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10話 記憶喪失の花


「きゃっ、ウルにベアったらよくもやってくれたね?」


「くるるるるううう! リフィ、よわい」

「がうううう、リフィ、つか、まえて、みろ」


 天空城の一角。

 緑の木漏れ日が差し込む中で、少女たちが無邪気にはしゃいでいた。

 

 一人は白銀の長髪を煌めかせる絶世の美少女。

 一人は淡い雪のような白髪の美幼女で、どこか狡猾そうだが人懐っこさを感じられる。

 一人は夜の漆黒みたいな黒髪の美幼女で、粗暴さが見え隠れするも、誰かを元気にさせる天真爛漫さがあった。


 リーフィア、ウルフォナ、ベアトリクスの3人は仲睦まじく遊んでいる。

 頬や頭に葉っぱや土をつけてしまうぐらい激しく————


「3人ともはしゃぎすぎだ。怪我をしないように」


「レジス君の言う通り!」

「は、はい! で、も、リフィも、あばれてた!」

「お、にいちゃん、言う、こと、ぜったい! リフィの、言うこと、ぎもん」


「何でですかー!?」


 ああ、これはなんて癒しだろうか。

 幼い美少女たちのやり取りに和んでいると、不意にリーフィアが気になる発言をした。


「そういえばここは【花精霊(ドライアド)】が非常に多いね。土とのバランスは大丈夫なの?」

「バランス?」


「うんうん、土の精霊力が枯れたら植物も育たないよ? 【花精霊(ドライアド)】が多いおかげで土の精霊力がどんどん植物たちに吸われちゃうよ?」

「なるほど、確かに……」


「【世界樹の若木】が精霊力の循環を調整してくれているみたいだけど、ちょっとアンバランスみたい」

「土の栄養か……」


 俺が頭をひねらせていると、リーフィアはウルフォナやベアトリクスへ自慢げに提案してきた。


「むっふーレジス君は私を頼るべきです」

「昔から頼りっぱなしだからなあ」


「いいのですよ?」

「じゃあお言葉に甘えようかな」


「むっふっふー私のポッケには【土精霊が眠る実(ノームス・ドングリ)】が20粒もあります。これを土に植えて育てれば、ぽこぽこっと土精霊(ノーム)の入った実がなるよ?」

「それはいいな!」


「咲いたお花も、お野菜として美味しく食べられます!」

「買いだ! 金はないけど……そうだな、【月喰い熊の鮮血斧】なんてどうだろうか? 敵の血を吸うと月蝕(げっしょく)魔法が付与されて————」


「んん……レジスくん、何かの冗談かな? 私とレジス君の仲だから、ね? なーんにもいらないよ」


 そしてリーフィアはウルフォナとベアトリクスに見せつけるように【土精霊が眠る実(ノームス・ドングリ)】を俺に渡してくれた。


「むっふっふーレジス君は私の言葉を信用するね? さあさあ狼と熊の若草たちは、私をどう判断するのかなー?」


「くるるる……リフィに、負けない」

「がうう……うちらも、役立つ」


 なぜか対抗心を燃やしてるのが可愛いかった。

 とくに耳と尻尾をピコピコ動かしているところが、何とも微笑ましい。

 そして残念ながら、そんなふわっとした空気は突如として終わりを迎えてしまった。


『説、探索に出していた【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】1体が帰還しました』


 ラピュタルの通知を受けて少しだけ緊張が走る。

 そんな些細な変化をリーフィアは捉え、『どうしたの?』と目で問いかけてくる。


「……少し大事な報告を受けたい」

「じゃあ私たちは席を外した方がいいかな?」


「いや、別に構わない。ここにゴーレムを呼んでもいいか?」

「それはもちろん」


 それから数十秒……俺にとっては物凄く長い時間が過ぎた。

巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】の報告はつまり、王国がどうなったか聞けるかもしれないからだ。


