表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/36

12話 血と月の人形姫


『ルナル! 急げ!』


 ルナル(わたし)を呼ぶのは小さい(・・・)ジャンだった。

 あれ、リーダーのジャンは死んだはずなのに、どうして……?

 そこで僕はこれが夢だって気付いて、でも夢でも良かった。


『わかった、ジャン』


『何やってんだよソレイユ! 置いてくぞ!』


 小さいジャンは、今度は小さなソレイユを急かした。


『ごめ、ごめん、待って……!』


『いっつもトロいんだからよお!』

『早くしろって!』

『捕まっちまうだろ!?』

 

 ロンとダン、それにキッチャもいる。

 懐かしい顔ぶれだけど、いっつもソレイユをいびるところは嫌いだったな。

 ぼんやりとそんな風に思いながら、ルナルたちは路地裏を駆ける。

 その日を生き抜くために、盗んだ食べ物を必死に抱えて走り続けた。


 ルナルたちは孤児だった。

 あの頃はひもじい毎日だったけど、自由で良かったと思う。

 お腹いっぱいになれた日なんて最高で、みんなで見た夕日だって忘れてない。


『俺はよ! あの真っ赤な太陽より輝くすんげえ奴になってやるぜ!』

『よっ! さすが俺ら盗賊団のリーダー!』

『一生ついていくぜ!』

『わ、わたしも……』

『ソレイユはトロいから無理だろー!』

『ひどいよ』

『ワハハハハ! 全員俺の子分だから安心しろ!』


 みんな苦しくても、みんな子供で、確かにルナルたちは希望を持っていた。

 住む家なんてなかったけど、みんなで寄り添えば……いつだって、わたしたちの温かな家はそこにあった。



「——起きろ、【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】。任務の時間だ」


 せっかくいい夢だったのに、目覚めてしまえば冷たい石床の感覚が膝を突く。

 首と両腕にも冷たい感触が巻き付いていて、それは堅い鎖だ。


 ルナル(わたし)を暗い現実に引き戻したのは帝国軍の大人。

 名前は覚えてない。


「聞こえてるのか!? 英雄番号07!」

「……はい」


「なんだ、その覇気もやる気もなさそうな目は! もっとシャッキリしろ!」


 鎖で縛って、刻まれた『奴隷紋』で自由を奪って、誰がやる気になれるのか。

 なんて内心を吐露しても待っているのは暴力だけ。


「気に入らねえなあ、英雄様がよお! オラァッ!」


 喋らなくても、大人はすぐにルナルを蹴る。

 何度も、何度も、お腹のあたりを執拗に蹴り上げては怒りをぶつけてくる。

 かつてのルナルだったら悶絶もので、きっと血反吐を吐いてたと思う。

 でも今のルナルは、大人に蹴られたって大した痛みは感じない。


「チッ、これだから英雄番はつまんねえ仕事だよ。オラ、『奴隷紋』を発動されたくなかったら、さっさと出てこい!」

「……」


 それから大人は任務の説明をした。


「王国の反乱分子が崇める『巨神タイタス』の討滅を命ずる。これに我らが帝国軍は最大戦力を投入する。【英雄番号09:ノラ・オルガノ】と【英雄番号03:ルルード・イディオラ】も同時出撃だ。その先導を行くのが貴様だ、光栄に思え」

