◆ 第五章 事件、再び(11)
(天佑様、昔は光琳学士院にいたの?)
以前、噂話に天佑は状元だったと聞いたことがある。
状元とは、官吏になる試験を首席で合格した者に与えられる称号だ。そして、状元は知識の府である光琳学士院に配属されることが多いという話も聞いたことがある。
「てっきり、最初から吏部にいたのだと思い込んでた」
天佑の職歴を詳しく聞き出したことはないので意外に思う。
そのときだ。「甘殿」という大きな声が聞こえて、玲燕はびくりと肩を揺らした。
「お久しぶりです。李老子」
呼びかけに応える声も聞こえてきた。天佑の声だ。
(外から聞こえる?)
玲燕は書庫の扉を少しだけずらし、そっと外を覗く。そこからは、老人と向かい合って立ち話をしている天佑の後ろ姿が見えた。角度的に老人の顔は斜め正面から見えたが、玲燕は知らない人物だった。
「ちょうど用があったからちょうどよかった。甘、一体どういうつもりだ?」
老人が天佑に尋ねる。
その口調は高圧的で、天佑を下に見ていることが透けて見えた。一方の、天佑の態度は極めて冷静で落ち着いていた。
「どういうつもりか、とは?」
「あの、菊妃のことだ。錬金術が得意だとか抜かし陛下の興味を引き、力比べ大会では傍若無人な振る舞いをしたとか。なんでも、甘家ゆかりの娘らしいな」
(私の話をしている?)
菊妃と聞こえてきて、玲燕は耳をそばだてる。
「はい。ふと話の流れで彼女のことを陛下にお話ししたところ、女人で錬金術を嗜むのは珍しいと陛下がひどく気に入られまして。今は、とても寵愛しております」
天佑はあたかも事実であるかのように、そう答える。すると、老人はわかりやすく顔をしかめた。
「噂では、自分は天嶮学を学んだと公言したとか」
探りを入れるように老人は天佑を見つめる。
「我らが天嶮学によりどんな目に遭ったのか忘れたのか? 私がなんとかしなければ、光琳学士院の存続危機だった。甘家ゆかりの娘ならば、余計なことをしないように進言すべきだ」
「進言しようにも、会う機会もありません」
「弟がいるだろう!」
老人が声を荒立てる。
「とにかく、余計なことをするなと伝えろ」
老人が人差し指を突きつけて天佑に命令するように告げると、「お言葉ですが、李老子」と天佑が答える。
「生憎、李老子は私に命令できる立場にはありません」
「なんだとっ」
「私は既に吏部の人間ですので。書庫にて捜し物がありますので、失礼します」
天佑は頭を下げると、くるりと向きを変えてこちらを見る。
(えっ。こっちに来る)
玲燕は咄嗟に隠れようと書庫の奥へと向かう。あわあわしている間に、がらりと入り口の戸が開き、また閉められた。
「……こんにちは」
気まずさを感じ、玲燕はおずおずと挨拶をする。すると、玲燕がここにいると思っていなかったのか天佑は目を見開く。
「玲燕。いたのか」
「たまたまです。菊花殿から今さっきここに来ました」
「その様子だと、先ほどの会話が聞こえたようだな」
(うっ、ばれてる)
玲燕は目を泳がせる。