◆ 第六章 後宮の闇を解く(3)
「これは、光琳学士院に相談された案件の記録ね?」
光琳学士院は、様々な学術的な相談を受ける。表紙に年号が書かれたその書物は、年ごとにどんな依頼を受けたかを子細に記録してあった。
興味が湧いて、玲燕はその表紙を捲る。依頼を受けた案件の内容と共に、この案件を受けた日や光琳学士院の誰が担当したかなどが記載されていた。
「どれどれ……」
最初に目に入った相談は移動用の馬に使用される馬具を、より馬に負担を掛けずに効率的に力を伝達するものに改良できないかという相談だった。
「へえ」
読んでいて、思わず感嘆の声が漏れる。
様々な試行錯誤を経て当時の主流だった腹帯式馬具から、器官を圧迫しない胸当て式の馬具へと改良した経緯が記録されている。ふたつの馬具を並べてみるとほんの些細な変化にしか見えないが、最終形に至るまでには何十もの試作品をつくり改良を重ねており、先人達の努力が垣間見られた。
「これ、すごく面白いわ」
鞴の性能を上げたい、馬車の震動を軽減したい、田畑により効率的に水を引くことはできないか──。
受ける相談は様々だ。どれも、玲燕にとっては興味深い内容ばかりだった。
「あら?」
夢中になって読み進めていた玲燕は、ふと目に入った文字に目を留める。
(葉秀燕! お父様の名前だわ!)
同じページに記載されていた依頼を受けた日付を見た瞬間、胸がドキッと跳ねた。
(これって……)
それは、幼かった玲燕の幸せに終止符が打たれたあの運命の日の、ちょうど一カ月前だった。あの日のことを忘れた日は一度たりともない。なので、記憶違いのわけがない。
(もしかしてこれが、お父様が最後に受けた仕事?)
玲燕は素早く視線を横に移動する。
「菊花殿で菊妃が亡くなった?」
事件のあらましはこうだ。
夏も終わりを告げていた十年前のある日、後宮内にある菊花殿で事件が発生した。そこに住んでいた当時の菊妃が胸から血を流し、倒れていたのだ。菊妃は瀕死の状態で見つかったものの、ほどなく息絶えた。衣服に乱れはなく、現場には紐が結びつけられた小刀が落ちていたという。
当然後宮は大騒ぎになり犯人捜しが始まるが、目撃証言はなく事件解決は難航を極めた。そこで事件解決のために白羽の矢が立ったのが玲燕の父であった当時の天嶮学士──葉秀燕だった。
「夜に女官が確認した際は異変がなかったのに、朝になったら血まみれで倒れていた?」
玲燕は眉を寄せる。
ここから推測されることは、夜間に何者かが菊花殿に侵入し、菊妃を殺害したということだ。しかし、争った形跡などはなく、菊妃は眠るように倒れていた。
当時のあらゆる情報から秀燕が導き出した結論は『警戒心を持たれないほど親しい者による刺殺』だった。しかし、最終的な結論は当時の皇帝──文王による夜伽がないことを悲観した菊妃による自殺となっている。
紐の付いた刀を天井の梁に引っかけ、手を離すことで胸を一突きしたようだ。
「ここ、墨を零したのかしら。読めない」
肝心のなぜ父が他殺と断定したのかが書かれた部分が黒く塗りつぶされており、解読できない。