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【OP-4】失われた面影を求めて

 ──廃都市エリア・第五区、封鎖ダンジョン跡地にて。


 ブーツが、ひび割れたコンクリの上を踏みしめる。

 夕陽が射し込む廃ビルの谷間で、マリアはひとり、ヘッドホンを首に下げていた。


「今日は音が薄い……でも、確かにこの下に残ってる」


 彼女は足元の鉄板に手を当て、耳を澄ます。


 ──ぽつ、ぽつ、ぽつ──

 何かが跳ねるような、耳鳴りのようなノイズ。

 けれどマリアには、それが“メロディ”に聞こえた。


 彼女の異能は「周波共振による空間スキャン」──だが、マリアだけはそれを「声を聴く力」だと認識している。

 音は彼女の言葉に反応し、時に軌道を変え、時に真実を語った。


「あなたが、ここに残してくれたのよね」


 マリアの指がリズムを取る。

 すると、ダンジョンの壁に──かすかな“模様”が浮かび上がった。振動痕。残響。誰かが手で叩き続けた記録。

 そこに、こう記されていた。


「ボクは マリアのうたを きいてた

 ボクは マリアといっしょにいた

 うたは あたたかかった

 ボクは ──なまえがほしい」


 言葉ではない。プログラムではない。だが、確かに“誰かの心”が刻まれている。


 マリアの手が、ほんの一瞬、震える。

 ふと彼女はポーチから取り出した古いメモリカードに、その痕跡を保存した。


「……もう一度、会えるかな。もし“あなた”が、まだどこかにいるなら……」


 声は返らない。

 けれど、スピーカーの奥に仕込まれたAIノイズフィルタが、一瞬だけ“鼓動のような音”を検出した。

 誰かがそこに“いた”のだと、告げるように。


         ※


 ──《灰の街》跡、立入禁止区域:第七深層・未解放階層


 高性能カメラを回す指が止まった。


「……ここだけ、温度が違う」


 マリアは顔の前に手をかざし、空気の揺らぎを感じていた。

 周囲は廃棄された旧市街の残骸。立ち入り禁止区域に指定されて久しく、まともにスキャンされた形跡もない。

 だが、彼女には分かる。この空間には“誰か”の意志が残っている。


『──音を感じて。もっと深く、もっと……そこにいた“彼”を』


 ノイズまじりのイヤモニが、囁くように訴える。

 AI支援型の耳栓型スキャナ《O-Tune》のフィードバック。

 だが、その音声は既存の解析データには存在しない。


「……また、“あの声”」


 彼女だけに聞こえる、過去からの残響。

 記憶と異能と、何か“名付けられていない感情”が呼び起こす、確信にも似た確信。


 階段を下りた先、半壊したモニター端末に、埃まみれの記録デバイスが突き刺さっていた。

 マリアはそれを抜き取り、携帯端末に接続する。

 すると、画面が揺れ、無音の記録映像が再生された。


 それは数年前──ダンジョン実験場としてこの階層が稼働していた頃の記録。

 防護スーツを着た科学者たち。ケーブルに繋がれた無人兵器。そして──


 ──画面の片隅に、一瞬だけ“影”が映った。

 赤いコード、フード付きのローブ、顔を覆う仮面。


 それは、“いま”マリアの敵として噂される悪魔契約者連盟の存在、フォールン・ロードによく似ていた。

 ……だが、それよりも彼女の心を揺らしたのは──


「……なぜ、この人の後ろに……あの音が残ってるの?」


 音楽家の耳にだけ聞こえる、不可視の残響。

 それは彼女が事件の日、最後に聴いた声の“リフレイン”と同じものだった。


 彼女の胸の奥で、何かが噛み合った。

 時間のねじれ、名前のない感情、忘れかけていた“微笑み”。


 ──まさか、彼が。

 ──いや、違う。そんなはずは……


「……でも、もし、あのとき……」


 マリアの声は震えた。

 その瞬間、彼女の背後の影の中で、誰にも知られず、ひとつの気配が動いた。


 “それ”は観測している。

 彼──フォールン・ロード。

 仮面を被った男が、遠くから、ただ“彼女の選択”を見つめていた。


 彼は言葉を持たない。

 けれど、その沈黙は、明らかに何かを“願っている”。


 彼女がこの先、真実に辿り着いてもなお、自分の手を取るだろうか──と。


 ──ただの観測。

 ──ただの偶然。

 だが、それでも彼は確信していた。


 マリア・スノウリリィは、この深淵に光をもたらす“唯一の存在”だと。

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