1話 おっさん、伝説になる
「死ねえええ! 王国のクソ兵士がああ!」
意識が朦朧とする中、その帝国兵は狂気と凶器を容赦なく俺に向けた。
どうにか左腕でその剣戟を受け止めたが、すでに腕の感覚は麻痺しているため痛みはほとんどなかった。
ただ、ザシュっと斬り潰される音を聞いて、二度と使い物にならないだろうと腕は諦める。
「王国の物は全部奪ってやるぜええ! 女ァ! 子供ォ! 犯しまくれえ!」
だが諦めきれないものもある。
王国兵として守り抜きたいものがある。
だから残った右手で剣を握り、碌に力の入らない足腰を叱咤する。
満身創痍の下級兵士である俺にだって、まだできることはあるはずだ。
まだ、まだ死ねない。
「王国のおっさんはしつけえなあ!」
しかし現実は俺の意思に反して、無常にも流れてゆく。
明滅する視界が最後に捉えたのは鈍く光る刃。帝国兵の剣が俺の胸に突き刺さり、燃えるような痛みが爆発する。
————ああ、いつもそうだったな。
【薄れた草人】として生まれ、【森の麗人】たちから差別を受けた幼き日々も。
冒険者を夢見て旅立ち、自分には何の才能もないと改めて痛感させられた時も。
いつも現実は無常だった。
そして悔しさは胸を焦がし、俺に目まぐるしい走馬灯の篝火を見せつける。
「おっさん~早く死ね~!」
「こいつ口からめっちゃ血ぃ吐いてて笑えるわ!」
「かはっ」
あぁ————
胸が熱い、痛い。
かつての冒険者同期たちが活躍したと、風の噂で聞いた時は胸が躍ったな。
遠く異国の地で【花園騎士】たちが発見した、【神を埋葬した箱庭】の話は衝撃的だった。
【剣聖】と名高い英雄が、西に座す【夕染めの魔王】を地平に沈めた武勇伝にも憧れた。
子供の頃に聞いた伝説や伝承は本当にあるのだと、俺だっていつかそんな伝説に巡り合えるかもしれないと。
諦めきれずにただひたすら剣を握った。
夜に腐っても、日が昇れば、また剣を振り続けた。
そして数々の冒険の果てに、俺がようやく掴み取ったのは下級兵士の身分だった。
安住したいと思える場所に出会えた。
いつまでも酒を飲み交わしていたい友人とも出会えた。
いつまでもその成長を見届けたいと願う、孤児院の子供たちとも出会えた。
だから俺はこの王都で、大切な人達の安全を守れるぐらいにはなりたかった。
世に語られる伝説と比べたら、ちっぽけな俺の人生だったかもしれない。
でも俺にとっては全てかけがえのないものだった。
「だからっ……お前らにここは蹂躙させ、ないっ……!」
ここには俺の愛する友人が、子供たちが、国が、ある。
守りたいものがある……!
「絶対にッ……負けられない……!」
「まじでしつこいわ~、おいお前ら。こいつが何回突き刺されたら死ぬか賭けようぜ?」
「王国兵のおっさんまじタフだなあ」
「俺はあと三刺しで絶命に銀貨2枚賭ける!」
あぁ————ちきしょう。
死の間際にしてようやくわかった。
年甲斐もなく俺が伝説や神話に焦がれ続けた理由が。
だって、もし伝説になれていたなら————
こんな理不尽をはねのけ、大切な人達も、国も守れたかもしれないから。
どうかみんなは無事で逃げ————
「おいおい、二十五刺しとか粘りすぎだろ……」
「……見事に俺らの完敗だぜ」
「ああ。賭けには誰も勝てなかったな」
◇
ん?
気付くと俺は大空をぷかぷかと浮いていた。
ここはどこだ……?
少なくとも黄金教の神父が説く、死者の楽園【黄金郷】ではなさそうだ……?
どちらかと言えば竜神信仰者たちが謳う、落ちた翼が行きつく蒼穹の墓場【天骸】に近いかもしれない?
周囲を見ればミニチュアサイズの竜たちが飛び回っているし……。
んん……なんだかお腹の辺がむずがゆいような……。
かゆい部分に視線、意識を向けると、ん……?
これまた米粒サイズの熊と狼が、寂れた庭園で戦っている?
『説、数千年ぶりの主格を獲得しました』
『私たちはラピュタリス』
んんん!?
頭の中から妙な声が聞こえる!?
お前は、誰だ!?
『説、敢えて私たちを別格として分類するのでしたら私は【浮遊する者】』
『あなたは【見守る者】』
『ゆえに私たちはラピュタリス』
ラピュタリス……?
俺は死んだんじゃないのか?
というかここはどこで、俺、たちは何なんだ!?
『説、数千年もの間、様々な機構が眠りについていたので現座標は不明』
『私たちは【伝承を育む天空城】、もしくは【神話を生む天空城】と呼ばれています』
神話を生みだす……天空城!?
下級兵だった俺が、伝説の存在になっている……?