「……了解」


 一桁ナンバーの英雄が同時に3人も投入されるなんて過去になかった。

 嫌な任務になりそう。


「ではさっさと【調律】を済ませてこい」


 この沈み切った気持ちを唯一、和やかにしてくれる時間がやってくる。

 ルナルは帝国軍の大人に連れられて、【調律】の場に訪れる。

 すると、夢に出てきた時より少しだけ成長したソレイユが待っていた。


「ルナル……!」


「ソレイユ、元気そうでよかった」


「ルナルも、ルナルも無事でよかった……!」


 今にも泣き出しそうなソレイユに、ルナルは大丈夫だと微笑む。

 わたしたちは再会を喜んで、互いに抱擁を交わすんだ。


「ソレイユ、ちょっと髪の毛が伸びた?」

「ルナルだって。私たちは女の子なんだから、髪は大切にしたいよね」


 遠回しにもっとマシな住環境を整えてくれとソレイユがこぼすけど、見張りの軍人はどこ吹く風だった。


「ルナルと会えたってことは……ルナルはまた戦いに行くんだよね?」


 あの頃とは比べようもないぐらい、ソレイユは強くなったと思う。覚悟の決まった表情でルナルを見つめ、その瞳の奥にため込んだ不安を必死に抑え込んでいる。


「うん、そうだよ。ソレイユ」


「わかった。ルナルは私が絶対に死なせないから」


「うん。ルナルも絶対死なずに帰ってくるから」


 わたしたちは、神が残した神遺物ってやつで体調と武器を整える。

 帝国を建国した二柱の神々、『勇神アーサー』と『竜殺しのシグルズ』。

 アーサー・ペンドラゴンは聖剣エクスカリバーを持ち、シグルズは魔剣グラムを携えて、数々の脅威に立ち向かい人々を導いたんだって。


 そして『勇神アーサー』からは神血が永遠に(したた)る『アーサー王の心臓』を、『竜殺しのシグルズ』からは鳥や獣の声に通ずる『シグルズの絶鳴(ぜつめい)』を賜った。


 神亡き後、帝国皇家はその神遺物に適合する英雄を生み出す『英雄機関』を設立し、実験を繰り返してきたらしい。

 そして被験体の一人がルナルや……ソレイユってわけ。


『英雄を生む国』なんて恐れられているけど、結局はわたしたちみたいな孤児を捕まえて、神血に適合するまで酷使し続けるだけ。


 神様ってのは碌な物を残していかない。

 どうせならもっといい物がほしかったと、神様に愚痴をこぼす。


 それでもソレイユは『竜殺しのシグルズ』が最後を迎えたこの場で、シグルズの声を聞きながら……僕の体内に注入された神血と、僕の武器との調和を図ってくれる。

 神様の血も、神様が使っていた武器のレプリカも、普通の人間が使えば【獣堕(けものお)ち】してしまう。

 それを防ぐのが【調律者】に適合したソレイユ。


 彼女が特殊なヴァイオリンで音色を紡げば、ルナルの中の獣が静まるのを感じる。その美しい旋律は、ルナルが握る聖剣のレプリカをもなだめてくれる。

『人間ごときが振るうな』と、そういった剣の意思を抑えてくれる。


 ソレイユはルナルと剣を繋ぎ、バランスを整えてくれる。

 戦場で神血や【血の聖剣】を解放しても、ルナルが狂わないようにしてくれる。



『いいよな、ルナルはさ。神血との適合率が高くって』


 かつてのリーダーだったジャンはそう言ったけど、ルナルは別にいいとは思わない。

 だってその分、苦しみは長くなったから。


 ジャンもロンもダンもキッチャも……もういない。

 ジャン以外は神血に適合できなくてすぐに死んじゃったし、ジャンだって三回目の出撃で【獣堕ち】して戦場で死んだ。


『頼むよ。俺の分まで、英雄をやってくれ』


 ジャンが残した言葉は呪いのように残っている。

 でも、この呪いのおかげでルナルもソレイユも生きていられる。


『ジャンがッ……ジャンが、私の調律がもっと上手ければッ……私がトロくなければ……私のせいで死んじゃった……! 他にも、他にも……!』


 ジャンが戦場から帰ってこなくて、ソレイユはひどく自分を責めていた。

 憔悴し切っていた。


 彼女はジャンやルナルだけじゃなくて、他の英雄たちの調律もしているから。英雄が戻ってこないと必ず責任を感じていた。

 すっかり心が擦り切れてしまっていた。


『……もう、私、死にたい』


『ルナルの調律ができるのはソレイユだけ。だからソレイユが調律をしたくないなら、ルナルも一緒に死ぬよ』


 あの時は思わず、笑顔で言ってしまった。

 本心だったけど……ソレイユは『自分が死んでしまったらルナルも殺してしまう』と、踏みとどまってくれるってわかってた。

 卑怯な脅しを使ったと思う。


 でも、ジャンなんかを思ってソレイユまで死ぬなんてありえない。

 

