13話 復讐の兆し
「やったああ! 僕、空を飛べるようになったよ!」
天空城の一角で大はしゃぎをするのは【料理探検家グルメル】だった。
彼女には世界中のグルメを収集してもらう予定なので、だったら【落ちた翼の竜樹】に実った【空の実】を食べさせて、【空魔法:飛行Lv1】を習得しておいた方がいいと思ったのだ。
「空中を移動できるって、高いところの食材を探し放題だね!」
案の定、彼女は自分の冒険の幅が広がったと喜んでいる。
これで彼女が旅立つ準備は整っただろうか。
「グルメル。宝物殿にある武器や防具、道具を好きに持って行っていい」
「いえいえ主様! 料理探検家たるもの、調理道具も探検道具も自力で集めてこそなのです!」
「そうか。料理探検家がそう言うならそうなのだろう」
これから旅立つ彼女を見送るのに、料理探検家の矜持に水を差したくない。
グルメルは少女だが、その格は【英雄位】だ。
並大抵の相手では歯が立たない実力を持っているし、彼女が危険に陥ることはあまりないはずだ。
そう信じたい。
「主様、心配してるの?」
「ま、まあな……」
千年書庫で読んだ【料理探検家グルメルの秘密レシピ】には、古今東西の料理レシピと、グルメルがそのレシピを閃くまでの冒険譚が書かれていた。
そこにはもちろん彼女の最期は語られていない。
いつ、どんな方法で、何に遭遇して彼女が死んでしまったのか定かでないのだ。
「主様は変なの。探検も冒険も、危険がつきものだからこそ楽しいんだよ?」
「……そうだな」
いずれ、グルメルがもたらす新レシピを味わううちに彼女の新たな伝承に触れる機会があるかもしれない。
ここは無駄に心配せず気持ちよく見送ろう。
「では、行くか。グルメル」
「はあーい!」
そんなわけで俺は地上までグルメルについていって、見送る手はずとなっている。
久しぶりの地上に少しだけ緊張するが……日が落ちた今なら闇に紛れて降下できるだろう。さらに今回は人間形態で彼女についていくので、目立つ心配もない。
「ではではっ、出発~! 【飛行】!」
「【竜翼魔法】——【豪風飛行】」
グルメルは身体を浮かせ、そして天空城から飛び立った。
俺も俺で背中から翼なんか生やしちゃって、それをはためかせながら闇夜に落ちてゆく。
「「「「ピィーン、ポポポーン」」」」
「「グブブブ」」
俺とグルメルの他に、【巨神兵の人形】が4体と【影の王冠】2体が編隊を組んで追従してくれる。
これはラピュタルの提案で、地上で何が待ち構えているか不明なので護衛はつけた方がいいと言われたのだ。
合計8名の降下部隊が星空の中をひたすら落ちてゆく。
物凄い風圧と、美しい星々の輝きを浴びながら、俺は地上を目指した。
「……ラピュタルが事前に言ってた通り、山岳地帯のようだな」
しかし妙だな。
情報通りなら、この辺の人類生息圏は【フリューグ湖畔街】しかないはずだ。それなのに、城下町のような立派な建物群が見える。
『説、新たなる伝承を検知しました』
『分析……どうやら先日、地殻変動があったようです。その結果、地中にあった城下町跡が地上にせり出てきた模様……』
『否……巨大な生物が長年の眠りから目覚め、体勢を変えたようです。山だと思われていた生物の背に建造されたのが、あの城下町跡かと……』
なるほど。
遠目から判断するに竜種のように見えなくもない。
それはまさしく山脈のような竜がとぐろを巻き、その背にそびえる城壁が幾重にも連なって見える。
『検索……【大地の龍脈】の一種、もしくは【世界蛇】種と酷似しています』
また壮大だな。
思わぬ伝説の遭遇に少しだけワクワクする。
「主様はあのおっきなボロボロ城下町が気になるの?」
「ああ」
「ふーん。ぼくは現代の人間たちの料理が気になるから、湖畔の街に行くね!」
「わかった、気を付けてな。【影の王冠】を一体、グルメルの影に潜めるから、うちに戻ってくるときは影を通じてこっちの位置を探ってくれ」
「はいはいさー! 美味しいレシピを発見してくるよー!」
【影の王冠】は広範囲に渡って影という影を自らの索敵範囲にできるらしい。
その範囲内の上空に天空城があれば、天空城内の影を感じられるだろう。そうすればまた巡り合える。
彼女の旅が数カ月か、数年になるかはわからないけれど、俺たちが少しずつ移動してもきっと探知できるだろう。
俺たちと飛行方向を変えるグルメルの後ろ姿を見送り、改めて竜の上にある城下町跡を目指す。
『説、万が一に備えて近く上空まで移動しておきます』
帝国の奴らに気取られないか?
『【浮遊大地:空の王冠】による【起動:夜の訪れ】を発動しながら降下します』
なるほど。
黒い雲で夜闇を広げながら来れば視認しづらいか。
『【見守る者】の接近により、詳細を検知しました』
『【大地の龍脈】種と判明』
『非常に弱っている、もしくは老衰状態のようです』
山脈のような竜は【大地の龍脈】だったわけだ。
世界を丸呑みできるほどの巨体と言われた【世界蛇】ではなくても……山脈として語られる龍を目の当たりにして、少年の頃の興奮が蘇る。
『検索……【千年書庫】の蔵書に、関連書物があると予測されます』
なに?
俺は意識を天空城の千年書庫に移しながらも、朽ちた城下町に着地した。
なるべく静かに着地したかったが、【巨神兵の人形】4体の着地音はかなり豪快で、静けさに満ちた城下町に響き渡ってしまう。
やはり瞬間的な破壊力は【巨神兵の人形】が頼もしいけど、隠密活動などの応用力は【影の王冠】の方が優れている。
実際に共に冒険してみないと得られない経験に、少しだけ高揚する。
『説、書物【奴隷王】に関連しているかと』
ラピュタルの言葉に自然と笑みが浮かんでしまう。
「ふう……俺は今、新たな伝説に遭遇したわけだ」
未だ静寂に包まれた城下町跡の暗闇で、俺は意識を書物【奴隷王】に伸ばしつつ、【影の王冠】に命令を下す。
「周辺の索敵を頼む」
「グブブ……」
【影の王冠】は即座に辺りの影に自身を溶け込ませ、そして城下町のあらゆる影から情報を得る。
「グブ……グブブブ……グブグブ……」
おっと。
どうやら先客がいたらしい。
【影の王冠】がもたらしたイメージによれば、【大地の龍脈】はとぐろを巻き、その中央には頭部がある。
そこに座すは朽ちた巨城で、どうやら城内に帝国兵らしき集団が30名ほどいるそうだ。
人数的に廃墟への斥候部隊か、調査部隊だろうな。
たしかに帝国側からしたら、突如として現れた正体不明の動く城だろう。
調査するのは当たり前か。
「グブブ……グブ」
しかし、さらに【影の王冠】から伝わったイメージに俺は冷静さを欠きそうになった。
「……紅い、大剣を持つ少女だと……?」
膨れ上がる憎悪をどうにか抑え込む。
その特徴的な外見を忘れるはずがなかった。
なぜなら帝国との開戦時、戦友であるローハン中隊を殺し尽くした元凶こそが彼女であったからだ。
俺の親友を奪った帝国の英雄。
「……【血濡れた月の人形姫】」




