◆ 第五章 事件、再び(2)
「天佑様に関して報酬を踏み倒すなどとは思っておりません。前回も、十分すぎるほどの対価をいただきました。それよりも、何があったのか、最初からご説明願えますか?」
「ああ、もちろんだ」
玲燕は動揺する気持ちを落ち着かせようと、竈で沸かしていたお湯で熱い茶を淹れた。天佑はそれを一口飲むと記憶を呼び起こすように宙を見つめ、ゆっくりと話し始めた。
「事件が発生したのは一週間ほど前のことだ。その日、皇城では寒椿の花を楽しむ宴会が催されていた。参加していたのは高位の貴族や官吏、宦官、それに、陛下の特別な計らいにより招かれた皇妃達だ」
玲燕は天佑の話に聞き入る。
派手好きで連日に亘り宴席を設けていた前皇帝──文王に対して、現皇帝である潤王はあまり贅を好まないお方だ。しかしその寒椿の宴は燕楽の楽団が呼ばれ、舞女が踊りを披露する華やかなものだったようだ。
豪華な食事が振る舞われ、楽しげな笑い声があちこちから聞こえてくる様子は参加していなくとも想像が付いた。
「その席で、事件が起こったのですか?」
「ああ。英明様が酒のおかわりをされたんだ。女官が注いだ酒を飲もうとした瞬間、黄殿が『お待ちください!』と制止されて──」
玲燕はそこで「よろしいでしょうか」と話を止めた。
「黄様とは、あの黄様でしょうか?」
「そうだ」
貴族に『黄家』は複数あるが、今玲燕が思い浮かべた『黄家』はただひとつ、皇妃の一人である梅妃の実家だ。梅妃の父である黄連泊は、政界の有力者だ。
「黄様は陛下の隣にいたのですか?」
「いや、席は離れていた。ただ、その酒を陛下の前に注がれたのが黄殿で、黄殿の銀杯が変色していたのだ」
なるほど、と玲燕は相槌を打つ。
「その酒を注いだ女官は?」
「すぐにその場で捕らえて、投獄した。刑部が取り調べを行っているが、知らぬと言うばかりで口を割らないそうだ。それで、実はその捕まった女官というのが少々厄介でな」
「厄介と申しますと?」
玲燕は首を傾げる。
「その女官が、桃妃付きの者だったのだ。黄殿は桃妃のご実家である宋家が事件に関わっている可能性があると主張している」
「桃妃の? 一体どなたです?」
偽りの錬金術妃として後宮で過ごす中で、さほど多くはないが、玲燕は妃達に仕える女官の何人かと知り合いになった。もしかしたら、知っている者かもしれないと思ったのだ。
「翠蘭だ」