11話 竜樹の語り部
『説、【城の修繕】により【起動:浮遊大地】が修復されました』
『真下にある地上の一部を模造し、様々な素材と組み合わせ、新たな浮遊大地を創造できます』
『【冠位】以上の存在は模造できません』
へえ、城の修繕が進むとそんな機能も追加されるのか。
しかし城自体の高度を下げられるわけもなく、真下の地上がどのような状態なのか判断できないので【浮遊大地】にするのは危ない気がした。
もし人間などが住んでいて、そこまでコピーしてしまったら大惨事になるだろう。
『問題ありません。【起動:浮遊大地】は真下の地形を分析できます』
なるほど。
そういうことならさっそく発動してみようか。
「————【起動:浮遊大地】」
んんん……俺たちの真下にある地形は山脈だった。
生態系は豊かで数千種類の生き物たちが蠢いている。
その中に人族は……いないけど、モンスターはチラホラいるようだ。
『解析、我々に害をなせる生物は0%です』
ラピュタルがそう言うのなら信じて大丈夫そうだ。
俺は【浮遊大地】を創造すると同時に、いくつかの素材を混ぜ込んでみる。
まず、宝物殿に保管しておいた何本かの『古代樹』だ。ガチャシリーズ【森と花の守り手】の7%で引ける【???】が気になって、けっこうな数を回していたら『古代樹』が余ってしまったのだ。
がんがん植林するわけにもいかないので、宝物殿の次元倉庫に保管しておいた。
そして最近わかったのだが『古代樹』は周囲の植物を活性化させる効果を微弱ながら持っている。
新しく作る【浮遊大地】も豊かな緑を根付かせたいので、十本ぐらいは植えてもいいだろう。
ちなみに7%で出たのは【花と骨の大樹】で、その根っこの効力が凄まじかった。なかなか土に分解されない骨などを感知し、根を伸ばして即座に吸収するのだ。そして、新たな【花と骨の大樹】をその場で花開かせる。
この繁殖力は驚異的なもので、正直に言うと天空城の周辺に植えるのは憚られた。とはいえレアリティの高い植物なので、いつかは使ってみたいと思っていたからちょうどいい。
そしてお次の素材は【空の支配者】の死骸や、【遺物:夜刑に処す衣】などを混ぜ込んでみる。
さあ、一体どんな浮遊大地ができるのか楽しみだ。
俺がそんな気持ちで空を眺めていれば、みるみる間に空中に浮かぶ大陸が生成されていく。
それはなかなかに傾斜のある浮遊大地だった。
天辺の方は刺々しい山脈で、よくよく見ると骨のような物質と混ざり合い、ぐるぐるとねじ巻き状にそそり立っている。しかも大地の中央はごっそりとくり抜かれ、全体が輪っかのような形状だ。
非常に細く、そして鋭く洗練された浮遊大地になった。
まるで俺たちの周囲をふわふわと浮かぶ円環のようで、それはまさしく空の王冠だった。
『説、【浮遊大地:空の王冠】の創造に成功しました』
『【空の王冠】は【起動:夜の訪れ】を発動できます』
ふむふむ……黒色の雲を大量に発生させられるようで、まるで俺たちが魔王城みたいに登場できる演出機能付きだ。
『説、【空の支配者】たちが同族の竜骨で生成された浮遊大陸を嗅覚で検知』
『巣にしやすいと判断したのか、続々と移動を始めています』
『伝承【翼竜たちの空渡り】、【翼竜の巣作り】を達成』
『伝承ポイントを300獲得しました』
『72万9500ポイント → 72万9800ポイント』
『ガチャシリーズ【翼竜の浮遊島】が解放されました』
『30%……【竜☆石】』
『30%……【落ち◇翼の〇Λ】』
『20%……【起動:竜±魔法Lv1】』
『10%……【施設:浮§×(極小)(竜属性)】』
『10%……【王位】の守護者【竜樹の語り部】』
とりあえず俺は10回ほどガチャを回してみた。
『72万9800ポイント → 72万9700ポイント』
『【竜星石】×3を獲得』
『説、翼竜の中でも飛行能力が飛び切り高い個体が、死の間際……流星となって落ちると生じる貴石』
『【落ちた翼の竜樹】×3を獲得』
『説、幹や枝の形状が竜の翼を広げたように育つ。また、【空の実】がなり、食べた者は空魔法【飛行Lv1】を習得できる』
『【起動:竜翼魔法Lv1】×3を獲得……【起動:竜翼魔法Lv3】に統合』
『【竜樹の語り部】×1体を生成しました』
おお!
