◆ 第五章 事件、再び(4)
「あら? 菊妃様? 菊妃様じゃない?」
回廊を歩いていると、少し幼い女性の声がした。振り返ると、そこには驚いたように目を見開く蓮妃がいた。
「これは蓮妃様。お久しぶりですね」
懐かしい人に、玲燕は表情を綻ばせる。
「やっぱり菊妃様だわ、久しぶりじゃない! 会いたかった!」
蓮妃はパッと顔を明るくして、玲燕のもとに駆け寄る。十二歳という歳頃のせいか、たった三ヶ月会っていないだけなのに少し背が伸びたように感じる。
「その……ご実家のご家族の容態はもう大丈夫なの?」
蓮妃は気遣うような目で玲燕の顔を窺う。
「え?」
「あの事件のあとに菊妃様の姿が急に見えなくなったから、私、心配してしまって。夜伽の際に陛下にお聞きしたら、『故郷にいる親の容態が芳しくなくて、故郷に戻っただけだよ』と仰っていたから」
(そんなことを言っていたのね!?)
驚いた玲燕は、必死にそれを隠す。
どうりで一度後宮を去ったはずの元・妃がこうも簡単に後宮に戻って来られたわけだ。一体どんな言い訳を使ったのだろうと不思議だった。
「おかげさまでもう大丈夫でございます。ご心配をお掛けいたしました」
玲燕は話を合わせ、にこりと微笑む。
「蓮妃様はお元気でしたか? 少し背が伸びられましたね」
「わかる? ありがとう。雪にもそう言われたの」
雪とは、蓮妃付きの女官の名前だ。蓮妃は自分の頭頂部に手を当て、はにかむ。
「わたくしは元気。でも、菊妃様がいない間に色々と事件があってね──」
蓮妃はそう言いながら涙ぐみ、袖口で顔を拭う。
「ここではなんですから、建物の中で話しませんか? 冷えてしまいます」
回廊は開放廊下になっているので、とても冷える。田舎育ちで寒さに強い玲燕はともかく、まだ体が小さい蓮妃には辛いだろう。
「ええ、そうね。ここからだと私のいる蓮佳殿が近いから、いらっしゃらない?」
「はい、お邪魔します」
「やったぁ!」
蓮妃は両手を口の前で合わせると、嬉しそうに笑った。
蓮佳殿の一室に通されると、玲燕の前には茶器と粉食の菓子が用意された。
(美味しい)
お茶を一口飲むと、滑らかな甘さが口の中に広がる。自分がそんなに舌が肥えているとは思わないが、きっとこのお茶は最高級品であると予想が付いた。
「それで、さっきの話だけどね」
蓮妃は少し身を乗り出し、口を開く。その様子に、玲燕がいない間に起きたという事件について早く話したくて堪らないのだろうと感じた。
「つい先日のことなのだけど、皇城の朱雀殿で寒椿の宴が行われたの」
「はい」
玲燕は相槌を打つ。
(やっぱり、その事件についての話なのね)
寒椿の宴で潤王暗殺未遂事件。まさに、玲燕が天佑に解決を請われた事件だ。