◆ 第六章 後宮の闇を解く(6)
あの事件を改めて振り返ると奇妙な点ばかりが目に付く。
どうして銀杯を使っているとわかっているのに毒に砒霜を使ったのか?
どうやって犯人は翠蘭の持っていた酒器にだけ毒を混入したのか?
そして、どうして潤王が使っていた酒杯を入れ替えたのか?
(……もしかして、最初から潤王を殺す気などなかったのでは?)
ふと、そんなことを思った。
そう考えると、見え方が一八〇度変わってくる。
(桃妃に罪をかぶせて、妃の座から引きずり下ろしたかった?)
犯人は潤王を最初から殺す気などなく、桃妃とその女官にやってもいない罪を被せるために砒霜を混ぜた。
だとすれば、怪しき人物が変わってくる。
懐妊している可能性がある桃妃がいなくなって得する人間の筆頭は、梅妃、蘭妃、蓮妃の三人だ。そして、翠蘭の酒器にだけ毒を混入できたのはたった一人だけ……。
(もしかして、犯人は──)
黙り込んでいると、「聞きたいことはそれだけか?」と潤王の声がして玲燕はハッとした。
気付けば、潤王がこちらをじっと眺めている。
「いえ! では、あとふたつほど」
「ふたつ? 質問攻めだな」
潤王はハッと笑う。
迷ったももの、玲燕は今さっき思いついた推理を潤王に話すのはやめることにした。全てが想像なので、証拠固めが必要だ。
「昔の事件について、ご存じだったら教えてほしいのです」
「昔というと?」
「菊花殿で起きた菊妃の自害についてです」
潤王の眉がぴくりと動く。
「なぜそれを聞く?」
「偶然、光琳学士院の書庫で資料を見つけて読んだのです」
「父親の名を見つけたというところか?」
「はい」
玲燕は頷く。
「なら、書いてある通りだ。ある晩、後宮内の菊花殿で妃のひとりが胸をひと突きされて死んでいた。当初は他殺かと疑われて大騒ぎになったが、結論は自殺だった。当時の天嶮学士であった男は大きな過ちを犯したとして、時の皇帝の逆鱗に触れた」
「……そうですか」
玲燕はそれだけ言うと、黙り込む。
もしかしたら潤王の口から何か新事実を聞けるかもしれないと期待していただけに、落胆が大きい。
「先ほど、光琳学士院の書物庫で偶然資料を見たと言ったか?」
塞ぎ込む玲燕に、潤王が逆に尋ねてきた。
「はい、そうです」
「偶然、ね」
潤王は意味ありげに笑いを漏らす。
「ひとつだけいいことを教えてやろう。天佑の死んだ兄弟はかつて、光琳学士院に依頼されたとある案件に疑問を覚えて、調べ直していた。その最中の、非業の死だ」
「とある事件?」
「菊妃の自害についてだ」
玲燕は眉根を寄せる。天佑の死んだ兄弟とは、弟の甘栄祐のことだろう。彼がなぜ、光琳学士院に依頼されていた過去の案件を調べ直したりしたのだろうか。
「……甘栄祐様は、なぜお亡くなりになったのですか?」
彼については、疑問だらけだ。元々中書尚にいたのに、ある日突然宦官になって内侍省にいくなど、通常では考えられない。
「事故ということになっているな」
「なっている?」
玲燕は眉根を寄せる。今の言い方では、本当は違うと言っているように聞こえた。
「亡くなったのはいつですか?」
「俺が即位する直前だ」
(あれ?)
聞いた瞬間、違和感を覚えた。
潤王が即位する直前に、栄祐は亡くなった。しかし、先日見た記録では、栄祐が内侍省に入ったのは潤王の即位したあとだ。
(宦官の栄祐様は、最初から天佑様だった?)
つまり、三年前のある日、甘栄祐は亡くなった。しかし、それを隠して天祐が一人二役をし、内侍省で宦官として働き始めた。
(意味がわからないわ)
時期的に考えて、死因は宦官になるために男性器を切り落としたことによる感染症だろうか。でも、それならなぜ死を隠した?