 ルナルは知ってる。

 英雄願望があったジャンこそが、帝国軍にわたしたちを売ったって。

 どんなやり取りがあったかは知らないけど、帝国軍に掴まったあの日の事はハッキリと覚えている。

 商品を盗む相手も、場所も、時間も、全てジャンが仕切っていた。そして都合よく警備隊に捕まって、ルナルたちは『英雄機関』に収容された。

 きっとジャンは予め、『英雄機関』の軍人と示し合わせていたんだと思う。


 ルナルはこのことをソレイユに言うつもりはない。

 彼女はきっとジャンを好いていたから。自分をこんなに苦しめる環境に置いたのがジャンだと知ったら、それこそソレイユは本当に壊れてしまう。


 今、ソレイユが生きる理由はルナルでいい。

 それからソレイユは、必死にルナルの調律をしてくれた。


 ルナルを生かすために。

 ルナルもソレイユを生かすために戦う。

 

 きっとルナルが死んだらソレイユは自死してしまうから。

 ソレイユを一人になんてしたくないから。


 だからルナルは何人だって殺すんだ。

 どんなに血に塗れようとも関係ない。

 必ず生き残って、ソレイユを安心させるために。


「ルナル。調律、終わったよ」


 ソレイユの演奏が終われば、ルナルに待っているのは戦場だ。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」


「うん……行ってらっしゃい。また、会おうね……!」


 決まってソレイユがルナル(わたし)を見送るときは笑顔だ。

 でも彼女の手は震えながら、真っ白になるほど握りしめられている。





「どうして戦場にあんな子供が……?」

「血塗れの戦場でも燦然と輝く銀髪に……大人の身長をも超す大剣……」


「バカ野郎! あれは帝国のやべえ奴だ!」

「【血の英雄】がきたぞ!」


「総員、退避いいいい!」

「だ、ダメだっ! 間に合わない!」


「ひいいいいッ、【血濡れ(ルナ・)た月の人形姫(ブラッディドール)】だあああ!?」


 ルナル(わたし)は握りしめた真っ赤な大剣を無心で振るい続ける。

 飛んでくる矢も、放たれた魔法も、向けられた刃も、ルナルの剣が全てを切り潰す。


「なっ、なんであんなちっこい娘がバカでけえ剣を振れるんだよ!?」

「帝国の英雄だからだろ!」

「バケモンの間違いだろ!?」


 恐怖に染まった王国兵を、血の赤で染め尽くす。

 涙を流しながら家族の名を呼び、絶命する兵士を見てもルナルは何も感じない。

 この人たちにも帰りを待つ人がいるんだとか、そういうのは考えないようにしている。

 

