】は、確かに人族との戦争を視野に入れたご意思があるようですね……」
「それに先日も、兄ちゃんと同じようなことを言ってたハーフエルフの野郎がドワーフ共と揉めてなあ……悪いが兄ちゃんを入れるのは難しいかもなあ」
これは……タイミングが悪かったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせ王都入りは断念しようとした瞬間、ピッチリと茶髪を整えた兵士が乱入してきた。
「おうおう、こいつが王都に入ろうってエルフさんか」
「ああ、ローハン中級兵殿」
「ふぅん……」
そいつは検問兵より立場が上なのか、不躾な態度で俺をじっくりとねめつけた。
「こいつなら大丈夫だろう。ガス検問兵、こいつの王都入りを許可する」
「やっ、しかし!?」
「わかったわかった。何かあったら、このローハン中級兵が責任を持つ。ついでにこいつの王都案内も買って出てやるよ」
「それなら、まあ……はい」
「よし、決まりだ! 俺はローハン、ローハン・クラエス中級兵だ」
「は、はあ……ありがとうございます。俺はレジェンド・ソルジャスです」
「よっしゃ! 王都の見回りなんて飽き飽きだったからサボるのにはちょうどいい! いやっ、これも立派な移民案内だな! さあ、俺についてこいソルジャス! 美味い酒場を教えてやる!」
なんとローハン中級兵とやらは、職務を放棄するダシに俺を使ったようだ。
この時の俺は、王国の治安は大丈夫なのか? と疑念を抱いたものだが、兵士が白昼堂々サボれるぐらいには王都の治安は良好だった。
それから俺たちはあれよあれよという間に、美味い酒場で真昼間から酒をかっくらった。
ローハンが豪語する通り、王都の酒も料理も絶品で内心では感動していた。
「へえ、レジスゥ……お前も俺と同じく大変だったんだなあ!」
「いや、ローハン……お前の失恋話と俺の故郷での差別を一緒にしないでほしい……あとさりげなく愛称で呼ぶのはやめてくれ……」
全く隣で泥酔した男さえいなければ、落ち着いて料理を楽しめるのに。
なんて思う反面、見ず知らずの俺を酒場に案内してくれ、ご馳走までしてくれるのだからコイツはいい奴なのだろう。
「うっせえぞレジス! 俺のヤケ酒にもっと付き合え! 二軒目いくぞ!」
ローハンは強引に俺を引き寄せる。
だが、俺は不思議と不快ではなかった。
むしろ―—
「レジス! 俺が、俺たちが! ここがお前の故郷と呼ばせてやるよ。王国へようこそ、歓迎するぜ!」
これがローハンと俺の出会いだった。
この時の俺は、まさか数年後に彼が結婚して……そして彼の死後、彼の娘の後見人になるだなんて夢にも思っていなかった。
◇
親友ローハンの命を奪った怨敵が、帝国の英雄がすぐ近くにいる。
その事実はどうしようもなく俺を復讐に駆り立てた。
『説、新たな追加戦力を投入しますか?』
いや……いい。
あいつは俺の手で殺してやりたい。
『かしこまりました』
『確認です。戦力分析において冷静ですか?』
【血濡れた月の人形姫】の格は【冠位】だ。
この場には彼女より上の【王位】級が五体もいるし、今の俺なら……きっと血の英雄にも引けを取らないはずだ。
『了解しました。こちらが過剰戦力のようですが、万が一に備えて上空で臨戦態勢に入ります』
助かる。
『今回は伝承に触れるのは断念しますか?』
……それもそれで癪に障る。
さっきまでの高揚感を返してほしいぐらいだ。
怨敵のせいで生まれ変わった俺の楽しみを奪われるなんて、奴らはどれだけ俺から奪えば気が済むのか。
そう思えば意地でも、この朽ちた巨城の伝承を追いたくなった。
俺は怨敵への復讐と、伝承を探るのを並行してやると決める。
敵の位置は把握しているのだからしばらく泳がせておこう。それよりまずは、【大地の龍脈】にまつわる書物、【奴隷王】に意識を伸ばす。