今回のラインナップはどれもワクワクが目白押しだな。
特に【起動:竜翼魔法Lv3】が俺の中では一番嬉しかった。なぜなら竜の翼とは、そのはためく力だけで空を飛んでいるのではなく、魔力的なアシストがだいぶ加わっているらしい。
そんな竜翼魔法を俺が習得したってことは、この天空の城そのものを動かせる日が来たのだ!
『説、本来の飛行設備とは異なりますので、あくまで急場しのぎに過ぎません』
それでも俺は嬉しいさ。
さっそく竜翼魔法Lv3の【豪風飛行】を発動してみると……う、ん。
時速3メルぐらいの速度で移動し始めた。
人間の徒歩と変わりなく、しかもどちらかといったら鈍足の部類に入るスピードだ。これは竜翼魔法がLv10とMAXになっても、時速10メルぐらいしか期待できなさそうだ。
トホホ……。
◇
リーフィアからもらった【土精霊が眠る実】は、【花精霊】たちのおかげで成長率が半端なかった。
本来であれば【土精霊が眠る実】が芽吹くのには、長い年月がかかるらしい。
たった数日しか経っていないのに、今ではぽくぽくと実ができて、その中から頭巾をかぶった小人たちがどんどん生まれてくる。
しかも生まれたばかりなのに、なぜか全員わし鼻の初老だ。
『ようほーわしら【土精霊】はこんなもんじゃ』
『やうほー土いじりが大好きなんじゃ』
『無農薬栽培が1番なんじゃ』
さらに咲いた花はシャキシャキしていて瑞々しかった。
城の南側に美しい湖があるので、そこで冷やして食べるとレタスみたいな食感を味わえる。
「調味料があったらなあ……」
『説、最近【千年書庫】に追加された本に目を通されてないようですが』
『検索、食品関係の書物が追加されているようです』
あ、なんだかここ数日は色々あって本を読んでなかったな。
食の本が追加されているのなら、また新しい魔法を習得できるかもしれない。
どこか眺めのいい所で本をゆっくり読みふけるとしよう。
幼少の頃、英雄譚なんか読み漁った時を思い出す。
あのページを1枚1枚めくるワクワク感はたまらなかったな。
エルフの森を出てからは、本が高級品だと知ってなかなか手を出せなかった。だからこそ無料で本が読み放題な【千年書庫】には感謝している。
「そうだ、どうせならあの頃みたいに木の上で本を読んでみるか」
そうして【千年書庫】から数冊の本を持ち出して、【落ちた翼の竜樹】へと向かう。
竜が翼を広げたような独特の形状で枝葉を伸ばす巨木をササっと登り、ちょうどよい幹に背を預ける。
暑い日差しも、葉が遮ってくれて涼しい。
しかも光り輝く宝石のシャワーを浴びてるみたいに、木漏れ日が落ちてくるものだから、本の文字もしっかりと読める。
「うん、極めつけはこの景色だな」
【落ちた翼の竜樹】から見下ろす景色は、穏やかな緑の平原が広がっている。
時折、風に揺られて草々が波打つ光景は、太陽の光に反射して美しい。
絶好のロケーションで俺は本を読み始めた。
なになに【探検料理家グルメルの秘密レシピ】か。
彼女は【羊毛の娘】といって、山岳地帯で羊たちの面倒をみながら生活を営む少数民族の出自らしい。
そして物心ついた時、世界のあらゆる美味しい物を食べてみたいと思い、故郷を飛び出した。冒険者としての腕を磨きつつ、料理の腕も一流にまで上り詰めた彼女のレシピは、冒険の最中で手に入れたありあわせの素材で美味を実現させた。
『飛竜のにんにくソテー』だったり、『大蜘蛛のからあげ焦がし醤油』、『空魚の卵かけご飯』などなど……王道からゲテ物、そして珍味と、そのラインナップは様々だ。
読んでいるだけで口の中が滴るものから、思わずうめき声を上げてしまうものまである。
とにかく冒険者の劣悪な食事情を改善したのも、彼女の偉業であったらしい。
『ガチャシリーズ【冒険グルメ】が解放されました』
『説、このガチャの伝承ポイント消費量は1回100ポイントです』
『3%……【英雄位】の守護者、【探検料理家グルメル】』
『97%……【設備:秘密と無限の調味庫Lv1/100】』
なるほど。
強力そうなガチャは消費ポイントも激しいわけだ。
【英雄位】は【王位】の一つ上のクラスだし、【秘密と無限の調味庫】は自分が食べたことのある調味料が無限に生成され、保管されるらしい。
またLvに応じて保管できる量が増えたり、新たな派生調味料が生成される場合もあるらしい。
これは【探検料理家グルメル】と相性抜群なのではないだろうか?
