◆ 第六章 後宮の闇を解く(11)
周囲から、「なるほど」という声とともに、「なぜ工事の男がそんなことを?」という至極真っ当な疑問の声が聞こえてきた。
「なぜこの男がこんなことをしたのか、とても不思議ですね。それについて、これからお話ししましょう」
玲燕は周囲を見回す。誰もが固唾を呑んで、玲燕の次の言葉を待っていた。
「話は少し前に戻ります。ここ最近、陛下の周りでは色々な事件が発生しました。第一に鬼火事件、第二に暗殺未遂事件、第三に桃林殿の女官殺害事件です。これらの事件はそれぞれ別々に見えますが、実は全てが先の鬼火事件から繋がっていたのです」
そこまで言ったとき、「待て」と声が上がった。
「何を言っている! 鬼火の犯人は劉家と高家だと、菊妃様が仰ったのではないか」
聞いていた官吏の一人が、立ち上がってそう指摘する。
「今は菊妃が話している」
潤王の牽制で、官吏はしぶしぶと顔をしかめて再び腰を下ろした。
「私は前回の鬼火の事件の際、ひとつ大きな見逃しをしました」
「犯人が間違っていたということか?」
潤王がスッと目を眇め、問い返す。
「いいえ。犯人は劉様と高様で間違いありません。ただ、その二つの家門があの事件を行うことを陰で後押しした、黒幕がいたことを見逃していたのです。そしてその黒幕こそ、これらの三つの事件全てに関わった犯人になります」
「ほう。それで、その黒幕とは?」
潤王は玉座に座ったまま、少し身を乗り出して興味深げに玲燕を見つめる。
「そちらにいらっしゃる、黄連泊様です」
その瞬間、周囲に今までで一番大きなざわめきが起きた。「黄殿が?」「信じられん」という声が方々から聞こえてくる。
一方の、名指しされた黄連泊は大きく目を見開き、次いで怒りに顔を真っ赤にした。
「貴様!」
黄連泊が憤慨して声を上げる。
「信じられぬ、許しがたい侮辱だ! 私ほど忠義に固い男はこの光麗国中を探しても──」
怒りにまかせて、黄連泊が玲燕に掴みかかろうとする。
しかしその手が玲燕に届く前に、さっと目の前に陰が現れた。
「潤王陛下の妃であられる菊妃様に手を出すとは、不敬ですよ」
颯爽と現れてそう言ったのは、玲燕の近くに控えていた女官の鈴々だった。か弱い女性とは思えぬ荒技で、黄連泊の腕を捻じ上げている。
「ぐっ!」
黄連泊の口から苦しげな声が漏れた。腕を掴む鈴々の手が外れないのか、額に血管が浮かび上がり、顔は先ほどより更に赤くなっている。
「鈴々、手加減してやれ。腕が折れてしまう」
潤王の制止で鈴々の手が緩む。黄連泊は慌てたように後ろに飛び退いた。
「誰ぞか、この女官を捕らえよ! 私にこのようなことをしてただで済むと思っているのか!」
「あら、むしろ感謝していただきたいです。私が制止しなければ黄様は菊妃様を傷つけた罪でこの場で処刑になっていましたよ?」
鈴々は涼しげな表情を崩さず、黄連泊に言い返した。
(鈴々って、ただの女官じゃない……?)
玲燕は驚いた。
今の身のこなしは、只者ではなかった。ふと、後宮に初めて来た日に天佑が『鈴々がいるから大丈夫だと思うが』と零していたことを思い出す。