◆ 第五章 事件、再び(5)
会場になった朱雀殿は皇城にいくつかある建物のひとつで、美しい庭園に囲まれた大広間があり、大人数の会議や宴会などによく使われる場所だ。寒椿も植えられている。
「後宮にいる妃も全員招待されたから、桃妃様も参加されたのよ。だから、その日はお付きの女官達もその場にいて、お酒を注いだりしていたの。その最中、桃妃様付きの女官が注いだお酒に毒が入っていたって騒ぎが起きて……」
蓮妃はそこまで言うと、両腕で自分自身を抱きしめ、ぶるりと震える。
(天佑様のおっしゃっていた通りね)
蓮妃の話は、先日天佑から聞いた話と一致する。その場にいたふたりの証言が一致しているということは、その際に起きた出来事の証言としてかなり客観的な信憑性が高いと言えた。玲燕は敢えて、天佑に事前に確認済みのことを蓮妃にも聞いてみることにした。
「桃妃様付きの女官にお酒を用意した者が毒を入れたという可能性はございませんか?」
「それが、それはあり得ないのよ」
「あり得ないというと?」
「あの日は女官がお酒を入れる酒器を持っていて、中身が少なくなくなったら各自が酒樽から足していたの。その酒樽には毒が入っていなかったから、毒が入れられたのは桃妃様の侍女が持っていた酒器だけってことよ」
「そのときの様子をもう少し詳しく聞いても?」
玲燕は蓮妃の話に興味を持ち、身を乗り出す。
「もちろん。酒が注がれたあと、陛下がそれを飲もうと口を近づけたの。ところが、その酒には毒が入っていると気付いた黄様がものすごい剣幕で駆け寄ってきて、陛下の杯を取り上げて池に放り投げてしまったの。皆、最初は黄様の無礼にびっくりしてしまったのだけど、黄様が『これは毒入りです』と仰って──」
これも、玲燕が天佑から事前に聞いていた話と同じだ。
翠蘭はその場で取り押さえられ、彼女が持っていたという酒器からは砒霜が検出された。
蓮妃は肩を落とし、茶の水面を見つめる。
「信じられないわ。よりによって、桃妃様の侍女がこんなことするなんて。桃妃様はこのこと、事前にご存じだったのかしら──」
蓮妃は桃妃のことを慕っていた。
桃妃が事件に関連しているはずがないと信じる一方、状況的に桃妃付きの女官が毒を盛ったとしか思えない事実に歯がゆさを感じているようだ。
「その日、蓮妃様の目から見て違和感などはありませんでしたか?」
玲燕は尋ねる。ほんの些細な違和感でも、実はそれが重大な鍵を握っていることもあるのだ。
「うーん。あの日は本当に、上を下への大騒ぎだったから──。違和感も何も、大混乱よ」
蓮妃は肩を竦める。
「あの事件のあと、桃妃様には会えなくなっちゃって。菊妃様もいらっしゃらなかったから、本当に心細かった」
蓮妃はぽつりと呟くと、鼻をすする。
「私は戻りました。いつでも会えますよ」
「そうよね」
蓮妃は目元を指先で拭うと、口元に笑みを浮かべて皿に盛られた粉食をむんずと掴む。そして、それをおもむろに口に入れた。