◆ 第五章 事件、再び(8)
梅妃の両側には、数人の侍女がいた。そのうちのふたりに見覚えがあり、玲燕はおやっと思う。玲燕を見つめ、意地悪そうに口の端を上げている。
(この人って確か……)
算木を落とした際に足を引っかけてきた女官だ。いつか文句を言ってやろうと思っていたので間違いない。
「梅妃様が通るのです。道を空けなさい」
女官のひとりが不愉快そうに顔をしかめる。先ほどと同じ声だった。
玲燕ははっとして、慌てて回廊の端に寄ると頭を下げた。
「梅妃様。ご無沙汰しておりました」
同じ妃という立場でも、先に入宮して実家の後ろ盾もある梅妃は玲燕より立場が強い。
蓮佳殿と梅園殿は場所が近い。梅妃は後宮内のどこかに出かけて、戻ってきたところなのだろう。
声をかけられた梅妃はちらりと玲燕を見たが、何も言わずにすぐに視線を前に向け、目の前を通り過ぎる。横にいる女官が小馬鹿にしたようにくすっと笑った。
玲燕は彼女たちの後ろ姿を見送る。
(相手にする価値もない、ということね)
梅妃の先ほどの態度から、玲燕は彼女が自分を言葉を交わすに足らない相手だと思っているのを感じ取った。
(嫌な感じ……)
ここ最近忘れていたが、役人達に報酬を踏み倒されて見下された日のことを思い出し、胸の内に苦いものが広がる。
「寒っ」
寒さにぶるりと身を震わせる。
雪は先ほどより勢いを増して降り続いている。
「最近は暖かくなってきていたのになあ」
季節外れの雪は、まだまだ止みそうにない。
明日の朝には、一面が銀世界になるだろう。
菊花殿に戻ると、門の前には宦官姿の天佑が立っていた。
「栄佑様。このように冷える中、こんなところでどうされました?」
「随分と遅かったではないか」
天佑は玲燕の質問に答える代わりに不機嫌そうに眉を寄せ、玲燕の手を取る。その瞬間、先ほどよりももっと深く、眉間に皺を寄せた。
「手が冷たい。冷え切っているではないか。早く中に入れ」
ぎゅっと手を握られたまま、半ば無理矢理に部屋の中へと放り込まれた。
鈴々が火鉢を用意しておいてくれたようで、室内はとても暖かかった。
(暖かい)
すっかりと冷え切った体に、この暖かさはありがたい。玲燕は火鉢に手をかざし、指先を温めた。パチパチと炭が燃える音が微かに聞こえる。
「今日はとても冷えますね」
「そうだな。雪が舞うほど冷え込むのは珍しい」
天佑も外に立っていたので体が冷えていたのだろう。玲燕と同じように、火鉢に手をかざす。