◆ 第五章 事件、再び(12)
「聞こうと思って隠れていたわけではなく、たまたまここにいたら聞こえてきたのです」
「なるほど?」
天佑は頷く。
「遅いので先ほど菊花殿まで様子を見に行ったら、鈴々が『玲燕様はとっくのとうにそちらに向かいました』と言っていた」
「……申し訳ございません。ここは光琳学士院の古い書物もたくさんあるので、つい興味が湧いてしまいまして」
玲燕がある程度の時間ここにいたことを、天佑はお見通しのようだ。玲燕が肩を竦めると、天佑はやれやれとでも言いたげに息を吐いた。
「それで、何か面白いものはあったか?」
「先ほど、からくり人形の設計図が載った書物がございました。あれ一冊でも、ものすごい価値のあるものです」
玲燕は胸の前で手を握り、興奮気味に力説する。すると天佑は目をぱちくりとさせ、くくっと笑った。
「そうか。気に入ったなら、好きに読むといい」
「え? よいのですか?」
「ああ。菊妃だとばれないように気を付けろよ」
その瞬間、玲燕はぱあっと表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
こんなお宝の数々が読み放題だなんて、どんなご褒美だろうか。いつもはさっさと事件を解決して家に帰ろうとばかり思っているのに、今日ばかりはこのままここにいてもいいかもしれないと思ってしまう。
「ところで、今日は見たいものがあってわざわざこちらに来たのだろう?」
「あ、はい。そうです」
天佑に聞かれ、玲燕は頷く。
「では、案内する」
天佑は少しだけ戸をずらし、外の様子を窺う。近くに人がいないかを確認しているのだ。
「よし、行こう」
手招きされ、玲燕は天佑のあとを追う。
「天佑様。先ほどのご老人は一体どなたですか?」
「あれは、光琳学士院の李老子だ」
「李老子……。もしかして、錬金術師の李空様ですか」
「ああ、そうだ」
天佑は頷く。
(あれが、李空様……)
以前、鬼火事件の真相を追っている際に天佑から名前を聞いたことがある。
李空は現在の光琳学士院で最も権威ある錬金術師であり、鬼火事件は錬金術では解明できないと言い切った人物だ。
(光琳学士院で勤めることができるほどの錬金術師が集まりながら、なぜあの鬼火事件が解明できなかったのかしら)
当時のことを思い返し、玲燕は改めて疑問を覚える。
元々、鬼火は劉家と懇意にしている錬金術師が劉家からの相談を受けて考えついた手法が使われている。そしてその方法に気付いた別の錬金術師が真似をして、事件を複雑化した。
光琳学士院は光麗国の知識の府。当然、勤めている錬金術師達も最高レベルの者達が集まっている。いくら事件が複雑化していたとはいえ、誰もあの方法に気付かないなんて──。