「ピィーン、ポーン、ポポポーン」


巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】特有の音声が鳴ったと思えば、ゴーレムは背に生やした両翼で空から着地した。


「ご苦労だった」

「ピピィーン、ポーン、ポポポーン、ピィーン」


 なんとなくだが【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】の伝えたいことは理解できた。


「そうか……【オルトリンデ聖王国】といった国名は存在しないか……。帝国は、【ペンドグラム帝国】の様子は?」

「ポポーン、ピィーン」


「憎き帝国の『英雄生み』は未だ健在か……だが、俺の予想より国土が狭い……?」

 

 王国を支配下に置いた帝国であれば、【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】が伝えてくるイメージより国土は広大になっているはず。

 今の俺たちは帝国領の遥か上空にいるため、今後は帝国との取引きを行うかもしれない。そうなると情報はもっと必要に感じる。


 その辺の事情をリーフィアに聞いても意味がないだろう。

 北の【白き冬森】は王国や帝国からだいぶ離れている。南や西の森のエルフであれば違ったかもしれないけど、北のエルフは閉鎖的だ。

 人間の国の動向になど目をくれない。せいぜいが、また同族同士で殺し合っている『愚かな下等生物』との認識しかないだろう。


「ピィーン、ポーン、パーン」

「引き続き、頼む」


 全部で7体ほど偵察に出した【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】がなぜ1体しか帰還していないのか。それはもっと詳しい情報を収集するため、他の【巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】たちは引き続き調査を行ってくれている。

