◆ 第五章 事件、再び(7)
「以前、陛下の計らいでちょっとした宴席が行われたの。寒椿の宴よりももっと前、後宮の中で行われた宴よ。だけど、そのときに桃妃様が急に体調を崩されてしまって」
「何かの病ですか?」
「わからないわ。桃林殿の女官にうちの侍女が聞いたのだけど、季節の風邪を引いてしまったようだと。ただ、陛下の主宰する宴席で急にだったから、みんな驚いてしまって」
「へえ……」
蓮妃の今の言い方からすると、宴席が始まったときは元気だったのに宴席中に急に体調を崩してしまったのだろう。
風邪で体調が悪くなるのは仕方ないことだが、陛下が主宰する場であれば多少の体調不良は我慢して最後まで参加するはずだ。それを途中で退出するなど、よっぽど切羽詰まっていのたのだろう。
(毒かしら?)
すぐにそんな想像が頭をよぎる。
「その日、桃妃様以外に体調を崩された方は?」
「いないわ。桃妃様だけよ。食事が運ばれてきたらすぐに、悪心を訴えて」
「食事が始まる前に体調を崩されたのですか?」
「そうよ」
蓮妃が頷く。
(なら、毒ではない?)
今の蓮妃の話が正確ならば、桃妃は食事に口を付ける前に体調を崩している。ならば、毒を盛られたというのは間違っている。
「本当にたくさんの事件が起きたのですね」
「ええ。お陰で、女官達も毎日の噂話は尽きなかったようよ」
大げさに肩を竦める蓮妃を見つめ、玲燕は苦笑する。
その現場は見ていないが、大いに盛り上がる女官達の様子は想像が付いた。
「……菊妃様、お話を聞いてくれてありがとう」
「いえ。私などでよければ、いつでもお聞きしますよ」
玲燕は蓮妃に、にこりと笑いかけた。
菊花殿に戻る最中も、玲燕は歩きながらじっと思考に耽っていた。
(とても難しい事件だわ……)
はっきり言って、状況証拠が揃いすぎている。これでは翠蘭の犯行以外に疑う余地がない。しかし、動機がなんなのかがはっきりしないし、桃妃が後ろで糸を引いたというのもどうにも納得いかない。
そのとき、視界の端に白いものが舞い落ちるの見えた。
(雪? どうりで冷えるはずだわ)
ひとつ、またひとつと庭園の地面へと雪が舞い落ちる。
回廊からは、ちょうど庭園のひとつが見えた。手入れされた木々が美しく配置されている。
ぼんやりと景色を眺めていると「あらまあ、珍しい人がいること」と声がした。
玲燕はハッとして、声のほうを見る。そこには何人かの女性がいた。中央にいる一際華やかな襦裙に身を包んだ女性は、貂皮を羽織っている。貂皮は防寒用の毛皮の中でも特に高価で、高位貴族の女性が好んで使うものだ。
高髻に結われた髪にはいくつもの簪が付いており、唇には鮮やかな紅が塗られていた。
(梅妃様だわ)