◆ 第六章 後宮の闇を解く(9)
◇ ◇ ◇
眠気を感じて、ふあっとあくびを噛み潰す。
鈴々が玲燕を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「昨晩はあまり眠れませんでしたか?」
「うん、ちょっと……」
玲燕は言葉を濁す。
事実、昨晩は色んなことを考えて眠れなかった。けれど、バラバラになっていた部品が少しずつ組み上がってゆくような、確かな手応えを感じていた。
(推測が正しいかを確認するには、やっぱり桃妃様に直接お会いするしかないわね)
現在、桃妃は潤王暗殺事件の重要な容疑者であるとして桃林殿から出ることを許されていない。ならば、こちらから出向くまでだ。
「鈴々、出かけるわ」
「どちらに?」
「散歩よ」
玲燕の言葉を疑問に思うこともなく、鈴々は「かしこまりました」と頷く。
「じゃあ、行きましょう」
玲燕はまっすぐに桃林殿へ向かって歩き始める。目的の場所に近づくにつれて、何やら騒がしいことに気付いた。
「随分と騒がしいですね」
鈴々は喧噪の方向に目を凝らし、怪訝な顔をした。それは、ちょうど桃林殿の方角だった。
「本当ね。どうしたのかしら?」
玲燕も進行方向に目を凝らす。なぜか、胸騒ぎを感じた。
桃林殿の前には、たくさんの人々が集まっていた。女官に宦官、それに、厳つい姿の男達は武官だろうか。
「栄祐様!」
玲燕は見知った人の姿を見つけ、声をかける。
「玲燕か」
こちらを振り返った天佑の表情は、固く強ばっていた。
「何がありました?」
「桃妃付きの女官のひとりが、死んだ」
天佑は強ばった表情のまま、答える。
「桃妃様付きの女官が?」
玲燕は現場を見ようと、人混みをかき分けて前に出た。
目の前に、庭園が広がる。庭園にはたくさんの木が生えていた。桃の木のようで、ピンク色の蕾がたくさん付いている。
その木の下には、真っ青な顔をした女官達がいた。周りを取り囲む宦官や衛士達に状況を説明している。
「だから何度も言うとおり、水を飲んだら突然苦しみだしたのです。今朝のことです」
女官が涙ながらにそう言っているのが聞こえた。
(水を飲んだら苦しみだした? 毒ってこと?)
「その水は、どこの水です?」
玲燕は思わず、横から口を挟む。
「なんだ、お前は?」
衛士のひとりが怪訝な顔をして追い払おうとしてきたが、宦官姿の天佑が「このお方は菊妃様だ」と言うと黙る。
「井戸の水です。そこの」
女官が庭園の一角を指さす。そこには、彼女の言うとおり井戸があった。
「他にこの井戸の水を飲んだ方は?」
「今朝はいません。桃妃様にご用意した椀も、先にこの騒ぎが起きて口をつけておりません」
「昨日はいた?」
「はい。昨晩は多くの者が飲んでおりました。昨日、輪軸が新しくなったので水を汲み上げるのが楽になったと皆で話しながら飲みました。私もその場にいました」
女官がこくこくと頷く。
「となると、昨晩、桃林殿の者達が寝静まったあとに何者かによって毒が混入されたということか?」
横で一緒に話を聞いていた天佑が唸る。
「昨晩、不審者は?」
天佑は衛士に問う。
「誰もおりませんでした」
桃林殿の警備を担当していた衛士は青い顔で首を左右に振る。
「闇夜に紛れたのかもしれないぞ」
「よそ見していたのではないか?」
周囲にいる人々が、好き勝手に自らの推理を言い始めた。
その横で、玲燕は腕を組む。
(深夜に紛れ、毒を井戸に混入した?)
衛士の『不審者はいなかった』という証言を信じるなら、桃林殿内部の人間が行った犯行ということになる。だが、そんなことをするだろうか。