 目の前のゴーレムにも『周辺諸国の情勢を可能な限り集める』と『報告しに帰還する』の二つの頼み事をしておく。


巨神兵の人形(ティタンズ・ゴーレム)】は再び両翼を広げて、大空へと飛び立っていった。


「…………やはり王国は滅んでいた、か……」


 予想は的中していた。

 同時になるべく考えないようにしていた孤児院の子供たちの死も、事実として押し寄せてくる。


「レジス君、大丈夫?」


「おに、い、ちゃん、ウルがそばで、いっしょにあったまる」

「おにい、ちゃん、ベアがいっしょ、あそんであげる」


 いつの間にか3人の少女幼女に励まされる構図になってしまった。

 受け止めきれない悲しみと、少しの気恥ずかしさと、その心遣いに感謝する。


「おいおい、俺はお兄さんって年齢じゃないぞ。人族の見た目で言えばもうおっさんだ」


 だから照れ隠しも含めておどけてみせる。


「萎れた植物にはお水をあげなくちゃ。さあ、悲しい時は何かをするのが1番だよ?」

「おに、いちゃん、遊ぶ?」

「あそぶ!」


 それでもやっぱり誤魔化しきれなかったので、俺は素直に彼女たちの優しさに甘えさせてもらった。


「じゃあ、さっきリーフィアからもらった【土精霊が眠る実(ノームス・ドングリ)】をみんなで植えてみるか」

「はい。日当たりのいい場所がお勧めです」


「たね! たべる!」

「ちが、う、うえる! そだ、てる、たべる!」


 それから俺たちは空の青さがよく見える高台に【土精霊が眠る実(ノームス・ドングリ)】を植えていった。

 風が静かにそよぎ、草花が陽気にさざめく。


 こうしていると少しだけ自分の無力感だったり、寂しさを埋められる気がした。

 それから陽が沈む頃になれば、ウルフォナやベアトリクスを親元に帰して、リーフィアと二人で焚火(たきび)を囲った。


 パチパチと薪が爆ぜる音や、揺らめく炎の灯をジッと見つめていると……なんだか強張った感情も、不思議と溶けていくように思えた。

 だからなのか、普段は話せないようなことも言えてしまった。


「リーフィアに会えてよかったよ」


「こちらこそだよ、レジス君。色々ありがとね?」


 ふわっと微笑むリーフィアだが、そこには一抹の寂しさが滲んでいた。

 おそらく時間(・・)が迫っているのだろう。


「そろそろかな。結界の予備魔力が尽きちゃう」

「帰らないといけないのか」


「うん……【世界樹の若木】から【世界樹の双葉】に繋がる(みち)を通って、北の森に帰ろうかな」

「あっちに戻ったら、また【世界樹の双葉】と共に眠りにつくのか?」


「それがお役目だからね? 今回のお休みで、レジス君が生きてるって知れてよかった」

「でも休暇にしたって短すぎじゃ……34年ぶりの目覚めなんだろう? 起きていられるのがたった1日だなんて……しばらくここにいてもいいんだぞ?」


 しかし俺の言葉にリーフィアは首を横に振った。


「みんなのためだもん。みんなも森が枯れないようにって、毎日を生きているから」


 エルフと森のために、か……。

 あんな傲慢で、差別主義で、見た目だけが取り柄の連中なんか切り捨てて、こっちで自由に暮らせばいい。なんて出かかった言葉を飲み込む。

 リーフィアは俺と違って、あそこのエルフたちも、あの森も好きなのだろう。


 だから長年、【世界樹の双葉】の守護役としての責務を全うしているのだと思う。

 だが、頭ではわかっていても納得するのは難しかった。


「……それでも、あの森にリーフィアの一生を捧げるなんて……」


「むっふっふー、レジス君も誰かを守りたくて兵士になったんでしょう? 私も同じ」


 リーフィアの言葉は重く響いた。

 俺は仲間や国を守り切れず、エルフたちはリーフィアを犠牲にしてはいるが森は守れている。

 リーフィアが植物を守る結界を張り、そして【世界樹の双葉】の魔力が森を強くし、森の力を行使できるエルフたちが……人間の森への侵略を阻んでいる。

 

「私にしかできないことだもん」


 リーフィアは自分に言い聞かせるように繰り返す。


「森のみんなが好きだから」

 

