断章Ⅱ 勇者の悩み
「なぁ、みんな。メルノアはどの花が好きだと思う?」
メルノアをパーティーに迎え入れてから一年が経とうとしていた。街中の花屋に並んだ花々を前に僕はメルノアを除いたパーティーメンバー三人に問いかけた。
「おお、ついにか」
グウェンが感嘆の声をあげた。ん?何が「ついに」なんだ?
「ここまで来るのに一年かかりましたね……」
イザベラは連載小説の最終回を見届けたような口ぶりだ。そりゃ一年記念で花を渡すんだから一年かかるだろう。
「オレ、花食ってもいい……?」
待て、オーグ。お前だけなんか違う。発言の毛色が違う。お前だけ二つ名が蔑称みたいになったのはその発言のせいだろう。
「みんな、まじめに聞いてくれ、メルノアはどの花が好きだと思う?」
三人の方を振り返ると、グウェンとイザベラはすごくにやにやしていた。気持ち悪い。オーグだけは花を見て目を輝かせている。
「グウェン、イザベラ、なんだその目は」
「すまんな。感慨深くて……な」
イザベラをちらりと見るグウェン。
「そうですねー。やー、じれったかったですね。催淫剤でもまき散らしてやろうかと思いましたよ」
イザベラはハイテンションでグウェンに応えた。
二人の口ぶりに嫌な予感がした。
「……なんの話をしているんだ?」
すると、ふたりはきょとんとした顔をした。
「想いを告げるのだろう? メルノアに」
「一年分の思いのたけを、ついにぶつけてやるんですよね!」
僕は絶句した。脳内ピンクのイザベラだけならいざ知らず、常に冷静沈着なグウェンすらも僕をそんな目で見るのか。
「違うよ! メルノアが仲間になってから一年経つだろ? ほら、花でもあげて労いの言葉をでもな……」
「でも、トレイってメルノアさんのこと好き好き大好きですよね」
「ななな!」
僕はイザベラの言葉に動揺した。そのため、ちょっとふざけることで本心を隠そうと図った。しかし……
「何が、ななな!だ。図星を突かれたからって、コミカルな表現に逃げるな」
僕の浅知恵をグウェンが看破した。さすがだよ『真理を追求する者』。
「別に好き好き大好きではない……! 仲間としてはもちろん信頼しているが……」
「やっぱおっぱいですか? 抗えませんか?!おっきいですもんね!ムカつくほどに!!」
「は!?」
「ふぉふぉふぉ、英雄、色を好むというからのう」
「性欲勇者、や~い」
「自称勇者の癖に、いっちょ前に股間だけは真の勇者とは恐れ入った……!」
下世話にはしゃぐ二人に対して、さすがに僕はカチンと来た。特にグウェンのやつは言っちゃいけないやつじゃないか?
「違う! おっぱいだけじゃない! 一見芯が強く見えるのに時に寂しげに見える眼差しや、孤高なのに人に寄り添う優しさに僕は惹かれているんだ!」
一度語りだすと、口が止まることはなかった。
勝手に言葉を紡いでしまう。
「メルノアは強さと可憐さを併せ持つ、素晴らしい女性だ。君たちの浅ましい尺度で僕の想いを計らないで欲しいねッッッ!!!」
街中に静寂が訪れる。
唐突な僕の大声により周囲が静まりかえったことに気づいた瞬間、僕は顔から火が出るような感覚に襲われた。
赤面しつつ、周囲を見ると、あらゆる人が僕のことを興味ありげに見ていた。花を見るオーグを除いて。僕の顔はさらに熱くなり、俯くことしかできなくなった。
やらかした……。完全に二人に乗せられた……。顔を上げるのがもはや怖い。
しかし、どういうわけか、拍手の音が聞こえた。拍手の音はあらゆる方向からまばらに鳴り始め、やがて大きな一つの音へと集約した。顔を上げると、花屋の店主のおばさんが拍手をしながら僕に微笑みかけてきた。
「よく言ったわ!」
隣の店で果物を売っていたオヤジも彼女に続く。
「あちぃじゃねぇか兄ちゃん!」
子犬の散歩をしているおじさんも僕を激励する。
「そう来なくっちゃな!」
子犬も僕に向かって嬉しそうに吠えた。
「わん!わん!」
気がつくと、グウェンとイザベラも僕を向いて拍手をしていた。二人は目に涙を溜めていた。
「さすがだよ。我が見込んだ勇者」
「おお、神も感動の涙を流しておりますよ」
調子乗るなよ。お前ら。
「どれもうまそうだなぁ……」
オーグだけは花を見ていた。お前はもう少し僕に興味を持ってくれ。
僕が立ち尽くしていると、花屋の店主のおばさんが威勢よく話しかけてきた。
「お兄さん、好きな花束を持ってきなさい!」
「ええー」