なになに……【奴隷王スレイヴ】は虐げられし奴隷たちを率いて、世界に反旗を翻した人物なのか。
誰よりも身を粉にして、奴隷民たちのために戦い続けた王らしい。
さらに『奴隷紋』を駆使して敵を隷属させる強力なスキルを持ち、数々の植民地を築いた史上最悪の侵略王らしい。
最終的には【大地の龍脈】すらも隷属させて、俺たちが今いる【龍脈の巨城都市】を拠点にしたそうだ。
「奴隷の解放を謳っていながら、隷属を迫った侵略王か。矛盾しているな……」
俺は当時の奴隷民が、この巨城跡で生活していた様子を夢想しながら歩く。
そして触れる。
子供のおもちゃの残骸に。
龍の上に敷かれた石畳の道や、築かれた石壁に。
そして路地裏に紅く咲き乱れるプロテアの花に。
「ん、いや、そういうことか……」
本だけではわからなかった事実が見えてきて、俺は自然と顔が綻んだ。
「ぐぶぶ……ぐぶ……」
伝承が紐解かれるいいところなのに、【影の王冠】から不穏な知らせが入る。
それは先ほどの【巨神兵の人形】の着地音を察知した帝国兵が近くまで迫ってきているとのことだ。
伝承を楽しむのはどうやらここまでのようだ。
俺は帝国兵を待ち構えるべく、一体だけ【巨神兵の人形】を表通りの中央に残し、あとのみんなは身を潜ませるように指示する。
帝国兵との市街地戦は……嫌でも戦争を思い出させてくれる。
破壊されていった街並みも。
亡くなっていった戦友たちの顔も。
俺は膨れ上がる憎悪と裏腹に、敵を息をひそめて敵を待つ。
しばらくすれば【影の王冠】から、周辺の影に隠れて【巨神兵の人形】の様子を伺う者たちの気配を共有してもらう。
さすがにあちらも警戒しているのか、すぐゴーレムに襲いかかる気配はない。
それどころかひどく消極的な動きをしているようで、まさかの即時撤退に移行し始めた。
「————逃すな、やれ」
俺は【影の王冠】に影からの奇襲を命じた。
そして【血濡れた月の人形姫】だけは生かすようにとも。
「ぎゃっ!?」
「なっ、なんだ!?」
「や、闇がッ……迫ってくる!?」
「静かに! 『巨神タイタス』にこちらの位置を把握されては——」
【影の王冠】の奇襲は瞬く間に帝国兵の命を吸い取っていく。
辺りが騒がしくなるも、しばらくすればものの見事に静寂の帳が降りる。
そしてもちろん狙っていた【血濡れた月の人形姫】一人だけがあぶり出され、道の中央へとその姿を晒す。
そこで俺はようやく【巨神兵の人形】を連れ立って、彼女と相対した。
忘れもしない容姿に、やはり彼女こそが親友の仇だと確信する。
銀に煌めくロングツインテールのあどけない美少女の姿に騙されてはいけない。紅玉が埋め込まれたみたいに、美しい双眸に見惚れてはいけない。
なぜなら彼女の紅く脈打つ大剣こそが、多くの仲間の血で濡れた【血の聖大剣】なのだから。
「なっ……うそ……『巨神タイタス』が四体も……?」
戦場で見かけた彼女は常に無感情で、王国兵を殺し尽くすばかりだった。しかしなぜか【巨神兵の人形】を目にすると、ひどく動揺しているようだった。
とはいえ腐っても英雄様だ。
俺たちを改めて強敵と悟った瞬間から、その両足をメキメキと変化させる。
「————【月兎】」
なぜ彼女が【血濡れた月の人形姫】と呼ばれ恐れられているのか。
それは決まって彼女が姿を現すのが夜襲だったからだ。それに月明かりが見える範囲であれば、両足をウサギのように変化させ……人間離れした跳躍力で高速移動を繰り返す。
縦横無尽に跳躍しながら【血の聖大剣】を振り回し続ける……その狂気じみた戦い方は、まさに血に塗れた殺人人形そのものだった。
今回も容赦なく俺たちに突っ込んでくるかと思えば、予想に反して明後日の方向に高く跳躍した。
それからさらに遠方へと飛翔し————
「逃げるつもりか。【竜翼魔法】——【夜風に乗って】」
俺は自身の翼に夜属性を付与し、夜での飛行スピードを上昇させる魔法を発動した。