 何事もないかのように、平気な顔で繰り返す。

 色々な想いを胸に秘めているはずなのに、そういった感情は微笑みの裏側に無理やり押し込めるみたいに……。


 そんなリーフィアを見て、俺は苦しそうだと思ってしまった。

 どうにかしたいと願ってしまった。

 同時に、俺がどうにかするのを拒んでいるようにも見えた。

 そこには『無駄な希望を抱かせないで』とか、『余計な口を挟まないで』とか、複雑な心境が伺える。

 だからこそ俺は、つい口に出してしまった。


「リーフィア……それだけが(・・・・・)、本心なのか?」


「やめて、ほしいな……」


 リーフィアはわずかに声を震わす。

 そして悲しげな瞳を俺に向ける。 


「森を出て行ったレジス君に、わかるの……?」


「ッ!」


「そんな風に聞かれたら……私だって思っちゃう……」


 それから彼女は唇を震わして、今まで溜め込み続けた心の奥底を吐露してくれる。


「本当はもっと、もっと、時間が欲しいって……みんなと過ごす時間が欲しいって……」


 気付けばリーフィアは静かに涙をこぼしていた。

 俺が幼馴染を泣かせてしまった。


「どうして私だけ、みんなとの思い出が作れない……記憶喪失(アムネシア)なのって」


 俺を見上げるリーフィアの瞳には、揺らめく焚火の炎が反射していた。

 それはまるで彼女の想いの輝きのように、揺らいでいて、熱かった。


「みんながっ、(ねた)ましい……! 私より時間のあるッ、レジス君が妬ましい……そんな風に思いたくないからッ!」


 そして彼女の瞳の煌めきは、大粒の涙となって、夜空に流れ落ちる流星のように頬を伝う。


「だから、ね……?」


 リーフィアはその小さな身体で、抱えきれないほど大きな苦悩を背負っていた。

 だが、それでも彼女は記憶喪失(アムネシア)であることを自ら選び続ける。


「あと数時間しかないから……そしたらまた30年後になっちゃうから……だから、残された時間をこんな気持ちでいっぱいにしたくないよ……」


 そうだ。

 彼女が積み重ねてきた年月を、俺なんかが軽く否定していいものではない。

 彼女が積み上げてきた強さを揺るがしてはいけない。

 リーフィアを見て、俺が思うのはただ一つ。



「……眩しい、な……」


 どこまでもまっすぐで眩しい。

 俺は俺を差別したエルフたちを憎み続けているが、リーフィアは奴らの良いところを大切にしている。

 だから自分を犠牲にしてでも【世界樹の双葉】に身を捧げている。


「……レジス君、眩しいって何が?」


 とっさに出てしまった本音をごまかすように、俺は【朝守りの騎士】たちと見た朝日を思い出す。


「た、太陽が……眩しいなって」


「もう沈んでるよ?」


 しかしリーフィアは涙をこぼしながらも、『レジス君は変なの』って顔になる。

 それもそうだよな。

 ここまで本音で言ってくれたリーフィアに照れ隠しなんてのも失礼だ。

 今更、ごまかす間柄でもないのだから率直に伝えればいい。


「じゃあ眩しいのはリーフィアの笑顔かな」


「え……? ぷっ……なにそれッ、励ましのつもり?」


「少なくともリーフィアの綺麗な笑顔は見れた」


「むっふっふーっ、笑わせてくれてありがとう」


 涙をぬぐって、そして泣き笑いをするリーフィアに胸が締め付けられる。

 そして俺に何かできることはないかと必死で頭を巡らす。

 今は彼女の本音を聞けたからこそ、俺が『どうにかしてもいい』と思えるようになった。きっと、これは余計なお節介ではないはずだ。


【世界樹の若木】をエルフの森に生成すれば……いや、どうせエルフたちのことだ。リーフィアの優しさにつけ込んで、今度は若木のためにも眠れと言い出しそうだ。

 それではリーフィアの貴重な時間が増えるわけじゃない。


 肝心なのは森の植物たちを守る結界の魔力を満たすこと。そうすればリーフィアの目覚めも早くなって、起きれる時間も増えるはず。

 そして植物と親和性のある、膨大な魔力の結晶とも言える存在がすぐ近くに根付いていると俺は気付いた。


 すぐさま【世界樹の若木】に、枝を一本だけ手折ってよいかと確認してみる。

 すると了承の意を得られたので俺はホッとした。


「リーフィア、これを持っていけ。そっちの双葉とは比べ物にならないほどの魔力を内包しているだろう。結界の維持に使ってくれ」


 エルフたちが数百年かけて育ててきた【世界樹の双葉】に比べて、俺が持つ枝は数十倍の魔力を誇る。


「えっ……でも……」


「それで、また遊びにきてくれよ。30年後か50年後か、100年後かはわからないけど、リーフィアが目覚めた時にでもさ」


 出会いがあれば別れは必然。

 だからこそ、一緒に過ごせるこの一時(ひととき)を、最後まで大切にしようと思えた。

 この枝葉が次に繋がる希望だと思えば、きっと今夜の問答も悪いものではなかったはずだと。


「……うん、うん、必ず遊びに来るね!」


 俺はリーフィアを笑顔で見送った。






 それからリーフィアが顔を見せたのは一カ月後だった。

 随分と早い目覚めに、彼女はとても澄んだ微笑みを浮かべていた。


「レジス君、ありがとう。その、何かお礼がしたいかなって」


 そんな彼女の様子が嬉しくて、自然と俺も笑みがこぼれる。


「俺とリーフィアの仲だろ? なーんにもいらないぞ」


 俺はここぞとばかりにリーフィアの言葉を真似る。

 するとリーフィアの笑みはさらに深まった。


「私は、他の人より持てる記憶が少ないけど……でも、それでよかった」


「どうしてだ?」


「だって、私の記憶を、レジス君でいっぱいにできるから……!」


 頬を染めながらそんなことを言うリーフィアの笑顔は、とてもとても眩しかった。




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