せっかく人間の身体になれるのに、美味しい物が食べれない日々は侘しいものだ。
ここは一つ、【探検料理家グルメル】狙いでガチャを回そう!
思い立ったが吉日だ。
『72万9700ポイント → 72万2300ポイント』
『【設備:秘密と無限の調味庫Lv1/100】×73……【設備:秘密と無限の調味庫Lv73/100】に統合』
『守護者、【探検料理家グルメル】×1体を生成』
うわあ……74回も回してやっと出た……。
伝承ポイントの莫大な消費量に落ち込みそうになった俺だが、新たな守護者を目の前にすれば気分は上がった。
「わっ、僕を創った主様だ」
「やあ」
生成されたばかりのグルメルと木の上で向き合う。
彼女は背に自分よりも大きなリュックを背負っていて、横からフライパンなどの調理道具が吊るされている。
そしてクリーム色のふわふわボブな髪の毛からは、羊の巻き角が突き出ていた。
「で、僕はなんのために作られたの?」
「んんー……たまにでいいから、君の冒険譚を聞かせに戻ってきてほしい」
「ふむーん? じゃあ僕はどこにでも行っていいの?」
「まあ、死なない程度にな。それと料理も振る舞ってくれると嬉しいかな」
彼女が世界中の料理を収集してくれば、俺はその都度美味しい料理を堪能できるかもしれないし、【設備:秘密と無限の調味庫】にだって新しい調味料が加わるはずだ。
「おやすいごようだ! やったー! また色々な食材を探せる冒険に出れるぞー!」
彼女がそんな風にはしゃいでいると、不自然に周囲が暗くなり始めた。
一瞬、天気が曇りになったのかと思ったが、ここは雲より高い位置に浮遊する天空城だ。
そんなことはありえないと空を見上げれば……そこには深紅のローブを被った魔術師が浮遊していた。
彼だけなら【落ちた翼の竜樹】が影に呑まれることはない。
俺たちを影で覆ったのは、彼が片手で持ち上げている翼竜の……巨大な死体だった。
「わっ、美味しそうなお肉だね!」
「【竜樹の語り部】よ……何をしているのかな」
先日、生成した【竜樹の語り部】には、この【落ちた翼の竜樹】の世話をお願いしていたはずだ。それがなぜ翼竜の死体を持ち帰ってきたのか理解できない。
「グゴゴ……主に言われた通り、竜樹のお世話をしております」
彼の表情はその目深にかぶったフードで伺えない。
翼竜を殺すのが、どうして竜樹の世話に繋がるのかと聞くまえに、彼は行動を起こした。
翼竜と比べて小さかった彼の腕が、ズリュっと丸太のように巨大化を遂げる。それは一本の大樹が一瞬で成長を遂げるように絡まり、翼竜の死体を引き絞り始めたのだ。
バキャッ、グキュッ、ブシュウゥゥっと骨が割れ、肉がつぶれる音を響かせながら翼竜の血をドバドバと【落ちた翼の竜樹】に落としいくではないか。
まるで木に雨水を吸わせるように翼竜の血を滴らせてゆく。
俺は急いで本をしまい、というか俺やグルメルは翼竜の血を浴びるはめになった。
「な、何をしているんだ【竜樹の語り部】!」
「グゴグゴ……先の長くない翼竜を、竜樹の糧としました」
「なぜだ?」
「グゴ……【落ちた翼の竜樹】に成る、【空の実】を成長させるためです」
「【空の実】は確か……食した者に【飛行魔法】を習得させる実か」
「グゴゴ……おっしゃる通りです。次代を担う翼竜に……【空の実】は必須ですから、老衰の近い翼竜は……竜樹の栄養となるのです。グブ、そして竜血は脈々と受け継がれるのです……」
んん……周囲をよく飛んでいる翼竜って、【空の実】を食べているから飛行能力が高かったのか?