あちらは空を自由に飛べるわけではないので、進行方向を変えるその都度、地面や建物を足場に跳躍する必要がある。
しかも空中での方向転換はできないので、彼女がどの地点を目指しているのか読みやすい。
俺は神速の英雄に追いすがり、ついに彼女の背面を捕らえた。
「これは、お前に殺された新兵たちの分——」
そして殴った。
ラピュタルには不用意に戦ってはいけないと注意さていた力で殴り飛ばした。
「くっ……」
しかし彼女も咄嗟に反応し、俺の拳を【血の聖大剣】の腹で受けきった。
もちろん拳の勢いまでは止めきれず、吹き飛ばされて建物と激突していく。
その衝撃は建物が倒壊するほどで、彼女はすぐに瓦礫の下に埋もれてしまった。
だが俺は追撃の手を緩めない。
瓦礫そのものに突撃して、ただ力任せに周囲を吹き飛ばす。
そして散乱する瓦礫の中で、未だに動き続ける彼女を捉えた。次こそ、その綺麗な顔面に一発叩き込もうとするも、やはり寸でのところで大きく跳躍されて躱された。
「そうか……俺の素早さは、あまり高くなかったな……」
それでも竜翼での移動であればこちらの方がスピードは上だ。
どうにか逃げ切ろうとする【血濡れた月の人形姫】に、空中から無理な体勢で蹴りをヒットさせる。
またもや派手にぶっ飛んでいくけど、血まみれになった彼女は未だに動き続けていた。
どうやらギリギリのところで剣に防がれていたようだ。
しかしダメージは確実に負っているのか、その動きに先ほどまでの精彩さは失われている。
そこまで追い詰めれば、俺の拳は地上戦であっても十分に届いた。
「これは、お前が殺したローハンの分————」
バキリッと辺りに鈍い音が響く。
それは彼女が防御で使った【血の聖大剣】が、俺の拳によって砕け散った音だ。
そのまま俺は強引に彼女の腹へと拳をねじ込んだ。
「けっ、ふっ……」
ダイレクトに殴れたわけじゃないので、威力は半減以下だと思う。
それでも【血濡れた月の人形姫】を、地べたに這いつくばらせるだけの威力はあったようだ。
「終わりだな、【血の英雄】」
俺がトドメを刺そうと近づけば、ふと彼女は何かを呟いた。
そしてそれは————聞かなきゃよかった言葉だった。
「ソレ、イユ……ごめ、ん……」
おそらく彼女の意識はすでに判然としていないだろう。
激しい失血と損傷のショックで視力もほぼ失われているはず。それでも虚空を見つめるように……俺が帝国兵に嬲り殺しにされたあの時のように、ただただうわ言のように呟いている。
「……かえ、れない……ごめ、ん……」
なんだよ、それ。
殺人鬼のお前が、普通の人間みたいに……。
死の間際で大切な誰かの名を口にするとか!
お前の帰りを誰かが待っているのか?
じゃあ、お前が殺したローハンはどうなる?
「ローハンは……クォータエルフの俺を、真っ先に受け入れてくれた友だった」
生きるのを諦めた英雄に、俺の恨み言は届くのだろうか。
「俺の働き口も、住む場所も紹介してくれた。気のいい奴だったんだ」
「……ソレ、イユ……」
「もうすぐ子供だって生まれるはずだったんだ。いい父親になるって意気込んでてさ」
「……ごめ、ん……」
「ローハンにだって、待ってる人たちがいたんだぞ!」
だから、だからお前を殺すべきなんだ。
お前の帰りを待ってる人がいくらいようと、俺はお前を殺していいはずなんだ。
ローハンの妻は……娘を産み落としてすぐ、帰ってこない旦那に絶望して自死を選んでしまった。残された娘を俺が引き取って、そして孤児院を設立して、でもローハンたちだったら……ミユユにもっといい生活をさせられたかもしれない!
ミユユと一緒に過ごせる時間をもっと作れたかもしれない。
そういうものを、お前は全て奪ったんだ。
だから、この拳をお前の頭に叩き落とせばいいだけなんだ。
それなのに……俺の拳は一向に動かない。
「くそっ!」
震える拳を握りしめ、俺は覚悟を決めた。




