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1-8 孤児院にて 前篇

「んわぁあぁぁ!かわいいー!お名前はなんて言うんですか?」


ライアがルクスの顔を覗き込みながら、勢いよく私に問いかけてきた。顔が近い。近すぎる。


「……ルクス」


顔を背けつつ、ぽつりと呟く。


「ルクスくんっていうんですかぁ!かわいいかわいいね〜!」


ライアはテンション高めにルクスのほっぺたをぷにぷにとつつく。すると、ルクスが心なしか嫌そうな顔をした。


あの後、私はなぜか孤児院に招かれていた。中は外観以上に年季が入っていて、木製の家具には長い年月が刻まれている。ところどころ修繕の跡も見えるが、ちゃんと綺麗にしているのが分かる。


「お茶、どうぞ」


メリルが小さな手で湯気の立つカップを運んでくる。まだ少しだけ緊張している様子だが、最初ほどの警戒心はなかった。ルクスを魔法から守ろうしたのを見て、多少は信頼してくれたらしい。


「あ、ありがとう」


素直に礼を言って受け取る。ただのお茶なのに妙に温かく感じた。


「こんなかわいい子を危険な目に遭わせるなんて…さっきは本当にごめんなさい!」


急にライアが深々と謝ってくる。その姿勢は真剣そのものだった。


「まぁ、仕方ないんじゃない?」


お茶を飲みながら、さらっと答える。実際、私を魔族だと思ったのなら、真っ当な判断ではある。けど、この後の話を円滑に進めるために、ここは恩を売っとくか。


「で…でも、ちゃんとよく見ておけば…」


「必死だったんでしょ、アンタも。」


軽く返すと、ライアはじーんと感動したような顔をしている。チョロいな、コイツ。


「わたしの名前は、ライア・フェイン。この孤児院の副院長です」


ライアは柔らかな笑顔を浮かべて自己紹介を始めた。


「……メルノア」


私が名乗ると、ライアの笑顔が少し引きつった。視線を泳がせ、もじもじと迷った後、意を決したように口を開く。


「メルノアさん……あなたは、魔族では……ないですよね?」


途切れ途切れに問いかけた後、彼女の手が慌ててワタワタと動き出す。


「あ、い、一応ね!一応の確認だから!別に深い意味とかじゃなくて!責任者としてね!」


そのあまりに必死で滑稽な様子に、私は鼻で笑った。


「魔人だって。何回も言わせないで」


てか、私が本当に魔族だったら、とっくに手遅れだろ……と口を開きかけて、やめた。


「ご、ごめんなさい……でも、信じられなくて。人と魔族の混血なんて……」


ライアの視線が戸惑いに揺れる。


まぁ、その反応は正しい。私自身、昔は自分の存在が信じられないと思ってた時期もあるくらいだ。


今は──そんなこと、どうでもいいけど。


「私と会ったこと、あんまり他の人に言わないで」


「もちろんですよ!そこは、ちゃんと弁えてます!」


ライアはフフンと胸を叩く。……すっごい心配だ。


「それにしても、魔法を弾くなんて凄いですね!それも魔人の力なんですか?」


ライアが机から身を乗り出し、聞いてくる。大きな声で魔人って言わないでよ…。


「まぁ、そんなところ」


──スキルは大きく二種類ある。

後天的な努力で身につける【クラススキル】と、生まれつきの才能や血筋による【固有スキル】だ。私の場合、【クラススキル】は暗殺者の使う暗殺スキル。そして【固有スキル】は——“影”を使役する力だ。


この影の力を一言で言うなら、「拒絶」と「反発」。


たとえば【(エンチャント)付与(シャドウ)】は、魔法や呪術の干渉を拒み、その力を武器に宿らせるスキル。【影歩(シャドウ・ステップ)】は、足に纏った影が、地面を反発して超高速で移動するスキルだ。


どちらも地味だけど、その効果は確実。必要以上の注目を集めず、確実に仕留める――暗殺者にはこれ以上ない力だと自負している。まぁ、面倒くさいからこんな説明しないけど。


