◆ 第六章 後宮の闇を解く(14)
楽な態度で聞いていた天佑の眉がピクリと動く。
「この格好のときは、栄祐だな」
「そうではありません」
「なら、どういう意味だ?」
「あなたは甘天佑ではなく、甘栄祐様ですね。本当の甘天佑様はもう亡くなっているのでしょう?」
玲燕は射貫くように、天佑を見つめる。
天佑の形のよい唇が、弧を描いた。
「なぜ、そう思った?」
「思い返せばこれまでに、たくさんの諷示がありました」
本当にたくさんの諷示があった。
兄が天嶮学を習っていると漏らした天佑に対し、兄の存在が確認できないこと。
逆に幼少期から天佑を知る桃妃は、天祐こそが天嶮学を習っていたと証言したこと。
甘栄祐が消えたのと同時に、甘天佑も全く別の部所に異動して姿を消していたこと。
その前後に体調を崩し、以前の記憶が曖昧だということ……。
「三年前のある日、光琳学士院にいた甘天佑様は過去の資料を眺めていてとある事件に疑問を覚えました。菊妃が自害した事件です。彼は光琳学士院が導き出した公式の見解に強い違和感を覚え、独自に調査しようとした。そして、そのことを李空様達に気付かれて殺された」
天佑は何も言わなかった。
「菊妃様は自害ではありません。殺されたのです。──それも、とても親しい相手に」
「それは誰だ?」
天佑が問う。
「私の予想では、李空様です。当時、菊妃様はなんらかのきっかけで菊花殿と後宮の外をつなぐ秘密の経路があることを偶然知った。そして実際に後宮の外に出てしまい、光琳学士院に勤めていた李空様と知り合い男女の仲になった」
玲燕は話しながら、手をぎゅっと握り目を伏せる。
「ただの女官だと思っていた恋人が菊妃だったと知ったとき、李空様はたいそう驚かれたはずです。そして、すぐにその関係を清算しようとした。だが、菊妃は納得しなかった。だから、殺すことにしたのです。妃との姦通は重罪です。もしこのことが誰かに知られれば、一族共々処刑となることは免れませんから」
菊妃は死に際に、『愛していると言ったのに、どうして──』と呟いたという。
最初にそれを聞いたとき、玲燕は彼女が『愛していると言ったのに、どうしてわたくしを夜伽に呼んでくださらないのか』と言おうとしていたのだと思っていた。
けれど菊妃は、『愛していると言ったのに、どうしてわたくしを殺すの?』と言いたかったのだ。
そして、菊妃の事件が墨で塗り潰されていたのは李空の仕業だろう。余計な証拠が記載されていると、自身の破滅が近づくから。
もちろん今の話は玲燕の想像の部分もあるが、これまで集めた情報から判断するに、かなり確度は高いと考えている。
「一方、甘栄祐様は兄である天佑様の死を知ったとき、大きな衝撃を受けた。そして、親しかった潤王に相談し、その死を隠してひとり二役をこなして犯人を暴き出して敵を討とうと決意した。そんな栄祐様が、兄の死についてなんらかの鍵を握っていると睨んでいたのが光琳学士院だったのです」
玲燕は伏せていた目線を上げ、天佑を見つめる。
「あなたは兄である甘天佑の無念を晴らそうと決意していた。だから、鬼火事件に際して潤王から錬金術師を捜してくるように依頼されて私と会ったとき、私を利用できると判断した」
玲燕は天佑に出会った日のことを思い返す。
『果たしたい目的があるならば、使える手段は全て使え。それが賢い者のやり方だ』
これは天佑が玲燕に言った言葉だ。だが同時に、彼は自分自身にそう言っていたのだ。