◆ 第六章 後宮の闇を解く(12)
(もしかして、私の護衛も兼ねていたの?)
今更ながらに知った事実に衝撃を受ける。
一方の黄連泊は、今にも射殺しそうな目で玲燕を睨み付けていた。
「菊妃よ。続きを」
潤王に促され、玲燕はハッとする。
「はい。あの事件を解決したとき、私は光琳学士院が事件を解決できないと言っていたことに強い違和感を覚えました。知識の府である光琳学士院の面々に、あの手法が思いつかないなどあり得るのだろうかと。けれど、『解決するつもりがなかった』と考えれば納得がいきます」
「解決するつもりがなかった?」
潤王が問い返す。
「はい。あの事件は陛下の失脚を狙ってのもの。黄家にとっては都合がよかったのです」
「ふざけるな! 我が黄家は娘が陛下の妃になっているのだぞ。陛下の失脚が都合がいいわけがないだろう!」
黄連泊が叫ぶ。
「いいえ、都合がよかったのです。つまり、梅妃様は妊娠できないお体なのではないですか?」
玲燕ははっきりとした声で尋ねる。
「皇后になれる可能性が高いのは、未来の皇帝を最初に身籠もった女性。しかし、梅妃様は最初どころか身籠ることすらできない。その事実を知られる前に、後宮が解体されることをあなた様は望んでいた。だから、鬼火の事件が起きた際もこれ幸いと解決しようとしなかった」
玲燕は黄連泊を見つめ、うちわを揺らす。
「あのとき、黄様はまだ直接手を下したりはしていませんでした。自分が手を下さなくても陛下を排除したい人間はたくさんいるので、それを待てばいいだけだからです。ところが、そうは言っていられない事情ができた。二月ほど前の宴の最中、食事が運ばれてきただけで体調を崩した桃妃を見て、梅妃様と黄様はすぐに懐妊を疑いました。そして、どうやら間違いなさそうだと確信した黄様は、すぐに桃妃様を排除する必要があると判断し、実行に移します。それが、寒椿の宴の事件です」
「何を言うか! あれは、私が陛下をお助けしたのだ!」
「違います。なぜなら、陛下の酒杯には元々毒など入っておりませんでした」
玲燕は首を横に振る。
「どういうことだ?」
近くにいた天佑が玲燕に尋ねる。
「黄様の酒杯に盛られた砒霜。あれは、黄様ご本人が自分の酒杯に混入したのです。そして、次に酒を注がれた陛下が口にする前に陛下の酒杯を叩き落とし、毒が混入していると叫んだ」
「酒器に入っていた砒霜はどう説明するつもりだ!」
「翠蘭から酒器を取り上げた際に、混乱に乗じてご自分で入れたのでしょう。私はなぜ黄様の酒器は黒ずんだのに陛下の酒器は黒ずまなかったのか、疑問でした。答えは単純明快で、陛下の酒器に毒など入っていなかったのです」
玲燕はまっすぐに黄連泊を見返す。
「事件は非常に上手くいきました。犯人はどう考えても桃妃付きの女官。通常で考えれば、桃妃の地位剥奪は免れません。そして、陛下を守った黄家の株は上がる。ところが、ここで想定外の出来事が起きます。陛下が桃妃の罪を疑問視し、罰しようとしなかったのです。だから、あなたは第二の手段、つまり、もっと確実に桃妃を殺すことにした」
「…………」
「方法は至って簡単です。まずは娘に依頼して、タイミングよく予定されていた輪軸の工事の際に工事の者に難癖を付け、工事の者を自分の息のかかった者に変えさせる。そして、なんら疑われることなく関係者を桃林殿に入り込ませる機会を得ることに成功した。あとは、輪軸の交換のために桃林殿を訪れる工事の者に毒を仕込んだ氷を持たせ、それを井戸の中に落とすように伝えるだけです。氷にしたのは、輪軸の工事の時間と井戸の水を飲んで死ぬ時間をできるだけ離したかったからでしょう。氷の中に砒霜を入れれば、溶けるまで時間を稼ぐことができますから」