だからなんの花を買うかで悩んでたんだけどなぁ。
「大丈夫よ!真剣に選んだ花ならどの花でも!」
と言われてもなぁ……。
迷っていると、周囲から視線を感じた。好奇の眼差しだ。「こいつは女にどんな花を贈るやつなんだ」と、皆が僕の選択を見守ってるようだ。
まずい……。花言葉とかにこじつけられて、揶揄われる未来がありありと見える。「お、『あなたを一生想います』のにいちゃんじゃねぇか!」などと言われた日にはもう……。
やばい、わからない。花言葉なんてわからないよ。確か薔薇は情熱系なんだよな。カーネーションとかは母性みたいな?送ったらマザコンだと思われるか。死んだ後にマザコンの偽物勇者って後世に残っちゃうよ。うわ、きつ。
助けて、イザベラ。どうせこういうの詳しいんでしょ。
と、彼女の方を振り向いたら、やけにニヤついて僕を見ていた。ふざけんなよ。元はと言えば君らのせいじゃないか。隣のグウェンも興味深さそうな顔しやがって、年がら年中読書ばかりしてるお前だったら安牌を選べるだろうよ、そりゃあ。
再び、花々に向き合う。まずい。こんなに花が怖いと思ったのは初めてだ。
「お!これ!」
オーグが嬉しそうに叫ぶ。
お、なんだ。そんなにうまそうな花でも見つけたか。
「メルノアが好きだって言ってた花だ!」
「何!?」
僕はオーグを縋るように見た。
「どれだ!?」
オーグは花を指差す。
雪のように白く小さな花が集まって、形をなしている。
カスミソウだ。それくらい僕にもわかる。
「カスミソウ。花言葉は!?」
僕はイザベラに聞いた。
「感謝……とかだった気がする……ゾ」
答えたのはオーグだった。
なんでお前が知ってるんだよ。花言葉まで知ってた方が美味しく食べれるとか、そういう嗜好の持ち主か?だが……今はそれこそ感謝だ。頼りになるタンクを持てて、光栄だよ。
「助かる!あたりさわりない!おばさん!この花を……!」
「「え、つまんな……」」
背後でぼそっと呟くグウェンとイザベラを僕はキッと睨みつけた。
二人は僕のまなざしに怯えたらしく、口をつぐんだ。
そうだ。僕は真剣だぞ。
これ以上困らせてみろ。何するかわからないからな。
僕はカスミソウの花束を店主からもらい、その場から駆け出す。
感謝。
僕とメルノアにピッタリな言葉だ。彼女も好きなら僥倖この上ない。カスミソウを抱えて、メルノアが待つギルドへまっすぐ向かう。
「メルノア!」
ギルドにつくなり、僕は叫んだ。
「うわ、うるさ。何?」
メルノアは鬱陶しそうに僕の方を見た。
ギルドにいる他の冒険者たちは「何事か?」と僕の方を見たが、この際どうでもいい。
「君に伝えたいことがある!!」
「え、こわ……」
メルノアが僕を訝しむように見た。
しかし、今日の僕はそんな眼差しに怯む僕ではない。
「受け取ってくれ。僕からの日頃の感謝を!」
僕は勢いよく、頭を下げながら、カスミソウの花束を彼女に差し出した。
「これって……」
メルノアが少し驚いたような声を出す。
感動しただろう。僕は頭を上げて、彼女に答えた。
「君の好きな花だろう?パーティー加入から一年。いつもありがとう。これからもよろしく」
僕の言葉にメルノアは微笑み返してくれた。そしてカスミソウを受け取ってくれた。
「……ありがとう。トレイ」
「……ああ」
あと、まぁ今はただのパーティーメンバーだけど、ゆくゆくは、ね。分かるよね。ちょっとくらい伝わったよね。これ。
「私がこの花が好きなこと、よく知ってるね」
メルノアは愛おしげにカスミソウを撫でた。
よし!これは行った!
心の中でガッツポーズが止まらない。
「あ、ああ!君のことならなんだって……」
だがメルノアは、なんと花を一つ摘み、あろうことか己の口へと運んだ。
僕は絶句した。
「美味しいんだよね。これ。山で過ごしてた時からよく食べてたんだ」
花を咀嚼しながら彼女は笑った。
あ、好きってそういう。オーグ基準の好きね。なるほど。だからあいつも知ってたんだ。メルノアに人間に機微はまだ早いみたいだ。
僕の全身から力が抜けるのを感じる。
「どうしたの?」
花を食べながらメルノアが僕に問いかけてくる。
「なんでもない!たくさん食べなよ、メルノア!」
僕は空元気を出して笑った。
――いつか彼女が花の意味を知る日が来るといいな。
翌日、改めて加入から一年の祝いでミスリルの短剣をメルノアに贈った。花をもらった時の何倍も喜んでいて、少し泣いた。