◆ 第五章 事件、再び(6)
「ところで蓮妃様。先ほど、『色々と事件があって』と仰っていたと思うのですが、他にも何か事件が?」
玲燕は蓮妃に尋ねる。天佑から聞いた事件は、この潤王の毒殺未遂事件だけだった。
「うん、あったわ。先日、後宮内に設置されている全ての井戸の輪軸交換の工事が行われる予定だったのだけど、梅園殿の工事をしようとした技師がへまをして梅妃様がひどくお怒りになられて──。その後の工事が見合わされたの」
「輪軸の交換?」
輪軸とは、少ない力で重い物を持ち上げるために利用される道具のことで、先の力比べ大会の際に玲燕が利用したのも輪軸だ。
「交換作業中に梅園殿に生えている植物の枝を折ってしまったようで。梅妃様がお怒りになり、『このような者が後宮の中を出入りすることを許すわけにはいかない』って大騒ぎよ。結局、代わりの職人を手配し直すまで、その後の全ての交換作業が中止になったの」
「そんなことがあったのですか」
玲燕は、この後宮に初めて来た日のことを思い出す。
回廊で算木をなくして回廊の下まで探しに下りた玲燕に対し、鈴々は『偶然出会ったのが梅妃様でなくてよかった』と言っていた。もし草木を傷つけようものなら、激怒すると。
「工事の方は災難でしたね」
「引き連れられていくところをうちの侍女が目撃したのだけど、『最初から折れていた』と叫んでいたらしいわ」
蓮妃はふうっと息を吐く。
(まあ、罪を逃れるためにはそう言うしかないわよね)
鈴々は、以前後宮の草木を傷つけた女官は梅妃の怒りに触れて鞭打ちされたと言っていた。きっとその職人も、それ相応の罰を受けたのだろう。
(たかが草木くらい。踏みつけられても、より強くなってまた伸びてくるわよ)
そう思ってしまうのは、玲燕が元々後宮とは縁遠い生活をしていたからだろうか。
「それで、輪軸は交換できたのですか?」
「ええ。梅妃様のご実家であられる黄家が手配し直したの。香蘭殿以外はそれで交換してもらったわ」
「香蘭殿は交換しなかったのですか?」
「ええ。蘭妃様が『わたくしは元の工事人でよい』と仰ったみたいで」
「……なるほど」
以前会った蘭妃のあの様子からするに、蘭妃は梅妃に世話になることが許せないのだろう。玲燕は苦笑いする。
「あとは──」
蓮妃が口を開く。
「まだあるのですか?」
玲燕は驚いた。
潤王暗殺事件に輪軸の交換事件。このふたつでも既にお腹いっぱいなのに、まだ何かあるとは。
たった三ヶ月なのに、随分とたくさん事件があったものだ。
「桃妃様が宴席中に体調を崩されたの」
「桃妃様が?」
玲燕は聞き返す。
桃妃は潤王の想い人であり、今回の潤王暗殺事件の重要な容疑者のひとりだ。その桃妃が体調を崩していたと聞き、玲燕は興味を持った。