◆ 第六章 後宮の闇を解く(2)
回廊を歩いていると、前方から盆に茶菓を載せてを運んでいる女官が近づいてくるのが見えた。自身の殿舎へと、主の茶菓を運んでいるのだろう。
(もう、そんな時間なのね)
今さっき蘭妃にお茶と菓子を振る舞われたばかりなのだけど、それでも今日のおやつはなんだろうとわくわくしてしまう。すれ違いざまちらりと覗き見ると、柑橘を切ったものが載せられいる。
ひらりと揺れる女官の裙の裾に、桜の刺繍が見える。
(柑橘! さっぱりしていてちょうどいいわ)
菊花殿に戻ると、今まさに茶菓を取りに行って戻ってきた鈴々と遭遇する。
「あら、玲燕様。ちょうどよかった」
鈴々は玲燕の顔を見るやいなや、笑顔を見せる。
「何がちょうどよかったの?」
「本日の茶菓は蒸し饅頭ですので。温かいうちにお召し上がりくださいませ」
「蒸し饅頭? 柑橘ではなく?」
「柑橘?」
逆に鈴々に不思議そうな顔をされてしまった。
「さっき、他の殿舎の女官が茶菓に柑橘を運んでいるのを見かけたの。茶菓って、殿舎によって違うのかしら?」
「いえ。全部同じです。尚食局が全て用意しますので」
「そうよね……」
先ほど見えた、桜の刺繍。あれは、桃林殿の女官だ。
「もしかして、用意されたものでは足りずに追加で頼んだのかもしれません。私も頼んできましょうか?」
柑橘がないことを不服に思っていると勘違いした鈴々が、立ち上がろうとする。
それを玲燕は「大丈夫!」と慌てて止めた。
さっきも香蘭殿で茶菓を食べたばかりなのに、さすがに食べ過ぎだ。
「いただきます」
鈴々が持ってきてくれた蒸し饅頭をかじる。
口の中に、餡の甘さが広がった。
軽食後、玲燕はせっかく空いた時間を有効活用しようと、光琳学士院の書庫に行くことにした。先日天佑から許可は取ったので、いつ行ってもいいはずだ。
「鈴々。少し留守にするわ」
「はい。承知しました」
すっかり慣れてしまったようで、鈴々は笑顔で玲燕を送り出してくれた。
玲燕は秘密通路を通り、こっそりと光琳学士院の書庫へと忍び込む。いつもと同じ、古い紙や竹、それに墨の匂いが鼻孔をくすぐる。
「今日は何を読もうかしら?」
こんなにたくさんの書物を読み放題になったことは初めてなので、目移りしてしまう。書架を眺めたり、たまたま目に付いた竹簡を見たりしていた玲燕は、ふと目を留めた。