◆ 第六章 後宮の闇を解く(7)
考え込む玲燕を見つめ、潤王は意味ありげに笑う。
「十分に諷示してやった。天嶮学の汚名を晴らすことを目指すならば、あとは自分で考えろ」
潤王はすっくと立ち上がる。
「今宵も楽しかった。次に会うときは、事件を解決したときだといいな」
ひらひらと手を振って背を向けた潤王を、玲燕は呆然と見送る。
「十分に諷示してやった?」
一体どういうことだろう。
しんと静まりかえった部屋でひとり、考える。
はっきりとわかったことはひとつだけ。潤王はこの期に及んで、玲燕の技量を試そうとしているということだ。
(本当に、わからないことだらけ)
玲燕はため息を吐き、後宮に戻ろうと立ち上がる。
殿舎の戸を開けると、冷たい風が体を打つ。
「寒っ!」
潤王の居室は常に快適な状態に整えられているので、こんなに冷え込んでいるとは気づかなかった。
白い息を吐き、階段の下へ視線を移す。
階段の下に人影があった。その背格好に見覚えがあり、玲燕は目を凝らした。
「天佑様?」
そう言ってから、ハッとして口元を押さえる。
幞頭を被って袍服を来た姿は、甘栄祐として宦官のふりをしているときの格好だ。
「こんな寒い中、どうされたのですか?」
「そろそろ、玲燕が戻る頃だと思ったから」
椅子に腰を掛けて空を眺めていた天佑は、玲燕が来たことに気付くと柔らかく微笑んで立ち上がる。
「今宵は冷えますね」
「そうだな。寒の戻りで、明日の朝は井戸が薄く凍っているかもしれない」
「本当に」
「寒いからか、今日は星がよく見えた」
天祐は夜空を見上げる。
「待ちながら、星を見ていたのですか?」
「ああ」
玲燕も夜空を見上げた。
「天球には千五百六十五の星がございますから」
「千五百六十五? そんなにか」
感嘆したように、天佑は目を細める。
「天文図があれば、どこにどの星座があるかわかるのですが」
両親が健在な頃は実家に立派な天文図があった。極星を中心として、放射線状に二十四の宿が広がり、様々な星座が描かれたものだ。
「天文図なら、屋敷にあった気がするな。今度、持ってこよう」
「ありがとうございます」
墨を垂らしたような空に広がる満天の星は、かつて父から星座を学んだときと同じ輝きを放っている。
「今宵も囲碁を?」
「はい。でも、私が勝ちそうになったら陛下が碁石を全て床に薙ぎ落としてしまったのです。とんでもない負けず嫌いです」
「ははっ」
天佑は肩を揺らして笑う。
その横顔を見ていたら、玲燕までなんだかおかしくなった。
菊花殿に戻ると、鈴々が寝ずに待っていてくれた。
「こんなに遅い時間なのに」
「そろそろ玲燕様が戻られると思ったので。予想通りでした」
鈴々は眠さを見せない笑顔で微笑む。その心遣いに気分がほっこりする。
「もう遅いですので、すぐにお休みください」
「うん、ありがとう」
玲燕は素直に頷き、寝台に横になる。灯籠の明かりで、部屋の中はぼんやりと照らされていた。
ふと、まっすぐに見上げた天井に走る梁が見えた。
「梁……。そういえば……」
死んだ菊妃は、寝台の上で事切れていたという。
(刀を引っかけた梁はあれかしら?)