◆ 第六章 後宮の闇を解く(4)
(妃の自殺を、何者かによる他殺だと見誤った……)
これが父が文王の逆鱗に触れた理由だろうか。確かに、不審者が入れないはずの後宮に第三者が侵入し、さらに妃を殺したなどとなれば関係する各所に激震が走る。見誤ったことにより方々からの批判を浴びたことは容易に想像が付く。
(最終的に事件を解決したのは、李空様……)
先日少しだけ見かけた、初老の男性が脳裏に浮かぶ。神経質で気難しそうな男だった。
(…………。なぜお父様は、他殺だと結論づけたのかしら?)
玲燕が知る父──秀燕は、物事を俯瞰し、精緻に観察し、あらゆる情報を総合的に考慮して客観的に結論を導き出す慎重な人だった。確固たる証拠を押さえていたからこそ、他殺だと結論づけたはずなのに。
考え込んでいると入り口の扉ががらりと開く音がして、玲燕はハッとする。
(誰か来る?)
天佑から許可は得ているものの、玲燕はあくまでも本来ここにいるべきではない人間だ。玲燕は慌てて秘密通路に繋がる本棚をずらし、体を滑り込ませる。ちょうど入れ替わるように、誰かが書庫に入ってくる気配がした。
「それで、工事の進捗はどうなっている?」
(この声は、黄連泊様? もうひとりは誰かしら?)
ひとりは梅妃の父である黄連泊の声だった。もうひとりの声もどこかで聞いたことがあるような気がして、玲燕はそっとその姿を覗き見る。
(あれは、李空様?)
それは、以前天佑と口論していた錬金術師──李空に見えた。
「つつがなく進行しております。数日内に後宮内の全ての輪軸が交換されます。最後が桃林殿です」
「よし。引き続き頼んだぞ」
玲燕は耳を澄ます。
(輪軸……。例の工事が進んでいるかの進捗確認ね)
そういえば、輪軸の交換工事をしているのは黄家が手配した業者だった。
「それで、その他の準備はどうなっている?」
「それについてですが──」
ふたりはまだまだ去りそうにない。
(このままここで待つのは時間がもったいないかしら)
玲燕はそう判断すると、そっとその場を離れて菊花殿へと戻っていった。
菊花殿に戻ると、鈴々から「早かったですね」と声をかけられた。
「うん。人がいたから戻ってきたの」
「さようですか」
鈴々は頷く。
「先ほど内侍省で甘様より言付けをを預かってきました」
「天佑様から? 一体何を?」
「『倉庫には誰も出入りしていなかった』と」
聞いてすぐに、先日毒物混入の際に使用された銀杯を見せてもらった際に、倉庫に出入りした人の情報が欲しいと願い出た件の回答だと気付く。
天佑は早速それを調べてくれたのだろう。
(うーん。誰もいない……。例外は天佑様くらいね)
あの倉庫に保管されていた銀杯はふたつ。ひとつはしっかりと銀杯が変色して砒霜混入の明らかな特徴が見られたのに、もうひとつはその形跡が一切見られなかった。
玲燕はあそこに置かれていた銀杯は毒物が入ったものではないと判断した。その判断が間違っていた?
「あー。わからないことだらけだわ」
玲燕は両手で顔を覆い、椅子の背もたれに背を預けて天を仰ぐ。
事件解決のために天佑に請われてここに来た。それなのに、解決の糸口すら掴めない。
今、この場で最も疑わしき人間を述べよと言われたら、玲燕は『翠蘭』と答える。だが、彼女の人となりを知っているだけに『それは間違っている』と自分の中で葛藤があった。
(きっと何かを見逃している。何を──)
目をしっかり開けて、それを見つけ出さなければ。
そうしなければ、自分がここにいる意味がない。