1-2 人と魔族の子
「珍しいな、メルノア。君がそんなに怒るなんて」
トレイは山盛りのフルーツからブドウを摘んで、口に放り込んだ。
気づけば、私は短剣を構えていた。その動きに反応して、トレイ以外のメンバーも武器を手にする。
さっきまで賑やかだったギルドが、嘘のように静まり返っていた。
「トレイ…私がパーティーに入った時のこと、忘れたの?それだけは言わないって約束だったでしょ?」
「もちろん覚えてるよ、はっきりとね。でもさ、状況が変われば話も変わるだろ?それに、追放される君に気を遣う理由がどこにある?」
こいつ…ここまでクズだったのか。
「パーティーを組んだあの日、魔王はすでにいなかった。この世界は平和だったんだ。でもね、メルノア――」
トレイは立ち上がり、わざとらしく声を張り上げた。
「一年前、魔王は復活した!遂に、僕の使命が果たされる時がきたんだ!僕は英雄となり、伝説になる!そして、その旅路は永久に語り継がれることになるだろう!」
その言葉に呼応するように、ギルド内は歓声の嵐に包まれる。「トレイ、万歳!」「勇者、万歳!」なんて声が飛び交っている。
周りが浮かれる中、私は短剣を握る手に力がこもるのを感じた。
「で?魔王が復活したから何?私には関係ないでしょ」
そう言うと、ギルドの連中は一斉に私を見て、ピタッと静かになる。…かと思ったら、次の瞬間、大爆笑が巻き起こった。
「関係ない? 大いにあるだろ! 魔族の王が復活したんだ。魔族の血を引くお前が、俺たちを裏切らない保証なんてない!」
グウェンがワイングラスを掴み、勢いよく投げつけてきた。反射的にかわしたが、ワインが跳ねて顔にかかる。最悪…。
冷たい液体が頬を伝い、私は無意識に手を伸ばして拭った。その瞬間、ギルドの空気が凍りついた。
「その右眼…血のように赫い魔族の眼!なんて穢らわしく、おぞましい!後ろめたいから髪で隠しているのでしょう!?」
イザベラの震えた声がギルド内に響いた。右眼に突き刺さる視線の痛さに、私は反射的に手で隠した。
「暗殺者になったのも、人間をバンバン殺したかったからだろ?俺たちの仲間になる前に、何人殺ったんだ!?この魔族め!!」
オーグは椅子を蹴り飛ばし、私を睨みつけた。
ギルドの連中も、「裏切り者!」「化け物が!」「魔王の手先め!」などと、テキトーなことを言い散らしている。
久しぶりだな、こんな風に差別されるの。結局、こうなるのか。パーティーなんて…入るんじゃなかった。
現実から逃げるように意識を遠ざけ、パーティーに誘われたあの日のことを思い出す。
『魔人?人と魔族の混血種?そんなことを気にしているのか…貴様は貴様だろ?』
『そうですよ!メルノアさんはメルノアさんです!まぁ…私たちより、老けるのが遅いのは羨ましいですけどね!』
『メルノア悪くいうヤツ。オレがぶっ飛ばす』
あの時の笑顔で迎えてくれた三人の言葉が、鮮明に脳裏をよぎる。
『行こう、メルノア!僕たちと一緒に!』
差し伸べられた手。心を照らすような眩しい笑顔。これが勇者…トレイなんだと少しだけ心動かされた。でも、今は――
「消えろメルノア。僕たちに殺される前にね」
トレイは、禍々しい表情と侮蔑の眼差しを向けながら、冷酷に告げた。
こうして、私は勇者パーティーを追放された。
「はぁ…無駄な三年間だった」
王都の石畳をダラダラと歩きながら、思わず呟いた。
魔王討伐…別に、最初からそこまでやる気があったわけじゃない。そもそも、人間だろうが魔族だろうが、私にとってはどっちも大差ない存在だ。半端者の私は、どちらの世界にも属すことができなかった。だから正直、どっちが勝とうが負けようが、あまり関心がなかった。
それでも、あの時パーティーに入ったのは、たぶん居場所が欲しかったからだ。信じたかった。何かが変わるんじゃないかって。……バカだった。本当に、愚かだった。
「めんどくさいし…もういいや」
昔みたいに、ひとりで生きていこう。辺境の地で…ゆっくりと、誰にも邪魔されず、虐げられることもなく。そう、ただひとりで…。
私は、当てもなく北を目指し、静かに歩みを進めた。
私がいなくなった後、アイツらが何を話しているかも知らずに———。