それなら【竜樹の語り部】の行動にも納得できるな。
「んん、ねえきみ! そのドラゴンの搾りカスはどうするの!?」
唐突にグルメルがそんな質問を【竜樹の語り部】に浴びせた。
「グブブ……竜樹の周辺に埋める。土に還り、それもまた竜樹の糧となる」
「じゃあさ、じゃあさ、私たちはここでうんちするから! それならドラゴンを少しぐらい食べたっていいよね!?」
うんち!? なんて開放的な女史なんだ。
あっ、もしかしてグルメルは、竜樹の肥料を提供する代わりにドラゴンをこの場で調理したいのか?
「主に料理してほしって頼まれてたから、今ここでしてみよかなって! もちろん僕がそのドラゴンを食べてみたいって欲もあるけどね!?」
「グゴ……主の願いのためならば、よい」
そうして【竜樹の語り部】はフードを目深にかぶったままゆっくりと降下し、牛一頭分ぐらいのドラゴン肉をおすそわけしてくれた。
それからグルメルは背中のリュックサックから、明らかにサイズがおかしい大ナタを取り出した。
絶対リュックに入りきらない、長大なナタを使いながら竜肉を手際よく切り分けていく。
「ふーむふむ。翼竜って意外に脂身が多いんだねえ……部位によって違うのかな? ここはお腹、バラ肉あたりかな?」
グルメルはさらに分厚い鉄板をリュックから出して、テーブルを組み立てるようにその場で簡易的なキッチンを作りだしてしまう。
鉄板の下には大量の薪を設置して、他所に火が移らないようなキャンプアイテムと併用している。
それから彼女は器用に火打ちして炎を生み、鉄板を熱していった。
「んんー筋張ってないお肉を、あっ、この辺は美味しそうだね!?」
肉厚なバラ肉が、テキパキと温められた鉄板の上に乗せられていく。
ジュゥゥゥゥっと食欲のそそる音が辺りに響き渡る。
「お肉が新鮮だからこれはきっと美味になりますよーっと。あ、火加減が弱すぎるかなあ……【神竜の火遊び】っと」
彼女は薪をパチパチ爆ぜさせる炎を自在に操るような仕草で、鉄板の温度を調整しているようだった。
「塩、胡椒をささっとふりかけて、んん、にんにくを刻んで、ステーキ醤油でほんの少し味付けっと」
ジュワワワアアアアアっとソースが匂い立つ。
竜肉の旨味が連想できてしまうだけの破壊力に、鼻腔をくすぐられてしまう。そしてそんな存在は俺だけでなかった。
見れば、人化中のウルフォナやベアトリクスまで、木陰に隠れてそわそわしながらグルメルの料理を注視していたのだ。
「ウルにベア、おいで。グルメルが調理してくれた肉を一緒に食べよう」
「クルルル、い、いいの?」
「ガウウ、や、やったー!」
「料理はみんなで食べた方がうんまいですしね!」
グルメルも朗らかに二人を出迎えてくれる。
それから俺たちは青空の下、豪快に肉へとかぶりつく。
肉汁がじゅわっと口内に広がり、味付けも抜群だった。
骨付き肉のまま調理された物もあり、ウルとベアはどちらかといえばそちらの方がお気に入りっぽかった。
さらには風味を変えて、ハーブや香草などを添えて楽しむのも最高だ。
何はともあれ、翼竜の肉とやらは予想以上にジューシーで美味かった。タイミングが合えば、リーフィアにも食べさせてやりたいと思うほどだ。
「ごちそうさまでした!」
「ごち、そう、さま?」
「ごち、です!」
「おそまつさまでした~!」
……なんだか久しぶりに誰かと一緒にご飯を食べたな。
こうやってわいわいみんなと食事をするっていうのも、いいもんだと思った。