 だって、ソレイユの悲しそうな顔が浮かんでしまったら、ためらってしまったら……殺されるのはルナルだから。


 考えるな。

 ただただ、赤く塗り潰せばいい。



「これ以上、あたしらの仲間はやらせない!」


 終わりなき地獄を咲かせるルナルの剣を、唐突に阻んだのは少女の剣だった。

 歳は多分、ルナルより少し上。


 初めての出来事に驚いたけれど、ソレイユを思えばこんなのは大した障壁じゃない。

 いつものように斬り潰せば————


「くっ、さすがは【血の英雄】ね……でもッ、巨神タイタス様! お願い!」


 何かが彼女の背後で急激に膨れ上がった。

 ふと気付けば、右から絶対に回避できない巨大な壁が僕を激しく打ち砕いた。

 あまりの強烈な打撃に、全身から火が噴き出たみたいに激痛が走る。


「あっ……ガッ……」


 この一瞬でルナル(わたし)はもうダメだと悟った。

 あまりにも違いすぎる力に、ルナルは英雄になって初めて比嘉の差を感じた。

 同時にほんの少しだけ、思ってしまった。



「ごめん……ソレ、イユ……」


 やっとこの地獄から解放されると。

 長い長い戦争がようやく終わったと。





「ん、ん……」


 途切れた意識が目覚めたのは、いつもの冷たい牢獄だった。

 いつもと違うのは簡易的なベッドに寝かされて、体中に包帯が巻かれていることだった。

 

「ルナルは、まだ……生きてる?」


 その事実は少し残念で、少しホっとした。

 地獄から逃れられなかったけど、ソレイユはきっと喜んでくれるって。


「ああ、【英雄番号07:ルナ・ブラッディドール】。お前は帝国技術の総力を結集して生かされた」

 

 ルナルの独白に反応したのは、いつもルナルを呼ぶ帝国軍人とは違う人だった。

 仮にも英雄であるルナルが負傷しているとはいえ、話しかけられるまでその気配に気付けなかったのは少し異様だ。

 彼の胸の腕章が示すのは『中佐』で、偉い人だってわかった。


「そう警戒するな……【英雄番号02:ヘラクラス・オルドバーン】だ」


 ふぅん。

 どうりでいつもの軍人さんより遥かに強そうだと思った。

 そんな30代前半の男は、無表情な顔を僕に向ける。


「不思議そうな顔をしているな。自分が生かされたのがそんなに不思議か?」

「……いえ」


 自分が生かされたこととか、全英雄のトップ2と顔を合わせたとかより、彼が『英雄機関』を自由に出入りできているのが驚き。

 てっきり全ての英雄はルナルと同じく収容されているのかと思ってた。

 それともルナルと同じ空間にぶちこまれただけなのかな。


「ふむ、まあいい。病み上がりで悪いのだが現状の説明をさせてもらう」

「……はい」


「我々は巨神タイタスに大敗を喫した。王国とは和平条約を結ぶ手はずとなっている。帝国は占領していた王国領の多くを返還する運びとなったので、他の英雄たちは帝都や国境の守りを固めているのが現状だ」


「……あの」


 いつもなら疑問の余地は許されないけど、彼も同じ英雄だからと口にしてみる。


「先の戦いで……他の英雄たちはどうなりましたか?」


 死んでいなければソレイユが悲しまずに済む。


「【英雄番号09:ノラ・オルガノ】はお前と同じく一命を取り留めた。だが、【英雄番号03:ライオネル・イディオラ】は巨神タイタスと最後まで激しい攻防を繰り広げ、壮絶な戦死を遂げた」


 彼はその結果に小さなため息をつく。

 

「……まさかナンバー3を屠るほどの力が、あのゴーレムに備わっているとはな」


 ここで初めて彼の表情は動いた。

 だけどそれは、ルナルを遥かな高みから値踏みするような嫌な笑みだった。


「お前はまだ英雄として使い物になるのか?」


「それはどういう意味でしょうか?」


「上層部から病み上がりのお前に新たな任務だ」


 それから彼は再び小さくため息をついた。


「本来であればお前のような状態の英雄を任務に行かせはしないのだが……帝国の現状を考えると仕方ないのだ。どの英雄も任務に出張っている状態でな」

「……了解しました」


「任務地は【フリューグ湖畔街】周辺の山岳地帯だ」

「帝都からおよそ100キロメルほどですね」


「ああ。そこで動く城(・・・)が発見された」

「城、ですか……?」


「お前に課せられた任務は、その『動く城』とやらの調査及び、可能であれば帝国の支配下に帰属させよ。今回の任務で自分の存在意義を証明しろ、とのことだ」


「……了解です」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