◆ 第六章 後宮の闇を解く(1)
器の中にお湯が注がれる。丸い茶葉がゆっくりと広がり、中から飛び出した可愛らしい花が咲く。
「うわあ、すごい! 可愛いわ」
蓮妃が興奮気味に器の中を見つめ、すんと鼻から息を吸い込む。
「それに、とてもいい香り」
「お気に召していただけて嬉しく思います。実家から取り寄せたものなのです。おふたりをご招待した甲斐があります」
今日の茶話会の主宰である蘭妃はにっこりと微笑んだ。
(皇都にはいろんなお茶があるのね)
玲燕もまた、初めて見るその飲み物を興味深げに見つめる。工芸茶というらしいが、田舎である東明では飲んだことはおろか、存在すら知られていなかったように思う。
「今日は、暖かいですね」
玲燕は外を眺める。
まだまだ冷え込む日が多いが、着実に春は近づいてきている。
「もうすぐ梅が咲くかしら?」
蓮妃も外を見る。
「実家にいる頃は梅の季節になると、いつも両親と梅園を見に行ったの。たくさんの梅の花が咲いていてとても綺麗なのよ」
「梅の木なら、梅妃様のいらっしゃる梅林殿にたくさんあるはずだけど──」
蘭妃はそう答えながら、顔をしかめる。
(相変わらず、蘭妃様と梅妃様は仲が悪いのね)
玲燕は苦笑する。
そういえば、作業人が梅妃の逆鱗に触れて井戸の輪軸の工事を請け負う業者が黄家の関連の業者に総入れ替えになった際も、蘭妃のいる香蘭殿だけは元の業者でよいと断ったと聞いた。
「去年、桃妃様にそれを伝えたら、『梅の花ではありませんが、わたくしの殿舎では桃の花が見頃なので見に来てください』ってご招待してくださったの。桃の花も、すごく綺麗だった」
蓮妃はそこまで言って、表情を暗くする。
「桃妃様はお元気かしら? あの事件のあとから、お姿をお見かけしていないわ」
「時折、内侍省の者達や女官達が出入りしているのを見かけますから、きっとお元気ですよ」
蘭妃は落ち込む蓮妃を励ますように、声をかける。
(なんかこのおふたり、姉妹みたいね)
十二歳の蓮妃に対し、蘭妃は十七歳のはず。歳の差も、ちょうど姉妹のように見える原因だろう。
「わたくしもそう思うんだけど、雪が桃林殿に医官らしき人が出入りしているのを見たって」
「医官?」
玲燕は蓮妃の話に興味を持つ。
「ええ。かなり遠目だったから確証はないみたいなのだけど、以前医官として後宮に来た方に似た人が殿舎から出てくるのを見たらしいの」
「他人の空似ということは?」
「あり得るわ」
蓮妃は肩を竦める。
(医官……。以前も体調を崩されたみたいだけれど、まだ体調が優れないのかしら……)
天佑に聞いても、桃妃については心配しなくていいと言うだけなので様子がよくわからないのだ。
桃佳殿に外から見える大きな動きはないので、きっと大病ではないと思うが──。
「それ、わたくしの女官も見たようよ。その医官らしき人に、梅林殿の女官がしきりに話しかけていたらしいわ。きっと、なんの病なのか探りを入れようとしていたのよ」
「梅林殿の?」
「ええ。まるで待ち伏せ──」
蘭妃が調子よく話し始めようとしたそのとき、部屋の隅に控えていた女官が蘭妃のほうに近づいてきた。
「蘭妃様。本日約束していた商人がいらしております」
女官が蘭妃に耳打ちするのが聞こえた。
「えっ、もう? 思ったより早いわね」
蘭妃が慌てたような様子を見せる。きっと、元々していた約束より商人が早く到着してしまったのだろう。
「蘭妃様、私はそろそろお暇します」
玲燕は蘭妃が気を遣わないように、自分から暇を申し出た。すると、蓮妃もその意図を汲み取ったようで「そういえば、今日は雪と約束があったような──」と言って立ち上がる。
「おふたりとも、申し訳ございません」
蘭妃は恐縮したように身を縮める。
「いえ、気になさらないでください。楽しかったです」
玲燕と蓮妃は微笑み、それぞれの殿舎へと戻ることにした。