◆ 第五章 事件、再び(3)
「翠蘭が?」
玲燕は驚いて目を見開く。
翠蘭は玲燕がよくお喋りをしていた女官で、気さくで明るい女性だった。桃妃の生家から持ってきた木に生えたという茘枝を分けてくれたこともある。最後の最後まで玲燕が菊妃であるということに気付かないなど少々抜けている部分はあるものの、根は優しく善良な人だったと記憶している。
「本当ですか? 信じられません」
「事実、酒を注いでいたのはその女官なんだ。それは、俺もその宴にいたから間違いないと証言する」
「わかりました。その事件、引き受けます」
玲燕は迷うことなく頷いた。
玲燕が知る限り、翠蘭はそのような小細工をして人を暗殺するような人間ではない。
それに、ひとつ引っかかることがあった。
砒霜は無味無臭で、飲み物に混ぜるなどして暗殺によく用いられる。しかし、銀食器を常に用いる皇帝を暗殺するには不向きであると言わざるを得ない。なぜなら、食器の変色ですぐに毒を混ぜたことがばれてしまうからだ。
「皇帝を暗殺しようとするには、少々稚拙な計画であるとしか言いようがありません。桃妃様のご実家であられる宗家がこのような子供じみたことを企てるでしょうか?」
「俺もそう思う。英明様も、絶対に桃妃様のご実家である栄家の仕業のはずはないと言っている」
半ば断言するようにそう言い切った天佑を、玲燕は見返した。
「前にも思ったのですが、天佑様は陛下や桃妃様とどのようなご関係なのですか?」
潤王と天佑が一緒にいる様子を見れば、ふたりがとても強い絆で結ばれていることは明らかだ。潤王と桃妃が元々の婚約者であることも知っているが、この三人の関係をしっかりと聞いたことはない。
「言われてみれば、玲燕にしっかりと話したことはなかったね。甘家は元々、桃妃様の生家である宗家に仕える一族なのだよ。なので、その縁で幼い頃から宗家には出入りすることが多かった」
「なるほど。そこに、幼い頃の陛下が預けられたため、出会ったのですね?」
「その通り。まあ、つまりは付き合いの長い臣下なのだが、ありがたいことにおふたりは俺を幼なじみのようなものだと思ってくださっている」
「幼なじみ、ですか」
それであればあの気安い雰囲気も頷ける。
そして、今回の事件はふたりを幼なじみとして持つ天佑にとって、納得しがたい事件であることも理解できた。
「天嶮学に誓い、事件の真相を明らかにしてみせましょう」
「頼もしいな。頼むぞ」
天佑は柔らかく微笑むと、玲燕の頭にぽんと手を置いた。
◇ ◇ ◇
おおよそ三ヶ月ぶりに訪れる後宮は以前と変わらぬ見た目をしていた。
長く続く回廊、等間隔に置かれた灯籠、赤く塗られた手すりの向こうに広がる、小石の敷かれた美しい庭園……。
しかし、どことなく物寂しく感じるのは冬という季節のせいだろうか。天を見上げれば、どんよりとした雲が空を覆っていた。