「アンタも凄いじゃん。初級の衝撃魔法であの威力…才能ね」


「いやぁ!そんなこと…ありますかもねぇ!」


私が雑に褒めると、ライアはクッソ調子に乗り始める。あー…言うんじゃなかった。


「よく孤児院の屋根を吹っ飛ばしてマザーに怒られてたけどね〜。杖も何本もダメにしたし」


メリルが笑いながらお茶を下げにやってくる。


「め…メリル!余計なこと言わないで!」


ライアが慌てて声を上げる。


「それは昔のことでしょ……昔の」


急にライアの表情が曇り、メリルも黙り込む。場が静まり返り、気まずい空気が漂う。な、なんなの?急に暗くなるのやめてよ。


「ねぇ、そろそろ本題に……」


そう言うと、ライアはハッと顔を上げ、ぱっと笑顔を浮かべた。


「あっ、そうでしたそうでした!じゃあ、ルクスくんについてお話し聞かせてもらえますか?」


私はここまでの経緯を話し始める。でも、話が進むにつれて、ライアの笑顔は次第に消え、再び表情が曇っていった。


「な…るほど。身元不明、両親も不明、出身地も分からず、持ち物もなし……つまり、ルクスくんについては何一つ分からない、ってことですね」


ライアが頭を抱えながらこちらを見てくる。仕方ないじゃん…森で偶然拾っただけだし。


「出身地は多分、あの騎士たちの国じゃないの?」


「ガブリエル王国ですか?ここロンドールから遥か西にある軍事国家ですよ?なぜこんなところに…」


私にルクスを託した青年の騎士の顔をふと、思い出す。——その理由を聞く術は、もはやなかった。


「何にせよ、ルクスくんが只者ではないのはたしかです。貴族…もしかしたら、王族の血筋かも…?」


「王族…」


思わず、ルクスの顔をじっと見つめる。輝く金髪、澄んだ青い瞳――たしかにどこか品を感じる。無表情なその顔をぼんやりと眺める。


「とりあえず、あたしの方でルクスくんを預かります!後のことはお任せください!」


突然のライアの言葉に、ハッと我に返る。


「え!あ…うん」


ゆっくりとルクスをライアに渡す。


すると、ルクスが泣き出してしまった。


「あ〜ごめんねぇ!メルノアママと離れて寂しいよねぇ!」


「なっ…!」

メルノアママ?その言葉になぜか顔が熱くなる。な…なんで?


「おーよしよし。だいじょうぶ。だいじょぶだよ〜。ルクスくんはいい子だね〜」


ライアがルクスの背中をポンポンと軽く叩いてあやす。段々と、ルクスの泣き声が収まっていき、スヤスヤと寝てしまった。


「す…すご」


つい、口に出してしまっていた。私の時は、あんなに苦労したのに…。


得意げな顔でライアがこちらを見てくる。むかつく。


「おはなしおわった?」


声の方向に向くと、ドアの隙間から三人の子どもたちがこっそり覗いていた。


「みんな……今はお昼寝の時間でしょ?」


ライアがルクスを起こさないように静かに叱ると、子どもたちは顔を見合わせてクスクス笑った。


「お昼寝してたのに、ライアお姉ちゃんが起こしちゃったんだよねぇ?」


メリルがジトっとした目でライアを見ながら、子どもたちの頭を撫でている。


そりゃあんなでかい魔法が近くで撃たれれば、眠り竜でも飛び起きるわ。


「うっ……ごめんなさい」


ライアは申し訳なさそうに俯いた。


「おねえちゃん、それなに?」


子どもたちの視線は、ライアの腕の中に抱かれたルクスに向かう。


「この子はね、ルクスくんだよ。今日からみんなと一緒に暮らすの」


「……ちっちゃい。」


女の子が興味津々にルクスのほっぺたをぷにぷにと触った。


「みんなもね、こんなちっちゃい時があったんだよ」


メリルが笑いながら言うと、子どもたちは顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげた。


その光景を見ていると、不思議と胸が温かくなった。気づけば、私もほんの少しだけ口元が緩んでいた。


「じゃあ、そろそろ帰るわ」


椅子から静かに立ち上がり、ドアへと向かう。


「え?何言ってるんですか?」


すると、メルノアがキョトンとした顔になった。


「何って?用は済んだでしょ?」


「いやいやいや。保護者は一週間、孤児院に通わないとダメですよ」


「は!?」


驚きのあまり、大きな声を出してしまった。すると、ルクスが再び泣き出してしまった。


「あーあーあー!メルノアママが急に大きな声出したから驚いちゃったよねぇ〜。怖かったねぇ〜」


「メルノアママ〜。だめでしょぉ〜」


ライアとメリルがクスクスと茶化してくる。


「いや…ちょっ…勘弁してよ」


「規則ですから。従ってもらいますよ」


暗に許しを求めたが、ライアにきっぱりと断られる。


「……めんどくさ。ここ、宿から遠いからダルいのよ」


ため息交じりにぼやくと、ライアは一瞬、何かを考える素振りを見せた。


「じゃあ、泊まればいいんじゃないですか?」


「え?」


唐突な提案に、思わず聞き返してしまう。


「メリル。部屋空いてるよね」


「うん」


メリルがコクリと頷き、即答する。


「よし!じゃあ決まり!」


「ちょっと…」


「もちろんタダじゃないですよ!孤児院の仕事を手伝ってもらいますからね!」


その条件を聞いた瞬間、脳裏にエプロンを付けた自分が重労働をしているイメージが浮かぶ。


「ちょっと待っ…」


ライアの勢いに押されそうになりながらも、なんとか口を挟もうとする。


「朝五時には起きてくださいよ!孤児院の仕事は朝が一番忙しいんですから!」


「無理!絶対無理!!」


反射的に叫んだ。朝五時なんて、一番寝ていたい時間だろうが!夜型の私には、拷問に等しいどころか、死刑宣告みたいなもんだ。


「てか、私が子どもの相手とか……絶対無理だから!」


チラッと子どもたちの顔をみると、爛々と目を輝かせている。おいやめろ、そんな目で私をみるな。


私の疑問に対して、ライアは自信満々に答える。


「大丈夫ですよ!みんないい子でよく言うことを聞きますから!」


──嘘だった。

干した洗濯物に包まってミイラごっこをはじめる子。食事中に苦手だからと野菜を投げつける子。そして、私にイタズラを仕掛けようとするませたガキ……。次々と巻き起こる小さなカオスに振り回されっぱなしの一週間を過ごすことになった。


あーやっぱり……教会にするんだった。

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